262 幼女株式会社 vs カノープス(前半)
三回戦のエネルギー消費は想像以上に大きかった。
神宮寺と奈良橋の汗が止まらない。
体力がない雪森と有栖川はそろそろ限界か。
「あんまり水を飲みすぎるなよ〜」
「了解!」
ふいに小学生時代の光景が蘇ってきた。
所属していたサッカークラブ。
『須田くんはボールを怖がらないから……』という理由でゴールキーパーに任命された記憶がある。
試合の流れを左右するポジションだったから、嫌いではなかったけれども、仲間のパス回しに参加できないのは不満だった。
「次の一戦が最後だよ! ピンチになったら私と姫ちゃんが出るからね!」
社長に見送られながら決勝戦のコートへと向かう。
大丈夫。
俺がゴールを死守すれば負けない。
最悪、PK戦にもつれ込めば、流川のシュートは確実に止められそう。
そんな甘い観測は、試合開始からわずか40秒で打ち砕かれることになる。
流川がふわりとミドルパスを送った。
受け取るのはもちろん龍造寺。
今まで披露してきた技は二つ。
『カノープス式流星ブレード』
胸でボールをトラップする必要があるが、コースが読みづらく、キャッチしようとするとファンブルしやすい。
『龍造寺バスターショット』
単なる右脚のボレーシュートであり、タイミングを読みやすいが、ゴールの隅をうまく突いてくる。
どっちだ?
目の神経を龍造寺の体の動きに集中させる。
結果として俺は大きな失敗を犯した。
いや、まんまと一杯食わされた。
「これが私の超必殺技! 『ドラゴントルネード』だぁ!」
龍造寺は右脚を軸にして、左脚を振り抜いてきたのである。
利き脚は右じゃなかったのか?
過去の試合で左を温存していたのか?
そこまで思考が追いついたとき、ボールは俺の脇を通り抜けて、ゴールネットを揺らしていた。
結論。
龍造寺の利き脚は右ではなく左だった。
「先制はカノープス一軍! スコア1-0です!」
とうとう許してしまった初失点に、焦燥のようなものが込み上げてくる。
己を叱るようにバンチと左頬を叩いた。
「流川さん! 見てくれましたか! 伝家の宝刀というやつっす!」
「さすが龍造寺くん。君が味方でよかったよ」
エースの超次元シュートにカノープス応援団のボルテージが最高潮になった。
「須田ちゃん、ドンマイ!」
神宮寺がボールを回収していく。
「まだ始まったばかりだから」
奈良橋に励まされた。
「ごめん! 私が龍造寺くんをフリーにさせたから!」
加賀美が詫びてくる。
雪森と有栖川からも声をかけられたが、うまく頭に入ってこなかった。
不思議と心がワクワクする。
全身のバネを利用したであろう一撃は、俺が過去に受けてきたどんなシュートよりも強烈だった。
さすが全国の経験者。
体が小さくなったとはいえ、化け物クラスのスポーツセンスは健在のようである。
「大丈夫です! 次は止めます! みなさんは攻めに専念してください!」
それから龍造寺のシュートを止める機会が三回あった。
いずれも『ドラゴントルネード』という名の左脚超強力ボレー弾。
グローブの上からでも手がヒリヒリする。
三本ともセーブに成功したが、追加の失点をしなかったのが奇跡だと思う。
そして前半終了間際……。
「龍造寺くん! 『ドラゴントルネード』は読まれている! ここは『カノープス式流星ブレード』を繰り出すんだ!」
流川のパスに反応した龍造寺がシュートモーションに入る。
胸でトラップすると見せかけてからの……。
「あいよ! 『龍造寺バスターショット』てことですね!」
龍造寺はバランスを崩しながら、力づくで右脚を振り抜いたのである。
何とかボールに反応したが、風が頬をかすめていく。
「カノープス一軍に追加点! スコア2-0です!」
あと0.1秒でも早く反応できていれば……。
俺は裏をかかれた悔しさで芝を叩いた。
まさに策士流川。
どうしても欲しかった次の一点はカノープスに転がり込んでしまった。
……。
…………。
二点ビハインドで迎えた後半戦。
「幼女株式会社、メンバーチェンジです!」
二名の交代カードをつかって、
OUT:雪森、有栖川
IN:瀬古、姫井
とする。
「お待ちしておりましたよ、瀬古先輩」
妖しく微笑んだのは流川。
「相手がお姫様だからって、容赦はしませんぜ」
龍造寺と姫井の体格差がすごいことになっている。
切り札を用意しているのはカノープスだけじゃない。
俺たちも一緒だ。
社長と姫井はアクティビティのフットサル教室へ通っており、この大会へ向けてこっそり特訓してきた。
毎週ボールに触っているという意味では、この場にいる誰よりも有利。
「いくよ、姫ちゃん」
「僕たちが登場したからには、二点差なんてあってないようなものなのです」
しかし運動オンチが解消されたわけではない。
つまるところ社長と姫井の実力は、俺たちでさえ正しく把握できていないのである。
汗だくになった神宮寺が、ちょんちょん、と腰を叩いてきた。
「須田ちゃん、すまねえ。オフェンスが点を取れていないばかりに」
「いえ、大丈夫です。流川さんが小細工を弄してきたのは、まともにゴールを狙ったのでは、幼女株式会社から点を奪いにくいと判断したからです」
「なるほど。冷静だな。頼りになるぜ」
神宮寺は薄く笑ってからキックオフに備える。
「幼女株式会社ボールで後半戦スタートです!」
社長と姫井がパスを回しながらラインを上げていく。
立ち塞がってきたのはエースの龍造寺。
どうする?
単純なパワー比べなら二人がかりでも勝てないぞ。
社長が果敢にドリブルで切り込んだ。
と見せかけて姫井へパスを出す。
「お見通しっすよ!」
龍造寺がケモノのような反射神経を発揮。
すぐに進路へ先回りしてくる。
「姫ちゃん!」
ボールを奪われたと身構えたとき、ふいに姫井の姿が消えた。
「あぅ!」
いや、頭から転倒したのである。
ファールの笛が鳴ってプレーを中止させた。
「なっ⁉︎ ちょっと肩がかすっただけっすよ!」
「骨が折れるかと思いました」
姫井は起き上がりながらニヤリと笑った。
「この腹黒ロリータ姫め……」
「ぷっぷっぷ……」
明らかに過剰な演技なのだが、審判のファール判定は絶対だ。
再開のキッカーは社長。
無回転気味に放たれたボールは、ゴールの手前でストンと落ち、キーパーの股をすり抜けた。
「やった!」
「いのり、やるじゃねえか!」
「さすが社長なのです!」
貴重な一点。
反撃の一点が入ったのである。
後半開始からわずか20秒後のことであった。




