244 プレゼントをくれよ→金たまキック
おいしい料理に舌鼓をうつ。
爽やかなビールを喉に流しこむ。
一年で最後の会社イベント・クリスマスパーティーは、冒頭に小さなトラブルこそあったものの、つつがなく進行していた。
一番にぎわっているのは、神宮寺、姫井、メノウのトリオであった。
神宮寺は日本酒を、姫井は赤ワインを、未成年のメノウはシャーリー・テンプルというレモン・ライム・ソーダをベースにしたノンアルカクテルを飲みながら、学園生活やグルメの話で盛り上がっている。
「はぅ〜、女子高生のぱいおつは至福なので〜す♪」
「おい、ゆり姫、外でそれやったら拘置所送りだからな」
お膝抱っこしてくれるメノウに甘えて、姫井は形のいいバストを揉んだり頬ずりしたりクッション代わりにしたりと、好き放題やっている。
メノウの男子クラスメイトが見たら憤死しそうなシチュエーションに、神宮寺はうんざりした様子だ。
「ふっふ……赤ちゃんみたい」
メノウは満更でもないらしく、年長者の姫井をペットのように可愛がっている。
「メノウの胸はもはや芸術作品なのです。バストのお手入れについて、あとで技術提供を所望します」
「将来、自分の胸で試すの?」
「いいえ、神宮寺さんのぱいおつを、僕好みの形に育てます。名づけて、ぱいおつ育成計画なのです」
姫井の頭は完全に性欲に支配されており、フェーズ4の恐ろしさを見せつけられた気がした。
これで見た目は美幼女だから、世も末といえる。
「ゆりって本当にエロエロですね」
「オフィスでもエロエロな絵ばかり描いてんだよ。メノウからも叱ってやってくれ」
「ええっ⁉︎ 見てみたいな〜! それって宗教画みたいなエロさですか〜?」
「いや、どストレートなエロだ。私が題材に選ばれて困っているんだ」
「なにそれ⁉︎ 愛ですね⁉︎ ラブレターならぬラブイラストですね⁉︎」
「深いんだよ……色々と」
目を半分ほど閉じた姫井が、チュウチュウ、チュウチュウと鳴き始める。
「これは何ですか?」
「キスの催促だな。恥ずかしいからやめてほしい」
「けっこう酔っちゃいましたね」
「酔っているな。すまん」
神宮寺は立ち上がり、ボトルウォーターを持ってくると、すっかり酩酊している姫井の口にふくませた。
慣れた手つきから察するに、よくある光景なのだろう。
「僕の中ではですね、神宮寺あすか×奈良橋涼に挑戦してみたいという欲求が、日に日に強くなっているのです♪」
「ダブル不倫になるから、それだけはやめておこうな」
「でもでもでも〜♪ 瀬古いのり×流川マキを描いてみたい欲望にも逆らえません♪ 『幼女社長でイチャラブしたら変ですか?』というタイトルにしてですね……」
「おい、姫井エチエチ画伯、そこは欲望に逆らえ。いますぐ逆らえ。二人とも格上だからな。勝手に裸体を妄想するなよ」
最近の姫井は本当に楽しそうに生きている。
遊ぶことが一番の治療といわれる時代だから、神宮寺も好き勝手やらせているわけだ。
とはいえエチエチ路線はまずい気がする。
身内がブレーキをかけないと、誰かの同人本が完成しちゃうのは時間の問題といえよう。
「ねえねえ、涼ちゃん。姫井さんがヤバいよ……」
有栖川は飲み物を吹き出しそうになっていた。
「まいったな……」
雪森、奈良橋、有栖川はダイニングテーブルのところで固まっている。
飲酒できる体質なのだが、三人ともフルーツティーやジンジャーエールを飲んでおり、純粋に料理を楽しんでいるようだ。
「瀬古いのり×流川マキを描いてみたい、とはどういうことかな?」
「雪ちゃんは純粋だから、知らなくていいよ」
キョトン顔になる雪森に向かって、有栖川は先輩らしくフォローした。
姫井チームの混沌とは対照的に、こっちの三人は健全チームだ。
一年の思い出話とかで平和に盛り上がっている。
「雪ちゃんと涼ちゃんは旅行しないの?」
有栖川が当たり障りのない話題を振った。
「う〜ん、里帰りが旅行みたいなものなので……」
「私も雪森さんと一緒ですね。アパートの玄関を出て、実家のドアまで帰るのに、だいたい六時間はかかりますし」
「アリスさんは、どこかへ旅行される予定はあります?」
雪森がお寿司を食べながら質問する。
「ふっふっふ……年末年始の休みはもらったよ! 今回は九連休さ!」
「おおっ! さすがです!」
「でも休みが決まるのが遅かったから……。気が早い人なんて、ゴールデンウィークとかお盆の時期に年末の旅行を計画しているし、色々と予約が埋まっちゃっているよね」
ガックシと肩を落とす有栖川に、雪森が大トロをプレゼントする。
「これでも食べて元気を出してください」
「ありがとう! 雪ちゃんは旅館の子だから、気配りがうまいね!」
「いえいえ〜、それほどでも〜」
過去に一番高かった旅行は何ですか? みたいな質問を奈良橋がした。
