127 カノープス本陣
「会社のWi-Fiは好きに使っていいっすよ。『Canopus Guest Wi-Fi』というIDが来客用ですので」
窓際のデスクに荷物を置いた俺たちは、龍造寺からもらったゲストカードを首からぶら下げ、オフィスの中を案内してもらった。
ブラインドの向こうには十七階からの眺望が広がっている。
動いている人や自動車が精巧なジオラマのようで、三時間くらいは飽くことなく眺められそうだ。
「こっちが給湯室で……」
すれ違ったカノープス社員がペコリと挨拶をくれた。
「あっちがお手洗い、その向こうがシャワー室で、その隣が仮眠室で……」
社員は七十名のはずだが、ざっと見積もっても百を超えるエンジニアが働いている。
首のストラップの色から察するに、協力会社のメンバーも混じっているらしい。
他社……というより異国みたい。
ルールとか価値観の違いを強く感じる。
「会議室は社員しか入れませんが、あとの移動は自由ですので。何か困ったことがあれば私を呼んでください」
その時、龍造寺の電話が鳴りだした。
俺たちも席へと戻り、神田にいる社長へビデオ電話をかける。
『はい、瀬古です』
「お疲れ様です。須田です」
スクリーンの社長の隣には姫井もいた。
「予定通りカノープスの本社へ到着しました。こちら現地時刻が朝の9時57分です」
『こちらヒューストン。了解。そのまま任務を続行せよ』
社長が管制室のオペレーターの真似をしてくれる。
すると後ろに控えている加賀美がクスクスと上品に笑った。
「社長と須田くんは本当に仲良しだな〜」
そこに姫井も割り込んでくる。
『加賀美さん、ファイトです!』
ふたつの握り拳をつくり、胸の前でファイティングポーズをとった。
金髪ロリータがやると謎の可愛さしかない。
「はい、姫井さんもファイトです」
加賀美も片腕でガッツポーズを返してあげる。
「社長と姫井さんって、いい意味で経営者らしくないよなぁ。あの可愛さも含めて」
電話が終了すると、そんな声が聞こえた。
時計が10時00分になったとき、会議室の一つが開いた。
まずは流川マキが、続いて秘書とおぼしきスーツ姿の成人女性がやってくる。
身長165cmはある、とてもグラマーな女性だ。
セミロングの黒髪が歩行のたびに肩の下で揺れている。
東洋人ばなれした美肌。
それを包むエレガントなスーツ。
デキる女のオーラが強く漂っているのが、俺の位置からでもはっきりとわかる。
「あれは流川さんの親戚のお姉さんです」
龍造寺が加賀美の肩に手をかけながらいう。
「すごい美人さんだね」
加賀美の口から淡いため息がもれた。
「当たり前っすよ。ミスコンで優勝した経験がありますから。頭が良くて折り紙つきの容姿なので、かつては総合商社の秘書室で働いていました」
ミスコンとか秘書室とかファンタジーみたいだな。
そんな女性を側に置く流川もファンタジーみたいな存在といえる。
親戚のお姉さんということは、流川には遺伝子の相似がある?
十五年くらいしたら……いや、そこから先の想像は控えよう。
「瀬古さんは秘書を置かないんっすか?」
「ええと……」
加賀美が口ごもる。
一応、姫井が秘書といえば秘書なのだが……。
あの人は一人五役なので、龍造寺が想像する秘書とは少し違うだろう。
「金髪ロリが秘書っすか?」
「あの人は副社長だから。たまに社長のスケジュールを調整するくらいだよ」
「雇えばいいのに。瀬古さんも秘書さんの助けなしじゃ限界がありますよ」
これから朝礼を始めるべく、マイクのスイッチがオンになる。
「みなさん、お早うございます。作業中の社員は手を止めずに聞いてください。私の方から四点ほど……」
まず不眠不休で頑張っているガーリッシュ・メモリーズの運営班に労いの言葉がかけられた。
売上は計画をはるかに上回っており、不具合さえ解消できれば視界は良好とのこと。
それからカノープスの開発した別のアプリケーションが賞を受賞したことが告げられた。
開発チームには後日、記者のインタビューがあるらしい。
「そして三点目ですが……」
五名で活動しているITベンチャーが来月からカノープスに合流するようだ。
新しい仲間が増えるから仲良くしましょう、ということらしい。
「この一年で社員を倍に増やそうって計画があるんです。まあ、倍は無理でも百名は確実に超えるでしょうね〜」
龍造寺は頭の後ろで手を組んだまま、他人事のようにぼやいた。
「最後に四点目。ガルメモ班の助っ人として、幼女株式会社から二名の応援をもらいました。期間は五日間です。先週、ヘルプに来てくれた瀬古さん、神宮寺さんの活躍からも分かるように、幼女株式会社といえば、幼TEC界屈指の少数精鋭なので……」
流川の勝気そうな瞳が俺と加賀美を見つめる。
「彼らの邪魔にならない程度に技術交流をしてみてください。私からは以上です」
流川のしゃべりには一切の無駄がなくて、四分ほどの朝礼の時間が、その三倍にも五倍にも充実しているように感じられた。
にしても参ったな……。
俺には技術交流なんて荷が重すぎる!




