二人の父親による教育理念の違い
俺はおかしな声優たちの日常を語る者——。
誰かが誰かを追いかけ、そして追いかけられる。一つとして同じものはなく、皆それぞれに自分の信じる道を進んでいる。
そんな彼らの生き様を見てきた俺も、今日ばかりは少し緊張していた。
この人と同じ現場になってしまった。まあ、これまで何度も共演したことはあるものの、俺に執着している、という事実を知ってから同じ現場になるのは初めてかもしれない。
石田さんは俺の父親設定である緒方さんの、さらに父親にあたる人だ。石田さんの認識では、俺は石田さんの孫になっている。全然そのような血縁関係はないのだが、この物語では押さえておかなければならないところだ。
控室ではなんとなく隣に座ってしまったけれど、それが余計に気まずさを助長している気がする。
「なんか、今日は暑いな」
「——扇ぎましょうか?」
「なんでそうなる。飲み物でも買ってやるって言ってるんだ。自販機でいいか?」
「あぁ、ありがとうございます……」
お祖父様は黙って飲み物を買ってくれたけれど、俺は正直、この人との距離感がわからずにいた。
なんと言っても昼食のお誘いを昼食を理由に断るお方だ。本当に俺は可愛がられているのか?溺愛している父さんならともかく、俺だけでは親密度が足りないのではないか?
こんな頭の中だけ騒がしくしても、二人でいるのにこのまま長い沈黙が続くのはあまりに不自然だ。誰か、誰でもいいからこの場に仲裁に入ってくれ〜。
「あ、石田さんに福山くん、こんにちは」
そんな時、緑川さんが穏やかな声で現れた。言ったそばからやってきた救世主に、俺はそっと胸を撫で下ろした。
「オッス。お疲れ」
「お疲れさまです、緑川さん」
「今日はお孫さんと一緒なんですね。仲が良くて羨ましいです」
「おたくの息子はいつまでも反抗期だもんな」
「いやぁ、お恥ずかしい。でも、可愛いもんですよ」
「オレんところの砂名だって、負けないくらい可愛いぜ?」
「うちの息子は宇宙一ですから」
「……」
お祖父様の表情が険しくなる。なんとなく、雰囲気が悪くなる気配を感じた。
もしかして、自分たちが溺愛している息子の自慢話は互いに地雷になるのかもしれない。親の目から見た息子が一番なので、その優劣を競うのは、着地点の違う出来レースを見ているようなものだ。
「声優は声で勝負しないと。見た目だけチャラついてても仕方ないからね」
「露出が増えた今の時代、見た目に気を使うのもプロ意識の表れだと、僕は思います」
「それは実力あってのものでしょう?うちの砂名は、オツムは弱いが声優としての腕は一級品だ。なにせ天才であるオレのDNAを受け継いだ作品なんだからな!」
「ツバサだって……」
反論しようとしたところで、緑川さんは言い淀んだ。俺にはその躊躇いが手に取るようにわかった。
この話題は、緑川さんには分が悪い。いくら経験を重ねているとはいえ、代永くんと父さんでは、実力差は歴然。いくら言葉を尽くして張り合っても、その力量を評価するのであれば緑川さんに勝ち目はない。
俺は咄嗟に思った。
話題を変えなければならない。何か別の話題を……。何にする?あー、もう、何にする?!
「ツバサは……ツバサはまだまだ未熟者です。だから、僕がサポートしてあげないといけないんです。ツバサが大空に羽ばたくところを、親として見届けたいじゃないですか」
「そうやって甘やかすのは良くないと思いますよ。もっと我が子を千尋の他には落とす気分で——」
「子どもが生き生きと仕事をしている姿は、いつ見ても嬉しいものですよ」
落ち着いた、それでいて芯のこもった調子で緑川さんは言い切った。
「それじゃあ僕はこっちのスタジオなんで、お先に失礼させてもらいますね」
「あっ、お、お疲れさまでした」
「福山くん、これからもツバサと仲良くしてあげてね」
そう言うと、緑川さんはその場を後にした。
緑川さんって、代永くんに独特な溺愛の仕方をしているけれど、親としての考え方は立派だ。お祖父様の考え方も、間違っているわけではない。信頼しているからこそできる愛情の示し方だ。
「おい、そろそろ行くぞ」
お祖父様が俺の先を行く。
飲み物を買ってくれたことなんて、別に特別なことじゃない。でも、お祖父様は俺が暑そうにしていたから声をかけてくれた。
父さんもそうだ。鬱陶しいくらい俺に構ってくる。表現の仕方は違うけれど、あの二人は俺のことをちゃんと見ている。
そんな俺は、二人に見合うだけの声優になれているだろうか?お祖父様が言うように、父さんの声優としての腕前は一級品で、お祖父様自身も『天才』と言って差し支えない。
俺なんか親の七光というか、お祖父様まで入れたら何十光になるかわからない。溺愛が酷いから霞んでいたけれど、お二人とも本当にすごい人たちで、そんな二人に気にかけてもらえるって、もしかするととても光栄なことかもしれない——。
俺は空になった容器をゴミ箱に捨てた。
そしてそっと心に誓う。
「もっと俺も頑張ろう」




