245 一月と初詣
大晦日が終わり、新年がやってきた。
手帳とカレンダーがリセットされて、本日のところには『元日』と赤文字で記されている。
けっきょく、俺と神宮寺と加賀美は31日まで仕事をやった。
幼女コレクションのクリスマスイベントに続いて、お正月イベントの実装が控えており、一年でもっとも忙しい時期だからだ。
売り上げ、ユーザー数ともに堅調に推移しており、嬉しい悲鳴というべきか、ゲーム運営の泣きどころと表現すべきか、悩ましいところだ。
「おせち料理なんて何年ぶりかな〜」
社長は黒豆とか数の子とか伊達巻をおいしそうに食べている。
「俺は六年ぶりですかね。大学時代はアルバイトがあって、下宿先で正月を迎えていましたので」
ポットのお湯で緑茶をつくり、そこに氷を一粒落として、社長が飲みやすい温度に調整してあげた。
「何のアルバイト?」
「最初はコンビニ、次は郵便局、最後はファミレスです」
「お客さんは来店するの?」
「いえ、ガラガラですよ。学生が多いエリアの店舗でしたので。お盆と正月は開店休業状態です」
「なるほど」
おせち料理には、伊勢海老を丸ごと使ったグラタンも入っている。
電子レンジで加熱して湯気が立ちのぼるプリプリの海老を、社長は火傷しないよう気をつけながら食べていく。
「でも、おせち料理、タダでもらっちゃっていいのかな?」
「あとで何かお返ししますか?」
「そうだね」
今朝、クリスティナがやってきて『付き合いで買ったやつなので食べてください』と置いていったのだ。
マキャベリーの経費精算かもしれないが、伊勢海老が入っているくらいだから、相当に高いやつだと思う。
ちなみに昨日はお蕎麦を持ってきて『年越しにどうぞ』と置いていった。
俺の仕事が忙しくて、カップ麺で済ませるつもりだったので、渡りに船のようなタイミングの良さだった。
「マサくん、お口あ〜んしてあげるよ」
「ありがとうございます」
とうとう六年連続で年末年始に仕事か。
どうやら労働の神様に気に入られたようであり、元日から伊勢海老というのは、天からの情けかもしれない。
「メノウちゃんとクリスさんは里帰りしないのですか?」
「今日の夜か、明日の朝に帰るはずだよ」
瀬古コンツェルンの新年パーティーが二日と三日に予定されているらしく、メノウも今回から社長として、お偉いさん方に挨拶するそうだ。
高校生なのに大変だとは思う。
あれだけ大人に囲まれていると、精神的にも大人びていくわけだ。
「お腹いっぱいになっちゃった〜」
「あれ? これから着物のレンタル屋へいって、帯を締めてもらう予定ですよね?」
「あぅ……」
今日はみんなで初詣にいく。
そして社長と姫井は着物のレンタルを予約している。
集合場所は、徳川家康により建てられたと伝わる港区の愛宕神社。
雪森、奈良橋、有栖川の三名は旅行や里帰りのため不在であり、うちの会社からは五人が顔を出す。(シイナからは、考えておきます、とメッセージが届いたきり続報がない)
関東エリアの初詣先として有名なのは、浅草寺、川崎大師、明治神宮など。
正月三が日じゃなくても、普段から混んでいるといえば、有名どころへの初詣がいかに勇気ある行動なのか、俺たちがどうして愛宕神社を選んだのか、ご理解いただけると思う。(誤解のないようにいっておくと、愛宕神社でもかなりの行列ができる)
「そろそろ出発しないと遅刻しますよ」
「は〜い」
玄関のドアを開けると寒風が顔を直撃してきた。
新年ではじめて仰ぎ見る青空は、蒼穹という言葉がぴったりで、ここ数日で目にしたどんな空よりも澄んでいた。
……。
…………。
「はぅ……寒いです」
「だから腹巻きしてこいっていったのに」
「腹巻きなんて無粋なもの、僕には似合わないのです。美しさと機能性が反比例するのと一緒です。あんなもの巻くくらいなら潔く腹痛になります」
「おい、ゆり姫、お前はこの瞬間、全国の腹巻きメーカーに喧嘩を売った。夜道でいきなり腹パンチされても知らないからな」
「はぅ……想像しただけでオシッコを漏らしそうです」
待ち合わせポイントで合流したとき、北風がビュービュー吹いていて、社長と姫井が寒そうにしていた。
「ドMのド変態とか、新年早々から勘弁してほしいな」
「もっと僕のことを口汚く罵ってください! さあ、もっとです!」
「たく……変なものでも食って、頭がおかしくなったかな……」
神宮寺がマフラーの位置を直しながらいう。
ミニスカートにこだわる神宮寺も、今日はベルト付きのチュールスカートをはいており、お姉さんっぽい印象を受けた。
「姫ちゃんの手が震えている! かわいそうに!」
