9-2 災害
「何があった?」
ぬかるんだ地面を駆けて、ハインツに尋ねる。
ハインツも踵を返して、村への道を急ぐ。
「…王都からの使いが。王都で雪崩があったそうです、かなり、大規模な。」
ハインツの碧い瞳が揺れていた。
「なんだと?」
「事実です。今まで王都で起こった記録などありませんでしたが。」
ぎり、とシグルーンは歯を食いしばった。
「…被害は?」
「西の山際がほぼ壊滅状態だそうです。城は無事だったようですが…。」
ハインツは額にしわを刻んで唇を引き結んでいた。感情を表に出さないこの男がここまで感情的に話すのは珍しかった。
「原因は?やはり、報復か?」
「分かりません。ただ…西側は…討伐隊が出たのが西側で。彼等の辿った通りに雪崩が起こっているので…その可能性は高いかと。」
忌々しそうに吐き捨てた。
「あるいは、返り討ちにあったのかも知れないけどな…どっちにしてもかなりまずいな。」
すぅっと一つ息をついて、とどまることなく雨だれの落ちてくる空を仰いだ。
「…で、俺たちには、何をしろと?」
「はい。討伐隊の捜索と雪崩の原因を究明して来い、だそうです。」
ハインツは軽く目を伏せる。
「俺たちに死ねってことか。…くそっ、戻るぞ。」
重苦しい雨雲の下を、彼等は無言で足早に去っていった。
「…ということだそうだ。」
アリアを除いた全員が狭い部屋に集まって、王都からの知らせを神妙な面持ちで聞いていた。
「…それは、どういうことだ?」
「西側っていうのはどの辺りまでだ?」
「壊滅っていうのは?」
「捜索ってなんだ!ふざけるなよ…。」
「…は…?」
「家族の無事は分からないのか…?」
「まずいわね…。」
ざわめく彼らをシグル-ンが制す。
「正規軍はこの災害に対して国が行った何らかの形がほしいんだろう。…そいう言う訳で、目障りな俺たちが生贄にささげられるという訳だ。」
大きく嘆息すると、崩れ落ちるように座り込んだ。
「私は正規軍に所属しているので、伝令という形での帰還命令が出ています。」
ハインツが位面持ちで後を引き継ぐ。
「ということだ。…すまん。」
消え入りそうな声でつぶやいた。
「そこで…提案があるんだが…。」
そう言ってシグル-ンがハインツに顔を向けた。
「皆さんにはこの遊撃隊を抜けて貰おうと思っています。捜索の命令が下ったのはこの遊撃隊に対してです。」
重たい沈黙が落ちた。
「…申し訳ないが…俺は、抜けさせてもらう。俺は帰って家族が西側の方に住んでいるから…。」
巨体を小さくかがめるようにしてロバートが呟いた。重たい沈黙の上に、そのつぶやきは大きく、聞こえた。
「私も。店があるから。王都には。…シグには、すごく恩もあるし、大好きだけど。…ごめんね。」
ルイーゼもとつとつと口を開いた。
「いや…謝るのはこっちの方だ。巻き込んでしまってすまないな。みんなも…すまん。だが、頼む。ここで抜けてくれ。言い訳はハインツがどうにかする。
ハインツが軽く頭を下げる。
「この後の働き口もどうにか斡旋します。…ただ、この災害なので、確約はできませんが。…申し訳、ないですが。」
「何言ってんだよ、お前に巻き込まれたとは思ってねぇよ、シグ。お前に俺らが拾ってもらったんだ。それによ、ハインツ、お前に仕事斡旋してもらえなくても何とかなるからな、たぶん。」
な?と言って男がおどけたように肩をすくめて見せた。
それもそうだ、と少しだけ、沈黙が薄れた。
「それで、今後の事ですが、みんなばらばらに分かれて王都へ戻ってもらいます。今王都は何もかもが異常事態ですから、簡単に入れると思います。そこから、ルイーゼさんのお店を中継として、遊撃隊間の連絡は取っていきたいと思っています。仕事の斡旋を含めて。」
ハインツが手早く説明し、何かありませんか、と部屋の中を見回す。
「あら。もう私は王都に残る話になってたのねぇ…。」
「ああ。すまん。」
「いいわよ、それくらい。私にできることなら、ね」
「何もかもが急だというのは分かっているが、事が事だ。すぐにでも動き出すぞ。詳しいことは王都でハインツから聞いてくれ。移動準備だ。」
厳しい顔でシグルーンが立ち上がった。続いて、周りも次々と立ち上がり、無言で一斉に動き始めた。
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一度雪崩の起きた場所は雪崩が起きやすくなります。また、気象状況が悪いままで雪山に入るのは非情に危険です。雪崩が起きた直後はさらにその危険性が高まります。




