血は争えないという話
俺の名前は福山田潤。血縁でもなんでもない、共演した役柄が親族だった人に執着される、とても可哀想な声優だ。
冷静に考えてほしい。父さんのデビュー作に似たキャラを、お祖父様が俺に当てがうとは?
百歩譲って父さんが仕組んだことならわからんでもないが、あのポンコツにそこまでの知恵が回るとは思えない。よって本当に、お祖父様が裏で手を引いていたのだろう。恐ろしい方だ。
変な三世代家族に組み込まれ、神経をすり減らしている俺にも唯一、心のオアシスと呼べる人がいた。それは——。
「兄さん!」
その人の姿を射止めると、俺の心は一気に晴れた。俺が声をかけた瞬間、少しだけその人の表情が曇ったように見えたけれど、多分というか絶対に勘違いである。
「あ……お疲れさまです」
この人は声優の岡本信人さん。世界で一番尊敬する、俺の兄さんだ。
「今日の現場はこちらだったんですね!俺も早く兄さんと一緒に仕事がしたいな」
「あの、わかってると思うんですけど、俺の方が年下なんで、敬語とか使わなくていいですよ」
「どうして今日はそんなによそよそしいんですか?いつもみたいに『雪男』って呼んでください」
「収録以外で呼んだことないです」
「だから、呼んでいいですよ♡」
「いやいや。そもそも俺、あなたのお兄さんじゃないんで」
「兄さんが父さんを殺してくれたんじゃないか!」
「ちょおっとその台詞!……素で言うと倫理的にヤバいんで、あんまヨソで言わないほうがいいと思いますよ」
つい感情的になってしまった俺のことを、兄さんはきちんと諫めてくれる。周りをチラチラ確認しているのは、俺のことを気遣っている証拠だ。
「……でも、でも俺、兄さんには感謝してるんです。血縁でもない父親に付き纏われて、そんな父親をやっつけてくれて」
「父親違いですね」
「俺、そんな兄さんに憧れて、兄さんと一緒に仕事するために声優頑張ってるんです」
「先輩が後輩に言う台詞じゃないんだよなぁ〜」
こうやって、兄さんはたまにウィットに富んだジョークを言ってくる。俺も兄さんのように、心の余裕を持って人に接したいと常々思っているのだが……。
俺たちが楽しくお喋りをしているところに、父さんとお祖父様が通りかかった。
「なんだ、二人とも。こんなところでどうしたんだ?」
「あ、お疲れさまです。石田さんに緒方さん」
「彗〜!会いたかったよぉ」
父さんの粘着を全力でかわすと、心のドライスイッチがオンになる。
「今は兄さんと特別な時間を過ごしています。申し訳ありませんが、お引き取りください」
「お引き取らないよ〜。パパとの時間のほうが大事だからね」
「最近、孫が執着してるっていう声優は、岡本くんだったのか」
「あ、あの、僕と福山さんはただの先輩と後輩で、お互いに仕事上での付き合いというか……」
「わかってるよ。孫が勝手に慕って、兄貴扱いしてるだけだろ?」
「なっ……なんてことをいうんですか!俺の兄なんだから、お祖父様にとっては同じ孫になりますよねっ」
「ならねぇな」
「そもそも、岡本くんは僕の子じゃないしね」
「俺もあなたの息子ではありませんが?」
この親子、自分たちのことは棚に上げて何を言い出すのかと思えば、俺の大切な兄さんを蔑ろにするなんて許せない!
あまりの怒りに震えていると、父さんとお祖父様がコソコソと話し始めた。
「ちょっと父さん。以前、共演しただけの人を兄扱いするって、少しキチガイが過ぎません?」
「ストレスでも溜まっているんだろう。家族で癒してやらないとな」
「どの口が仰っているのでしょうか」
「それじゃあ、僕はこの辺で失礼しますね。あとは家族水入らずでお過ごしください」
「おう、迷惑かけたな」
「岡本くん、またね〜」
「あぁ、兄さん!オレを置いていかないでくださぁい」
俺の懇願も虚しく、兄さんはそそくさといなくなってしまった。これは由々しき事態である。
「二人とも、いい加減にしてください!俺の大切な癒しの時間を返してくださいよ」
「そんなこと言われても……」
「お前が事実にそぐわないことを言うからだろ」
「あなた達と血縁関係であることも事実無根ですが?」
二人に現実を突きつけたつもりが、暖簾に腕押し。話の通じない相手が二人に増えると、こちらの精神的な消耗もかなり激しい。
「どうして、どうして俺と兄さんの邪魔をするんですか?!俺が教師で兄さんが生徒役で共演した時も、あとから父さんが邪魔してきましたよね?」
「暗殺のアニメね〜」
「孫のDNAを持ったキャラなんだから、砂名しか適任はいないだろ」
「お祖父様の差し金か!」
「あの時の彗、生き生きしてたな〜」
「こういうことは二度とやらないでください!でないともう……もう、親子の縁を切りますからねー!」
エコーがかかりそうな大声で俺は叫んだ。こうでもしなきゃ、この人たちはことの重大さに気づいてくれない。
そして残された二人は、こんな会話をするのである。
「親子の縁って、そんなに簡単に切れるんでしたっけ?」
「分籍しても、血の繋がりは切れねぇな」
「ですよね〜」
二人はくすくすと笑い合う。
『彗ったら……』
『オレの孫……』
『超可愛い〜』