「あぅあぅ……社長の人肌で温めてください!」
社長はベージュ色をベースにした着物を選んでいる。
帯のところに猫シルエットが入っており、本人はいたく気に入った様子だった。
姫井は情熱的な赤色をチョイスしている。
首から上が西洋風なのだが、これはこれで可愛らしい。
「社長、あけましておめでとうございます」
声のした方を向くと、落ち着きのあるモスグリーンの着物をまとった加賀美がいた。
その後ろには誠一郎、メノウ、クリスティナ、シイナもいる。
「いのり、今年もよろしくなのだ!」
メノウは眩しいシルバーの着物を関西から取り寄せていた。
着物メーカーの広告ガールに選ばれた経験があるらしく、カタログの中から飛び出てきたような美人さんである。
「いのりさんがうるさいから、不承不承出てきてやったわよ」
スカイブルーの着物に身を包んだシイナが、不服そうに髪の毛をいじっている。
着物も帯も無地であり、やる気の無さを服装で体現しているのが面白い。
「シイナちゃん、来てくれたんだ!」
「なんで私が関東の神社に初詣しなければ……」
「でも、愛宕神社の総本社は京都なんだよ!」
「あら、そうだったの?」
「うん!」
「もしかして、私やメノウさんに配慮して?」
「それもあるかな」
「へえ……気がきくじゃない。できる幼女ね」
シイナの攻略法がだんだん見えてきた。
相手のことを尊重している、と言動ではっきり伝えるのである。
向こうが憎まれ口を叩いたとき、カウンター気味に言葉をぶつけると効果的だ。
狙ってやるのは至難の技だが、天然の人たらしである社長なら、普通に会話しているだけで自動的にポイントを稼げるだろう。
「無地の着物でよかったの?」
「主役はメノウさん。脇役の私が目立ってはナンセンス」
「顔が可愛いのに勿体ない」
「あなた、いま自分で自分を褒めたわよ」
「そうかな?」
「そうよ」
「うにゃ……」
社長とシイナがクスクスと声をそろえて笑う。
「あなた、本当に次から次へと褒め言葉を思いつくわね。私とは正反対ね。それも才能かしら?」
「シイナちゃんの毒舌も才能だよ。褒め言葉よりもね、皮肉たっぷりの毒舌の方が、高い知能指数を必要とするんだってさ」
「へぇ……それは皮肉たっぷりの褒め言葉ね。でも不思議と腹は立たない」
またクスクスと笑っている。
「みなさん、列に並びますよ」
クリスティナが手を鳴らした。
元日から仕事モードらしく、今日も黒スーツを格好よく着こなしている。
参拝客の列は駐車場のところまで伸びていたのだが、思ったよりも進むペースが早く、気づいたときには半分の地点まで来ていた。
「何をお祈りしようかな?」
「毎年、会社の成長を祈願していますよね」
「そうなのだけれども……我武者羅に頑張れる体じゃないし……今年は別のお願いにしようかな……」
「いいと思いますよ。個人的なやつで」
社長に流川からのメッセージが届く。
カノープスの面々はいま明治神宮にいるらしく、人波にもまれているようだ。
「愛宕神社にしてよかったね」
添付されているのは、参道をぎっしり埋め尽くした参拝客の写真。
さすが300万人が初詣にくる明治神宮、もし恋人と二人でいったら、人の多さにイライラして口喧嘩になるかもしれない。
俺たちの順番がやってきた。
五円玉をお賽銭箱に放りこみ、神様に向かって手を合わせる。
『瀬古いのりが一年健康でいますように』
あらかじめ用意してきた願い事を伝える。
目を開けたタイミングが社長とほぼ同じであり、偶然の重なりに胸がときめく。
「何をお願いしたの?」
「社長は?」
「それは秘密だよ」
「じゃあ、俺も秘密です」
「え〜」
願い事を他人に教えてはならないと主張する人もいるが、本当のところは諸説あるらしい。
「お守りはどれにしようかな〜」
「二人で別々のを買いましょう」
二人の手が無病息災に伸びかける。
「俺は無病息災にしますので、社長は万能お守りみたいなやつにしたらどうですか?」
「欲張っちゃってもいいのかな?」
「いいでしょう。神様が許したのですから」
それが終わったらおみくじ。
「勝負しよう!」
「俺は五年くらい大吉を引いていないので、たぶん負けます」
と思ったら、大吉だった。
吉を引いた社長が悔しそうに拳を震わせている。
「来年は負けないもん!」
「はいはい」
本当に子どもだな。
ひときわ強い北風が吹き、肩を震わせた社長が、ぶえっくしょん! と大きなくしゃみをする。
「うぅ、温かいお風呂に入りたい……」
「帰ったら体を温めましょう」
俺が財布にしまい込んだおみくじには『願事:充分に叶う』と書かれていた。




