それぞれの流儀と距離感
これまで、過去の共演者に特定の感情を抱く声優をたくさん見てきた。みんなそれぞれに執着の仕方が違っていて、奇人変人の多さを物語っている。
俺はそんな声優たちの伝承者——。最近はそんな使命すら感じている。
「お疲れさまです」
「オッス、お疲れちゃん」
「あ、福山さぁん。お疲れさまでぇす」
待合室の扉を開けると、そこには二人の先客がいた。代永くんと先輩の森久保遼太郎さんだ。それにしても、代永くんがやけにデレデレしているのはお気づきだろうか。
思い出してほしい。彼は森久保さんの追っかけをやっていて、森久保さんが自転車競技部に入れば自分も入部し、忍者の組頭をやればその下に付くようなストーカーだ。
「ヤバい組み合わせじゃん、これ」
「福山さん、何か言いましたぁ?」
代永くんがぶりっ子のように首を傾けて尋ねる。ぶり方が緑川さんにそっくりだ。
「キミはまず、その間延びした語尾を改めなさい。あと、俺の名前は福山田、ね」
「細かいことはいいじゃねぇか、減るもんじゃなし」
「そ〜ですよぉ」
「森久保さんは、代永くんにこんなにベタベタされて平気なんですか?」
「別に?後輩から慕われるのがイヤな先輩はいねぇだろ」
「ですよねぇ〜?」
「森久保さんのお心が広いのか、それともただのアホなのか……」
そんなことを言っている間にも、二人は楽しそうに談笑している。本当は、こういう関係が理想なのかもしれない。俺も可能なら、兄さんと仲良く兄弟らしいことがしたい。
「——とりあえず、この状況は一旦受け入れます。それで、代永くんはどの作品で共演して『そう』なったの?」
「オレは森久保さんと共演したから慕ってるわけじゃないですよ?福山さん達みたいに、過去に囚われている変人じゃないです」
「もしかして今、ナチュラルにディスられてる?」
「オレはただ、森久保さんと一緒に、夢の舞台へ駆け上がりたいだけなんです!」
「やはりメジャーだな?!メジャーリーグに行きたかったんだな、三橋は!」
どこからともなく中村くんが乱入し、渾沌と混乱と狂熱が一気にやってきた。
「えぇ?ど、どこからやってきたんですか!」
「やっと腑に落ちたよ。あんなに俺たち『甲子園に行こう』って言ってたのに、あっさり野球辞めてアイドルやったり自転車やったり、おかしいと思ってたんだ」
「中村くん、一旦落ち着いて。それ全部役柄の話」
「俺がお前を、大谷翔平も超えるメジャーリーグの選手にしてやる!だから戻ってこい、三橋!」
「誰も頼んでないですってば……」
「中村くんは、また共演失敗したの?」
「新しいオーディションには受かりました!でも、三橋はいませんでした」
「いつも通りだね」
「でも森久保さんがいると、三橋と共演しやすいんです!やっぱり緑川さんの教えは素晴らしいな!」
「いろいろ危ういというか、緑川さんの手引きが怖いというか……てか、え?森久保さんを通して代永くんと共演してるの?!」
「はい!緑川さんの勧めで、三橋と同じナントカドキの忍者やってます」
「そういえば中村、お前もオレの部下やってたな」
「待って待って待って……全然記憶にないんだけど、中村くんほどの知名度の声優が、もしかして端役なの?」
「名前はあります。でも、三橋とは会話しません。いつか話せる日を夢見ています」
「それ、共演したとは言えないんじゃ……」
「中村はちょい役だったけど、自転車のアニメにも出てるよな?オレの後輩役で」
「はい!それも緑川さんの勧めでオーディションを受けて、もぎ取りました」
「ちなみに、代永くんとの会話は?」
「ありません!」
「だからそれ、共演したことにならないって!」
「でもエンディングでは近かったですよ」
「何が?」
「名前が」
俺は思わず頭を抱えた。とりあえず、中村くんの執念が本物だということはわかった。
そうなると、代永くんが森久保さんに執着する理由がわからない。共演もせずに関係性を導くものがあるとしたら、それはなんだ?
「代永くんってさ、ただ野球やってた先輩に憧れて、その人の真似をするために追いかけてるの?」
「言い方が悪いですね。誰を尊敬しようとオレの勝手じゃないですか」
「いやキモ!共演もしてないのに慕う関係性キモー!」
「キモくないですー!演じたキャラになりきってるあなた達の方がよっぽどキモいですからね」
「目的を果たすためには、手段なんて選んでいられないんだよ」
「中村くんが言うと説得力が違うね」
「オレが森久保さんに憧れる理由なんて、あなたたちに関係ないでしょ!声優として尊敬しているからです、以上。はい、この話終わり!」
「深掘りされたくないってことは、図星だったんだね……」
俺たちはぎゃあぎゃあと罵り合いを続けた。意図せず、森久保さんの入る隙のない会話だった。それを見た森久保さんは、なぜか急に笑い始めたのだ。
「……っははははは!お前達、本当に仲が良いんだな」
「——は?」
「えっ」
「いやいや……」
「後輩達がこんだけ仲良いと、将来安心だな。声優界はほら、ライバルの蹴落とし合いみたいなところあるから、ギスギスしやすいだろ?」
「今、めちゃくちゃギスギスしてますけど?」
「喧嘩するほど仲が良いって言うからな。じゃあお前ら、ホドホドに、な!」
そう言うと、森久保さんは手を振ってその場を立ち去った。残された俺たち三人は呆然としている。
「森久保さんってやっぱり、アホのほうかもしれないなー」
「森久保さんのことを悪く言わないでください!」
「三橋、そんな時こそキャッチボールをしよう!オレが全部受け止めてやる」
「そこはもう勝手にやってくれ……」
声優界の闇は、異常と言うより「日常」になりつつあった。