北米大陸をぐるぐるしてきたやつが有栖川の中で最高値だったらしい。
前職を辞めて、うちに入社する前に行ったらしく、一ヶ月ほど旅を続けたのだとか。
「それって一人旅ですか?」
「そうだよ! 私には旅仲間なんていないから!」
「心細くないですか?」
「そりゃ、心細いよ! 間違ったバスに乗っちゃったかも! みたいな瞬間がけっこう心細い! あとホテルの予約がなぜか取れていなかった瞬間は本気で焦るね!」
「……ですか。私は大人しく歌恋を連れていくことにします。話相手がいないと寝ちゃいそうなので」
「こいつ! 恋人持ちは寿司ネタ没収だ!」
奈良橋が食べようとした中トロの上の部分だけを有栖川が横取りする。
「私は酢飯が好きなので……下半分だけでも普通に美味しくいただきます」
奈良橋は何事もなかったかのようにシャリを口へ放り込んだ。
……。
…………。
マンションのベランダから東京タワーの光が見えた。
そこから逆方向にはスカイツリーのシルエットが間近に見える。
この景観だけで何百万円、いや何千万円の物件価値があるのかと思うと、瀬古コンツェルンの財力の凄さにはため息が出るばかりだ。
加賀美が一番のセレブだな。
姫井もおしゃれなデザイナーズマンションを借りているらしいが、誠一郎のお財布には太刀打ちできまい。
夜風が寒くなってきたので、リビングの方へ戻ると、社長とシイナが着替えている最中であった。
「いのりさんとシイナさんに同じサンタコスプレをさせてですね〜」
クリスティナは二人のスーツを脱がせると、ミニ丈スカートのサンタ衣装をまとわせていく。
「いのりさんのツインテールをほどくと〜」
ほら、完成。
双子の幼女サンタである。
瓜二つの二人だが、違いがないわけではない。
姿鏡の前に立って瞳をキラキラさせているのが社長であり、顔をしかめながら露骨に舌打ちしたのがシイナ。
見た目が同じくせに、性格が真逆というのは、差別化という意味でも高ポイントといえよう。
「きゃあ♪ かわいい♪ これは激写せねば♪」
「クリスさん、その写真をお母様や雲雀さんに送ると、本気で怒るわよ」
「妖精みたいなのに……。メノウさんが小学生だった頃を思い出します」
トイレから誠一郎が戻ってきて、シイナの体を抱っこした。
「いのりサンタか。かわいいな。俺に何かプレゼントをくれよ」
「私はいのりサンタじゃない!」
金たまキックの炸裂する音がした。
シイナを社長と間違えた誠一郎は、床をゴロゴロとのたうち回り、加賀美に優しく介抱されている。
高い代償だな。
シイナのことを『いのり』と呼ぶのは、うちの組織的に絶対NGといえる。
「くそっ……あなた、ツインテールをほどくと、本当に私そっくりね。忌々しいわ」
「じゃあ、シイナちゃんもツインテールをはじめちゃう?」
「どうしてそういう発想が生まれるのかしら……」
付き合いきれないと判断したのか、シイナはキッチンカウンターのところまで移動して、飲み物の山からビンを手にとり、中身をぐいぐいと飲んでいく。
「シイナさん、お酒を飲んでも平気なのですか?」
「何いってるの? スパークリングのジュースでしょう」
「いや、それはシードル……リンゴ酒ですよ」
「はっ⁉︎」
シイナがラベルに目を凝らす。
アルコール度数4%みたいな表示を見つける。
手で顔をパタパタと扇ぎはじめるシイナ。
パーティーに参加してから一滴もアルコールを飲まないから、何となくそんな気はしていた。
「いけない! アルコールはダメなのに!」
水をがぶ飲みして、拳でお腹をポンポンしているが、一度飲んじゃったものは簡単に逆流してこないだろう。
30秒もしないうちに、首筋が赤く染まりだし、足取りが怪しくなってきた。
この耐性のなさは社長といい勝負かもしれない。
俺はソファのところまでシイナを運んでから、メノウとクリスティナを呼んで、飲んでしまったシードルの種類と量を伝えた。
「あちゃ〜。シイナさんがうっかりミスをやらかすとは……」
クリスティナもパーティー中は目を光らせていたようだが、いのりサンタに夢中だったらしく、アンラッキーにアンラッキーが重なってしまった結果だ。
「元はといえば、クリスさんが私たちで遊ぶから!」
「まあまあ……興奮すると酔いが回りますよ」
「冷静でいられるわけないじゃない!」
シイナが手足をばたつかせる。
するとアルコールの回りが加速して、ますます泥酔の世界へと引きずりこまれる。
「くそ……屈辱だわ……痴態をさらすなんて……いますぐ割腹して死にたい……」
顔を両手で隠したまましばらく動きがなかったので、もしやと思い手を外してみると、乱れた黒髪の裏から可愛らしい寝顔が出てきた。
くうくうと気持ち良さそうに寝息を立てている。
「シイナちゃん、心は元気でも、体は疲れていたみたいだね」
顔が密着するほど距離をつめて、社長は愛おしそうにシイナを観察していた。




