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276 有栖川をたずねて三千里(4)

 ロンドンを出発した俺たちは、ヨーロッパを数カ国回ってみた。

 こっちに有栖川がいる、という情報をつかんだからである。


 ところが俺たちがスペイン入りした日に有栖川はスペインを出発し、逆に、有栖川がドイツ入りした日に俺たちはドイツを出発するという具合で、すれ違いにすれ違いを重ねてしまった。


 そしてヨーロッパからジェット機で移動すること9時間、中継地であるドバイに到着する。

 マッサージ休憩で疲労を吹き飛ばしてから、さらに11時間をかけて西オーストラリアの州都パースについた。


「うげぇぇぇぇえ!」


 乗り物酔いしたいのりが真っ青になっている。

 死にそうな目が何かを見つけた。


「カンガルーだ!」


 もちろん本物ではない。

 壁のポスターである。


「こっちはコアラだ!」


 そのポスターには『ようこそ、オーストラリアへ』とたくさんの言語で書かれている。


「こっちはウォンバット!」


 いのりのテンションが上がる。


「こっちはクォッカ!」


 どんどん上がる。


「タスマニアデビルも!」


 野生の王国、オーストラリアに初上陸である。

 外で燦々と輝いている太陽は、シンガポールで見たそれよりも、一回り眩しいように感じられた。


「うおぉぉぉ……いま地球の南半球にいるんだね」

「うん、南極寄りだね」


 外の空気を吸ってみる。

 乾燥した風がとても心地いい。


「むっふっふ……地球は回っている……その上で私も回っている」


 いのりがくるくる回って遊んでいると、レザージャケットを着た女の子から声をかけられる。


「やっほ〜」


 チェリーレッドの髪が特徴の奈良橋だ。

 昔からずっとショートにしており、現在でもボーイッシュな雰囲気はそのままである。


「涼ちゃん! 久しぶり!」

「瀬古さん、背が伸びました?」

「一年会わなかったら伸びるよ! 毎年が成長期なんだもん!」

「須田くんは思ったより老けてないね。若い女の子と一緒にいるから?」

「その恩恵はあると思います」


 奈良橋の横には歌恋もいた。

 フレッシュな食べ物と豊かな自然に囲まれて暮らしているせいか、実年齢よりも若々しい印象を受ける。


 二人はこっちで観光ガイドの仕事をやっているらしい。

 それだけだとオフシーズンは暇なので、食い扶持を稼ぐためにも、リモートで音楽の仕事をやったり、新しい技能を身につけたりと、将来のことを見据えながら生活している。


(オーストラリア政府は外国人の雇用者受け入れにシビアなようだ。自国民の雇用を守るためである。日本語ガイドのように、日本人である必要性を証明しなければ、就労ビザの取得が難しい)


「オーストラリアでの生活が終わったら? 四国へ帰るの?」

「そうっすね。こっちで暮らしていると、貯金が目減りしますので」

「大変なんだ」

「いや、遊び回らなければ平気です。でもこっちに住んでいると、新しいことにチャレンジしたくなります」


 奈良橋が運転するワゴン車はパース市内を駆け抜けていく。

 ホテルにチェックインして荷物を置いてからまた出発。


「カンガルーに会えるの?」

「いますよ。野良(のら)カンガルー。たくさん」

「野生なの⁉︎」

「はい。昼間は木の下でゴロゴロしています。基本、夜行性なので」


 バンカーをつけて走っている車を40回に1回くらい見かけた。

 最大時速70kmで走ってくるカンガルーと衝突したとき用なのだとか。


「当然、市街地にはいませんけれども」


 途中、郊外へ向けて走っていく電車を見かけた。

 6両編成だったけれども、乗客も6人しかいなかった気がする。


「四国の電車より空いています。乗客0人で運行している時もあります」

「採算は大丈夫なのかな?」

「車社会なので。あれでも昔より利用者は増えました。人がどんどん増えるから、水が足りなくなると、毎年嘆いています」


 おいしいオージービーフのステーキ屋へ連れていってもらった。

 それが終わったらワイナリー巡り。


 パースから30分ほどの距離に世界遺産の『フリーマントル刑務所』がある。


(コロニーができた当初、何かの手違いがあって、まったく刑務所ができていないのに、イギリス本土から囚人が送られてきた場所である。最初の刑務所は大慌てでつくったらしい)


 昼間と夜間のツアーが用意されていた。

 奈良橋のオススメは夜ツアーだったので、事前にそっちを予約してある。


「うわっ⁉︎」

「どうしたの、いのり?」

「遠くから悲鳴が聞こえたような気がする」

「???」


 怨霊でも住んでいるのだろうか?


「気のせいじゃなくて?」

「ほら、また悲鳴が聞こえた」

「耳がいいんだね」


 ツアーの途中、ちょっとしたドッキリが仕掛けられてあり、先に参加していたツアー客が悲鳴を上げていたのだ。


 この夜、久しぶりに『うにゃあ!』を耳にした。


 ……。

 …………。


 西オーストラリアの観光名所は山ほどあるのだが、いのりが一番盛り上がっていたのは、有袋類(ゆうたいるい)クォッカの暮らすロットネスト島だった。


(厳密には、ロットネスト島以外にもクォッカは生息しているらしいが、そっちは数を減らしており、『ロットネスト島だけに住んでいるクォッカ』と宣伝されることがある。これも奈良橋情報である)


「うげぇぇぇぇえ!」


 またグロッキーになっている。

 日本を離れてだいぶ経つが、今回の酔いが一番ひどかった。


「30分くらいの船移動だったけど……」

「船がぐわんぐわん揺れるから、もう胃の中がグチャグチャだよ」


 日焼けしないよう、クリームを塗り直しておく。


 目的のクォッカはすぐに発見することができた。

 カフェでアイスクリームを舐めていると、向こうから勝手に寄ってきたのだ。


 見かけは大きなネズミである。

 のしのしと歩く姿が可愛らしい。


「この子、視力はあんまり良くないんだよね」

「うん、ディンゴやキツネが相手だと、イチコロなんだってさ」


 落ちている木の葉をムシャムシャ。

 無防備な姿がとてもラブリーだが、サルモネラ菌のせいで触れないのが悔しい。


 島の奥の方へいくと、ミサゴ(別名、オスプレイという。翼を広げると人の身長くらいある猛禽類)の巣を見られた。

 海岸の近くは風が強くて、いのりの帽子が飛ばされそうになる。


「この時期は子育てしないようだね」

「巣が大きいね。本物のオスプレイも大きいんだろうな」


 旅行先はどこも面白くて、甲乙つけがたいけれども、あえて一箇所を選べといわれると、俺はオーストラリアを挙げると思う。


 肉も野菜も乳製品もオーストラリアは一級品で、日本人なら誰でも喜ぶはずだ。

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