277 有栖川をたずねて三千里(5)
俺たちの大冒険も残すところわずかとなった。
冒険。
旅行のことをそう表現するのは、ちょっと大げさで、言葉のニュアンスが違うかもしれない。
でも人類は長きにわたり冒険の二文字に憧れてきた。
アレクサンドロス大王しかり、チンギス・ハンしかり、コロンブスしかり、マルコ・ポーロしかり。
偉大な先人たちが、命がけで未開の地に挑んできた。
ふと早乙女シイナのことを思い出す。
ただ一人、カノープスに移籍しなかったメンバーなので、ちょっと遠い存在になってしまった。
向こうは瀬古コンツェルンの社長。
俺たちは元サラリーマンという小舟のような存在。
『脱サラして何はじめる気なのよ?』
日本を離れる前、いのりのところに電話があった。
シイナから連絡してくることは稀なので、会話の内容はハッキリ覚えている。
『う〜ん、脱サラしてから考えるかな』
『典型的なテキトー人間ね。とりあえず脱サラする、で過去に何人が後悔してきたと思っているのよ』
『そうなのだけれども……』
『もう一人の自分的なやつが命令しているの?』
『うんうん……後悔することになったとしたら、後悔する暇がないくらい忙しく生きるだけだよ』
『羨ましいご身分だわ……思いつきで脱サラして、思いつきで旅行するなんて……あとで写真を送りなさいよ』
『あい!』
『あなた、旅先でパスポートを失くしそうね。それだけが心配。ちゃんとコピーして、カバンの底に写しを入れておきなさいよ』
『あい!』
『いってらっしゃい』
『いってきます!』
ときどき写真付きメールを送っている。
シイナは多忙な毎日を送っているはずだけれども、
『おいしそうね』
『きれいね』
『可愛いわね』
と短文の返信メッセージをくれた。
『あなたたち、本当に仲良しね』
というメッセージが一番嬉しかった。
『人は何のために冒険するのでしょうか?』
思いつきでメッセージを送ってみる。
『遺伝子にプログラムされている。冒険者のDNA。私たちは、この機能がなかったら、縄文人と変わらない生活を送っていた』
半日後、そんなメッセージが届いた。
相変わらず無愛想だけれども、ちゃんと言葉を選んでくれたのかと思うと、優しさが伝わってきて嬉しかった。
俺はふと考える。
瀬古いのり。
早乙女シイナ。
この二人には、ずば抜けた想像力の持ち主である、という共通点がある。
いのりがエモーショナル(右脳的)な想像力ならば、シイナはロジカル(左脳的)な想像力の持ち主だ。
似ているようでも、まったく対照的な才能なのである。
(いのりとシイナが数年間手を組めば、黄金の頭脳を持つといわれた流川を超えたのではないかと、いまでも妄想することがある。あの二人はお互いに欠けているモノを完璧に持ち合わせていた)
……。
…………。
大人気の観光地。
ハワイのオアフ島へやってきた。
映画のシーンに出てきそうな大自然に向かって『アロハ〜』と挨拶したくなる。
「飛行機は酔わなかった?」
「いのりちゃんの体は、もう乱気流に慣れちゃったのです! ぶ〜ん!」
腕を翼みたいに広げている。
よくいうぜ、酔い止めに頼っていたくせに。
売店のところでアロハシャツを二枚買った。
いのりが店員さんに「アロハ〜!」と挨拶すると、向こうも親指と小指を立てて流暢な「アロハ〜!」を返してくれる。
ハワイ民とのファーストコンタクトは上々のようだ。
さっそくアロハシャツを着て、タクシーを捕まえて、目的の教会に直行。
これから行われる結婚式に参列するのである。
「まだ前の組が終わっていないね」
結婚式そのものはスピーディだ。
15分とか20分でサクサクと次の組に交代する。
(結婚式の後、半日か一日かけて島内の撮影スポットをめぐり、ゆっくり写真撮影するのが定番の流れらしい)
知っている顔がやってきた。
純白ウェディングドレスの花嫁と、タキシード姿の花婿と。
「ねえ、いのり。加賀美さんたちが来たよ」
あれ⁉︎
いない⁉︎
さっきまで俺の真横に立っていたのに、教会の入り口に陣取って、通せん坊をやっている。
「へぃ、誠一郎! 私の可愛い加賀ちゃんをあんたに譲った覚えはないぜぃ! どうしても欲しけりゃ、私を幼コレで倒していきな!」
もう四十路になる誠一郎の頭には、白いものが混じり始めている。
スレンダーな加賀美と並んでいると父親と娘みたい。
「おおっ! いのり! 本当にハワイに来たんだな!」
「有言実行なのです!」
「カノープスを退職して、次の仕事は決まっていないんだろ? だったら俺の顧問になってくれよ。伊織さんに手伝ってもらっているけれども、大変なんだ」
誠一郎いわく、瀬古コンツェルンの若くて優秀な社員は、メノウや誠琴やシイナの会社に持っていかれるから、老兵しか残らないそうだ。
若者の観光需要を喚起しようというのに、四十路や五十路の頭では、知恵を絞るのにも限界がある。
「いのりちゃんをプリンで籠絡しようったって、簡単には首を縦に振りませんぞ!」
「世界のプリンコレクションを好きなだけ食べさせてやるからさ。何なら、ホテルで出すプリンをプロデュースしてもいいぞ。いのりのオリジナルメニューだ」
「えっ⁉︎ いいの⁉︎ 四季のプリンを考えちゃうよ⁉︎」
「ああ、料理長には俺から説明する」
ホテルのプリンを開発する……だと⁉︎
なるほど、誠一郎らしい名案である。
ボンクラ、ボンクラと呼ばれ続けた御曹司だけれども、加賀美が10年くらい教育したお陰で、眠っていた才能が開花して、いまでは立派な経営者なのだ。
「ふむふむ……アドバイザーに就任するのも、やぶさかではないな。加賀ちゃんの顔を立てる必要もあるしな。一日30分だけ協力する形でもいいの?」
「ああ、いいぞ。いのりは流行に敏感だから。俺たちに意見をくれたらいい」
加賀美がいのりの手をつかむ。
「まだご一緒にお仕事できるなら、それに勝る喜びはありません」
「……きゅん♪」
やばい……。
花嫁姿の加賀美から丁重にお願いされたら絶対に断れない。
「今日は加賀ちゃんと誠一郎の結婚式だし……。うむ、仲人として一肌脱ごうではないか」
というわけでアドバイザーに内定。
ちなみに加賀美と誠一郎の結婚式はこれが初回ではない。
旅行の都度やっており、七回目か八回目のはず。
『伊織さんにはいつまでも新婚の気分を味あわせてあげたい』
誠一郎の溺愛っぷりがよくわかるエピソードといえよう。
金持って生き物は、思考回路が違うから、夫婦愛もメガトン級。
もはや溺愛注意報なのだ。
出会いは九年と数ヶ月前、ほんの偶然であった。
道端で拾ったような小さな恋を二人三脚で育ててきた。
『病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を…………』
誓いのキスをする加賀美の横顔は本当に幸せそうだった。




