みんなと同じ食べ物だけでいいのか
僕は、澤村選手の特別メニューが委託会社にやってもらえるのかどうかを相談するために、打ち合わせ場所の食堂に行った。自動ドアが開くと、ホールの片隅に、すでに3人の人たちがテーブルについていた。
僕は三人のテーブルに近づき、「こんにちは」と声を掛けた。
「アグレッシブ・ブラザーズ球団で、澤村の専属トレーナーをやっている、吉原孝行といいます」
僕が自己紹介すると、三人が立ち上がった。二人が名刺をくれた。ひとりは食品会社の営業部、もう一人は総務部管理課所属の管理栄養士だった。あとひとりは、ここの調理長の梅本氏で、これは旧知の仲だった。梅本氏も野球好きで、たまにここでコーヒーを飲みながら話すこともあるのだが、50歳の坂を超えてもなお、草野球のチームに加わって、月に一度か二度、近回りのチームと練習試合をやっておられる。
「こちらの食堂では、市内の小・中学校の学校給食にも同じメニューを紹介いただき、ありがとうございます」
営業部のスタッフはとても低姿勢だった。
「このたびは、澤村選手への特別メニューを考案できないものかと、ご提案いただきありがとうございます」
管理栄養士の名刺を見ると、内村紗耶とあった。
「皆さん方には、日頃から色々とご協力をいただいており、感謝しております。実は、私がトレーナーをやっております澤村選手は、現在リハビリ中で、一軍のメンバーに入っておりません。昨年の10月頃から右足首の捻挫、そして、この4月には左太腿裏筋肉の肉離れを起こし、戦列を離れているわけでして。私としては何んとか怪我の少ない体にできないものかと考えております。つまり、それには基礎体力づくりの継続はむろんのこと、栄養管理が大切ではないかと思います。現在、うちの食堂で出している料理は、平均的なアスリートのものとしては申し分ないと思われるのですが。何といっても澤村選手の場合は、ご存じのように、投手と打者と二つの役割を担っており、大きなエネルギーを必要としております。通常の野球選手としての平均的なカロリー、摂取食材の種類、量以上のものが要求されるのではないかと私は考えまして……。そこで今日は、皆さんから栄養面、調理面、予算面での課題についてご教授願えればと思います」
僕は、言い終えてから額に汗が出ているのがようやくわかった。ポケットからハンカチを出し、額をぬぐう。
「吉原さんの言うことは、よくわかるんだが……」
その声に顔を上げると、調理長の梅本さんが僕の方を向いて、しゃべっておられた。
「澤村君は22歳だが、とても純粋な人だね。われわれ調理場にいる者にも、『ごちそうになります』とか、『ごちそうさまでした。おいしかったです』とか、声を掛けてくれる。そういう人が、みんなの前で、みんなとは違った料理を手にしてくれるかね?」
「しかし、みんなに迷惑をかけまいとすれば、怪我に強いからだにしていく努力をしていきませんと」
僕は、ハンカチをポケットに仕舞えないまま、手の中で握りしめた。
「私が思うに、澤村君は、われわれ食堂の人間や、チームの仲間には内緒で、サプリメントとかそういうものを利用しているかもしれないな。それは私なんかより吉原君の方がよくわかるんじゃないかね」
僕は、調理長の梅本さんにそう言われ、ドキッとした。実際、そういうサプリメントの摂取とか、そういうことに僕はこれまであまり関心を寄せていなかったからだ。ただ、澤村選手がアスリート用のプロテイン・ゼリーをスプーンで食べているのを見たことはあり、それは牛・豚などの肉類や畑の肉と言われる豆腐を食べることと同じことかなと思ったことはある。(つづく)




