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二刀流への応援歌  作者: 沢村俊介
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いい先輩、いい上司に恵まれて

 結局、僕は澤村選手の特別メニューのことはあきらめてしまった。

 球団事務所の松尾氏のところへ直接行ってあやまりたかった。今、2軍の球場にいる僕にとっては、800キロも離れた球団事務所に出向いて行くことはむずかしかった。電話で詫びを入れる。

「すみません。先走ってしまって、僕が……」

「いや、まぁ、いいよ。上には俺から話しておくから」

 松尾氏は機嫌がよくてホッとした。

「それとな。こういうことはいつ、澤村選手の耳に入るかもしれん。だから、おまえからきちんと今回のことは、澤村選手に話しておけよ」

「はい」

 正直なところ、澤村選手に話したくなかったが、そう答えざるを得なかった。そもそも種を蒔いたのは僕なんだから、僕が直接澤村選手に話すべきだろう。

 僕は勇気を振り絞って澤村選手に、相談もなく、今回の個人メニューの発案したことを詫びた。

「そうですか。ご心配いただきましたね。でも、僕は僕で、そこらあたりのことを考えなくもなかったもんですから。現に栄養学のことなんかも僕は僕なりに勉強していますし。あまり気にしないでください。これからもよろしくお願いします」

「ありがとうございます。これからは事前に相談してからやりますから」

 僕は微笑みながら話していたつもりではあったが、頬の筋肉はさほどスムーズには動かず、こわばったままだった。やはり相談もせずに勝手にやったことが悔やまれていたからだ。

 5月23日(火)、僕が2軍が使うスタジアムにある食堂で、コーヒーを飲んでいた。肩を叩かれる。振り向くと松尾先輩がいた。

「よぉっ、久しぶり」

 眉と眉、目と目の間がちょっとばかり開いている、ひどく人なつっこい顔だ。

「どうしたんですか」

「いや、出張で来たのよ」

 午後は、特段の用事がなかったので、先輩の視察に付き合うことになった。

 何でも、先輩は事務職として事務所に入るまでは、ここの2軍のグラウンド整備の仕事をしていたらしい。

 外野の芝の状態、選手たちのダッグアウトの状態、選手たちの寮の具合などを見て回られた。

 午後5時が過ぎた頃、松尾先輩とJR駅近くの居酒屋に入った。

「たまには、いいね、ここに来るのは。だってさ、昔のことを思い出してさ。俺もあの頃は純粋に仕事をしていたものな」

 先輩はおいしそうに生ビールを飲んでいる。

「今は、純粋じゃないんですか?」

 僕はまだ生ビールは時期が早いような気がして、瓶ビールにしていて、グラスを傾けている。

「まぁ、結局、上の人の顔色を窺いながら、ということもあるしさ」

 先輩がそういう真面目なことを言う時は、眉と眉の間が狭くなり、けっこうイケメン的な顔になる。

「ほかでもない。ここへ来たのは、明日食品会社に行き、食堂のメニュー改善の協議をするためなんだ」

「・・・」

「寮に入っている若い選手たち、みんなの栄養改善をめざすことになったんだ」

 僕は、何だかうれしくなった。先輩はやはり僕の気持ちを多少は汲んでくれていたようだ。

「ありがとうございます」

「しかし、何だな、うちの球団事務所の事務局長もGMゼネラル・マネージャーも、おまえのことを評価しているんだな、俺にはよくわからんが。でも、おまえが純粋に自分の与えられた仕事に真面目に取り組んでいるからかもしれんな」

「いや、行き過ぎたところもあります」

「まぁ、それはそうだが。熱心のあまり、周りのことがよく見えない、ということもある、若い時はな。ところで、澤村選手はオールスターに選ばれそうだぜ」

「えっ?」

「おまえ、今日のスポーツ新聞、見ていないのか」

「はい」

「昨日さ、ファン投票の第1回目の中間発表があってさ。パリーグの指名打者部門で、澤村選手が1位なのよ」

「そうでしたか」

 僕はうれしさが隠せない。

「もう、周りを見れば、バンバン、ホームランを打っている選手ばっかりだぜ。そんな中で一番投票数が多いんだからさ。やはり人気があるんだよな」

 ファンはやはり期待しているんだろうと僕は思う。

「普通、2か月近くも休めば、忘れられた存在になるのにさ」

 僕は、親しい先輩なので、はっきりと物が言える。

「やはり、あの素晴らしく速い打球を、ファンの皆さんも忘れていないんでしょう」

 何というか、普通の打者の打球が時速150キロだとすれば、澤村選手の打った球は新幹線並みの220キロ、230キロくらい出ているように僕の目には見えるのだ。

 球場で実際に観戦している人にとっては、他の選手のホームランはゆるやかな放物線を描いて3,4秒ほどかかって外野席前列に届くような感じに見えるだろうが、澤村選手のホームランは弾丸ライナーで、2,3秒で外野の中段席に突き刺さるという感じに見えるのだろう。やはり、そこにプロとしてのすごさを感じ取ることができ、またお金を払っても次も見に来たいと思わせるものがあるにちがいない、と僕には思われる。

「しかし、何だな。みんなシコシコと地味にがまんしつつ仕事をしているのにさ、パッと出てきて、パァッパァッと仕事をされたらさ、やっかみたくもなるぜ」

 先輩は焼き鳥を頬張りながら、でもおいしそうに目を細めながら言われる。

 僕は黙っていた。先輩の言われることは真実でもあり、そういう現実的な事実も澤村選手は感じていて、今現在、故障を治している段階では、ファン投票1位を素直には喜べないと思われるのだ。

「おまえは澤村選手の専属トレーナーなんだからさ、ちゃんと周りの空気も見ながら、澤村選手自身の気持ちも考えながら、やっていけよ、いいな」

 僕は大きな荷物を背負わされたような気がした。でも、「はい」と大きな声が出た。

 僕はこの球団に拾われたのだ。トレーナーとしてきちんとした仕事をして恩返しがしたい。僕にはいい先輩や上司がいる。それを信じることにした。(つづく)

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