128 可愛さの偏差値
「私が予想した通り、近いうちに再会することができただろう」
流川はわざわざ俺たちの席までやってきて、社長らしからぬ愛嬌たっぷりの笑顔を見せてくれた。
とても不思議な人だ。
雲の上の存在かと思えば、こうして身近に感じられる。
「その節はお世話になりました」
「世話になったのは私の方だよ。いい気晴らしになったから」
あの日に獲得したUFOキャッチャーのぬいぐるみ。
オフィスの棚に飾られているのを発見して少し嬉しくなる。
「加賀美さんはとても素晴らしい経験と実績をお持ちだ」
流川がさっと手を差し出した。
「瀬古先輩や神宮寺さんから話はうかがっています。並みのIT企業であれば加賀美さんほど優秀な人など滅多にいない」
「いえ、それほどでも……」
加賀美は謙遜を口にしながら握手をする。
「幼女株式会社が設立されたとき、真っ先に誘われたのが加賀美さんでしょう。そのエピソードだけで、十分に優秀な人物だということがわかります」
加賀美の心拍数が上がるのが俺でもわかった。
本人は隠そうとしているが、口角の部分がわずかに持ち上がっている。
「社長、そろそろお時間です。先ほど調べたところ、首都高の一部区間で事故があったらしく、いつもより移動時間がかかると予想されます」
影のように付き添っている秘書がいう。
「それは見落とせない情報だね。打ち合わせに遅刻すると、先方に機先を制されてしまう」
流川は手を一振りしてから去っていく。
「どこかで一緒に食事をしましょう。それではまた」
カリスマ社長のスマートさに俺たちは圧倒されっぱなしだ。
秘書の存在といい、忙しいスケジュールといい、人生から一切の無駄を排除しているみたい。
首都高の事故だってそう。
瀬古いのりであれば何も調べずに事務所を出発して、約束の時間に思いっきり遅刻して、『ごめんなさ〜い!』とペコペコ謝り、向こうも大人だから笑って許してくれるはず。
そんな隙が流川にはない。
「初対面の流川さんに握手してもらったよ。思っていたよりフランクな人なんだ」
加賀美は握ってもらった手のひらをじっと見つめる。
「なんて喜んでちゃダメだね。私たちは仕事でカノープスへ来たのだから」
かと思いきや首をぶんぶんと振った。
「そうっすよ。二人には一週間バリバリ働いてもらいますから。ここでは私が上官っす。加賀美を自由に使い倒せるかと思うと、昨夜は興奮して眠れなかったっす」
「龍造寺くんに怨みを買うようなことをした覚えはないけれど……お手柔らかにお願いします」
そういや龍造寺だけ、加賀美、と呼び捨てにするな。
気心の知れた感じがちょっと羨ましい。
「まずガルメモ班の進捗報告があります。そこに同席して、メンバーと一通り挨拶してください」
ガルメモ班そのものは二十名ほどで構成されているらしい。
「メンバーが100%そろった状態での打ち合わせは非効率ですから。二人か三人単位で呼び出していきます」
上司一人と部下一人。
あるいは上司一人と部下二人。
それをユニットと呼んでおり、カノープスの業務はすべてユニット単位で遂行するのが基本らしい。
若いうちに部下を持たせる。
そんな意図があるそうだ。
「幼女株式会社の須田です。よろしくお願いします」
手元の名刺がものすごいスピードで減っていく。
一年目なんて十枚も使った記憶がないのだが……。
「あら〜。とても可愛い幼女さんですね」
もちろん、これは成人女性から加賀美に掛けられた褒め言葉だ。
「……ど……どうも……」
あまり褒められ慣れていない加賀美は顔を赤くしてどぎまぎした。
「ねえ、ネギ先輩。あの子は呼ばないのですか? 金髪の幼女さん」
ネギ先輩?
龍造寺のことだろうか……。
「ああ……確か姫井さんといったかな」
幼女株式会社さんの幼女って、可愛さの偏差値が高いんですよね、とのこと。
もちろん成人男性の俺はノーカウント。
「どうなんっすか? 姫井さんって技術力的に?」
龍造寺が話の矛先を向けてくる。
「いやいや、姫井さんに作業させるとか、自殺行為に等しいよ! 表計算ソフトの使い方すら怪しいから! 猫に曲芸をさせるようなものだよ!」
加賀美は光の速さで否定した。
「だそうです。金髪ロリータ姫は事務方の人間です。だから呼ぶのは諦めてください」
「な〜んだ。実物が見たかったのに残念……」
瀬古さんにも会いたいし私が幼女株式会社へ出張しようかしら、なんて言いながら件の女性社員は去っていく。
「ねえ、龍造寺くん。なぜネギ先輩と呼ばれているんだい?」
「神宮寺さんのせいっすよ。『リュウゾーを見ていると白髪ネギから揚げ丼が食べたくなるんだよな』とか『ネギゾー、ネギゾー』とか煩いから。お陰で一部の女性社員からネギ先輩と呼ばれています」
「あっはっは! 面白すぎるでしょ! 龍造寺くんは人望があるね!」
加賀美は腹をよじって大笑いしていた。
「好きに呼ばせておけばいいんっすよ。どうせ二週間くらいで飽きますから。タピオカ入りミルクティーと一緒です」
龍造寺は大して気にする様子もなく、次のユニットを呼びにいった。
「ねえ、須田くん。ここは成人女性が三割くらい働いているから、明るい雰囲気の職場だね」
「ええ、もっと静かでピリピリした空間を想像していました」
おそらく社員の平均年齢だって二十代の後半だろうし、フレッシュな感じは幼女株式会社といい勝負だと思う。




