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126 鯉と白猫のコントラスト

 ガタゴトと動き出した電車の中で、たまたま一つの空席を見つけた俺は、そこに遠慮する加賀美を無理やり座らせた。


 俺はビジネス鞄を持ったまま、もう片方の手をつり革にかける。


「ノートパソコンまで須田くんに持ってもらって。本当に申し訳ないね」

「いえいえ、これも俺の仕事ですから」


 窓の外には快晴が広がっており、久しぶりの渋谷行きにテンションが上がってくる。

 しかし加賀美の目にはそんな景色も虚しく映るらしい。


「どうして朝礼のとき社長に向かって大声を出しちゃったんだろう。あれじゃ、不満タラタラの嫌なやつみたいだよ」


 こめかみの部分を指でトントンしている。


「そうですかね? 急な命令には驚きますし、理由を知りたいのは自然だと思います」

「う〜ん、そうなんだけど……」


 社長の言葉……。

 技術力のある加賀美を選んだ。


 あれは本心から出た気持ちであるのは間違いないし、普段の加賀美なら喜んで引き受けただろう。


「龍造寺くんと面識があるから、とか。そういう平凡な理由が良かったな。技術力って単語は、いまの私にとって重いんだよ」


 乗り換えの駅についたので、急いでホームを移動して、超満員の電車に飛び乗った。


 俺はドアに手をついて空間をつくり、加賀美が他の乗客とぶつからないよう、体を盾にして守ってあげる。


「前から気になっていたのですが……」


 ガチャン、と電車が揺れたとき、お互いの体がピタリと密着してすぐに離れた。


「なぜ龍造寺さんじゃなくて、龍造寺くんなのですか?」


 俺は『さん』と『くん』の部分にアクセントをつける。


「なぜだろうね。当たり前すぎて考えたことがなかったよ。これは私の推測なのだけれども……」


 加賀美がこの日一番の笑顔をつくる。


「うちの社長が龍造寺くんと呼んでいたから。それが身内のなかで広まった感じじゃないかな」

「でも実際の年齢でいうと、社長が一つか二つは歳下ですよね?」

「そうそう。なのに瀬古さん、龍造寺くん、だよね」


 やっぱり楽しそうだ。

 社長のことを話すときの加賀美が一番生き生きしている。


 離れ離れにならないよう気をつけながら改札を通り抜け、たくさんのサラリーマンやOLが行き交う渋谷のスクランブル交差点を渡っていく。


「カノープスのビルはこっちだよ」

「加賀美さんは来たことがあるのですか?」

「建物にはね。その時に用があったのは別の会社なんだけれども」


 ガラスと鉄筋でつくられた、クリスタル宮殿のようなビルの玄関をくぐると、首筋が痛くなりそうなほど高い吹き抜けの空間が待っていた。


 壁の目立つところに入居している企業名を印字した金属パネルが飾られている。

 大企業が七割、新興のIT企業が三割という比率だ。


「やっぱり社員数が多いと建物も違いますね」


 幼女株式会社の雑居ビルが貧相に思えるほど。


「カノープスの社員数が急増しているからね。うちの雑居ビルって、ちょっとした掘り出し物件で、姫井さんのお気に入りなんだよ。あと二年か三年はあそこから動かないだろうな」

「俺としてはちょっと古いくらいが好きです。新品だと汚しそうなので」

「須田くんらしい感想だね」


 ビルのエントランスには、小さな滝と日本庭園までついており、気分だけは高級ホテルといったところか。

 白、赤、黄の鮮やかな錦鯉がゆらゆらと気持ちよさそうに泳いでいる。


「いいな〜、鯉は……」


 すぐ隣から声がした。


「悩みとか無さそうで」


 学生向けブレザーにミニスカート姿の幼女がひとり。

 鯉のエサとおぼしきフレーク状の物体をパラパラと水面に()いている。


「龍造寺くん⁉︎」

「うっす。久しぶりっすね。加賀美も鯉に餌づけします?」

「いやいや、勝手にエサを与えたらダメだよ! 会社にクレームが入るよ!」

「固いこというな〜」


 龍造寺の横にはビルの管理スタッフらしい女性もいた。

 無許可ではないとわかり、加賀美がほっと胸をなで下ろす。


「君は本当に自由なんだから。いつか警察のお世話になるんじゃないかって、昔からずっと心配していたよ」

「そりゃ、どうも。お陰さまで前科は無しです」


 岩の上に立っていた龍造寺がぴょんとフロアに着地する。


「どうっすか? セールスランキング一位を取った感想は? 全てを達成した気分ですか?」

「いやいや、何も変わらないよ。ランキングは水物なんだしさ」

「ふ〜ん。冷静だな〜」


 龍造寺はわざわざ俺たちを迎えにきてくれたらしい。

 上層階へと通じるエレベーターに三人で乗り込み、カノープスのオフィスが入っている十七階へと向かう。


「最近は忙しいっすか?」

「龍造寺くんほどじゃないよ」

「加賀美には神宮寺さんがいますもんね。この先、どうするんです? ずっと死ぬまで神宮寺さんについて行くんですか?」

「死ぬまでかどうかは不明だけど……神宮寺さんに見捨てられないよう、私は私なりに努力するだけだよ」

「ふ〜ん、面白くない生き方だな〜」

「いうなあ、君は……」


 ステンレス鋼板でつくられているエレベーターの扉に加賀美の困り顔が反射した。


「鯉みたいな生き方っすよ。飼育されている鯉と同じ。毎日落ちてくるエサを食べて。狭い池の中で生きていく。加賀美には実力があるから、暮らしていく場所を自分で選ぶという自由もあるのに」

「それは買いかぶりすぎだよ。私は神宮寺さんや龍造寺くんみたいに、組織のテクニカルマネージャーが務まる器じゃないから」

「瀬古さんや神宮寺さんの役に立てればいいと?」

「そのために前の会社を辞めたんだ」

「……勿体ない」


 エレベーターが目的階に到着し、ピンと電子音が鳴る。


「そうやって自分の才能に(ふた)をするの、私は勿体ないと思います」


 ワンテンポ遅れた俺たちを置き去りにするように、龍造寺はどんどん先に進んでいった。


「はぁ……君は変わらないな……その辛辣なところも……」


 白猫のように気ままな龍造寺。

 その背中を見つめる加賀美の瞳には、少しだけ憧憬の色がにじんでいたと思う。

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