275 有栖川をたずねて三千里(3)
神宮寺母娘と別れたあと、シンガポール・チャンギ国際空港へと向かった。
そこから飛行機で揺られること約14時間、イギリスの首都ロンドンに降りたつ。
あの神宮寺がママになっちゃった。
8年前は小さかったのに、子持ちの人妻になっちゃった。
たまにビデオ電話するから、出産のことは知っていたけれども、赤ちゃんを抱いている姿は衝撃である。
他人の赤ちゃんを抱くと、自分も赤ちゃんがほしい、と思うケースが女性にはあるそうだ。
いのりはどうだろうか?
子どもがほしい願望はあるのだろうか?
女性として魅力的な体つきになったということは、そろそろ計画を立てろという、生殖本能からのシグナルとも解釈できる。
「ロンドンに着いたぞぉ〜!」
主要ターミナル駅の一つ、ヴィクトリア駅についた。
王族っぽい名前である。
それもそのはず、ここはバッキンガム宮殿の最寄駅であり、大英帝国の最盛期を築いたとも伝わる、あのヴィクトリア女王在位中に完成した駅なのだ。
(そういや姫井の母もヴィクトリア様だった……)
シンガポールが色彩豊かな国だったから、歴史あるロンドンの街は、優しくて落ち着きある場所に思えてくる。
「さてと、姫ちゃんを探さないと」
今日のいのりは少女探偵みたいな服装をしている。
探偵帽。
防寒用の外套。
同じ色のミニスカート。
ニーソックス。
ブーツ。
極めつけは手持ちのルーペ。
素材が可愛いくせに、いちいち服まで可愛いな。
洞察力があって、ドジっ娘属性もあるから、探偵ごっこをさせたら面白そう。
「姫井さん、時計台が見えるホテルのティールームで待っています、だってさ」
「むむむ……困ったときは検索エンジンに訊いてみよう!」
いくつか候補が出てくる。
時計台とはビッグベンのことであり、ヴィクトリア駅から歩いていける位置に建っている。
観光窓口に「ビッグベンを眺めながらお茶できるホテルはありませんか?」と質問しながら、ようやく姫井の滞在先を特定した。
「お久しぶりです、いのりさん、須田くん」
瀟洒なティールームの奥まった位置に、お人形のような女性が腰かけていた。
くすんだ金髪を腰の高さまで伸ばしており、ロイヤルファミリーのような高貴さと優しさを感じさせる。
身にまとっているのは純白のワンピースドレス。
腰に巻いている革ベルトがスタイルの良さを際立たせており、座っているだけで芸術作品のように美しい。
姫井はスケッチブックを置き、俺たちに席を勧めてくれた。
ボーイに声をかけて、紅茶のメニューを持ってこさせる。
アフタヌーンティーで有名なホテルらしい。
伝統的な三段のやつで、ケーキ、スコーン、サンドイッチがセットになっている。
「クレアちゃんに会ってきたよ」
「お利口そうな子です。目とか耳があすかさんに似ています」
姫井は結婚してから、あすかさん、と呼ぶようになった。
パートナーをさん付するなんて、長年連れ添ってきた円熟カップルみたい。
「いのりさんと須田くんは、子どもをつくるご予定は?」
そりゃ、ほしいけれども……。
いのりの反応が気になる。
「う〜ん、クレアちゃんを見ると欲しくなっちゃったよ。両親の血を継いでいるって、当たり前だけれども素敵だな」
かなり前向きなご様子。
「家族が増えてから、僕とあすかさんは、本物の夫婦になれた気がします。同棲時代が長かったですから」
「姫ちゃん夫妻は、どっちが奥さんで、どっちが旦那さんなの?」
「う〜ん、どっちでしょうか? あすかさんは重い荷物を持ってくれますし、レストランでも奥の席を勧めてくれます。あと、道を歩くときも車道側を歩いてくれます」
「へえ〜、甲斐甲斐しい夫みたいだね」
「ええ、僕が電球の交換をしようとすると止められました。転ぶと危ないから座っていろ、と」
キャラが男前だな。
格好いい神宮寺はいまでも健在のようだ。
「結婚式の披露宴では二人ともドレスだったよね」
「ええ、僕もあすかさんもタキシードは似合いませんから」
ちなみに姫井は大きくなってもボクっ娘である。
初対面の人を驚かせたことは、一度や二度じゃない。
「ささ、冷めないうちに食べましょう。スコーンにつけるアプリコットジャムがとても美味しいですよ」
「アフタヌーンティーは、どの順番で食べるんだっけ?」
「しきたりでは下段から食べるルールです。とはいえ、格式張った集まりではありませんので、好きなように食べても問題ありません」
俺は腹ぺこで腹ぺこで仕方なかった。
これがイギリスで一回目の食事なのだから。
……。
…………。
積もる話が一通り終わったあと。
姫井のスケッチブックを見せてもらった。
「幼コレの新キャラです。次は10周年記念イベントですから、それに相応しいキャラクターを考えました」
『時を駆ける幼女・ミレニアム』
姫井の集大成ともいうべきキャラクターデザインが仕上がっていた。
「過去の僕ではありえないデザインです。まず、ミレニアムの体の半分は機械でできています。宝石の心臓を持つことで、悠久の時を生きられるのです。あと、時の羅針盤を体内に埋め込んでいます。神々から与えられた使命を果たすため、ミレニアムは過去、現在、未来を行き来することがあります。10周年記念では、古参プレイヤーが『懐かしいな』と思えるストーリーを用意する予定です」
10年分の魅力がぎゅっと凝縮されたイベントというわけだ。
それだけ運営の負担も増えるのだが、流川は姫井のアイディアを全面採用してくれた。
『幼コレの運営には口出ししない』
8年前の約束を律儀に守ってくれている。
「とはいえ、いのりさん、須田くんがカノープスを退職したことで、いよいよ幼女株式会社のメンバーは全員いなくなりました。外注という形で運営に参加していますが、この先の幼コレの在り方について、僕たちとカノープスで協議の場を持つべきでしょうね」
姫井が紅茶を口まで運びながらいう。
「私に考えがあるんだよね。雪ちゃん、あすかには、ちょっとだけ伝えたのだけれども……」
いのりは子どもっぽい笑顔をつくり、サンドイッチにかじりついた。




