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124 機械オンチ

「やばい……やばい……やばいよ……」


 大慌てで会計を済ませて、店を飛び出した俺たちは、オフィスに向かって猛ダッシュしていた。

 閉まりかけのエレベーターに飛び乗り、『7』のボタンを強く押し込む。


「最近はシステムが安定稼働していたから、完全に油断していたよ」


 どんどん上昇していく鉄の箱。

 それに釣られて心拍数も急ピッチで上がっていく。


「加賀美さん、大丈夫ですか?」

「なんとかね」


 成人男性の俺でさえ呼吸が乱れているのだ。

 加賀美は微笑を返してきたが、本当は口から心臓が飛び出そうなはず。


 エレベーターのドアが開く。

 オフィスの玄関を抜けた先には、電話番をしている先輩がひとり、クッションを枕代わりにしてお昼寝していた。


「大変だ!」


 そこに湯けむりの立ち昇るティーカップを手にした姫井がやってきた。


「ああ、加賀美さん。ちょうどいいところに。どうも僕のスマートフォンが不調らしく、幼コレの反応が悪いのです。あとで確認してくれませんか?」

「えっと、それはですね……」


 姫井さんのスマートフォンは正常です。

 問題が発生しているのは幼コレのサーバー側です。


 そんな説明の暇さえ惜しむように加賀美は大急ぎでパソコンを立ち上げる。


「須田くん、社長に連絡を! もし不通なら神宮寺さんを呼び出して!」

「はい!」


 悪い報告ほど早めに上げる。

 それがトラブル時の基本動作だ。


 とはいえ機械オンチの副社長が相手では、ちんぷんかんぷんで会話が成立しないはず。


「ダメです! どちらも繋がりません!」

「なんてこった……また一分後にかけ直そう……須田くんはその間に管理コンソールを確認してくれ!」


 心臓ともいうべきデータベースは問題なし。

 血液の循環ともいうべきネットワークも全部生きている。


 正常(グリーン)状態のサーバーたちの中に一台。

 異常(レッド)アイコンの付いたマシンが存在していた。


「一台が大量にエラーを吐いています!」

「どこのサーバー?」

「アプリケーションサーバーの七号機です」

「……だよね。……もう一回、社長と神宮寺さんに電話! それが終わったら性能情報をチェックして! まずは七号機から! 終わり次第、他のアプリケーションサーバーもね!」


 今度は社長と会話することができた。


『わかったよ。あすかがリモート接続用の端末を持っているから、渋谷からも確認してみる。マサくんは継続して加賀ちゃんのサポートをお願い』

「すみません。システム障害に気づくのが遅れてしまって」

『何言ってるの。十分早いよ』


 とりあえず社長と神宮寺を動かせたので、第一ステップはクリアである。


 俺はふたたび管理コンソールを操作し、CPU、メモリ、ディスクなどの情報を拾っていく。


「加賀美さん、メモリの使用率が危ないです!」

「何パーセント?」

「91%……いや、いま92%に上がりました!」

「はあ⁉︎ 92%⁉︎」


 加賀美の声が裏返るのも無理はない。

 俺だって胃のなかにどす黒いコールタールを流し込まれた気分だ。


「メモリ使用率が100%に達するとどうなるのです?」


 心配した姫井が遠慮がちに質問してくる。


「表現するなら、企業の資金繰りが悪化して、ビジネス活動が一旦ストップする感じです!」

「……それは由々しき事態ですね」


 カチン、と。

 死のカウントダウンを意味するように、メモリ使用率が92%から93%へと上がった。

 残りの7%だって何秒耐えられるか知れたものじゃない。


「見つけた!」


 さすが加賀美さん。

 そんな賞賛の言葉を送ろうとして、俺はかけるべき言葉を失う。


「なんだ……この大量の接続(セッション)は……」


 加賀美の顔が青ざめて、手も完全に止まり、ファイルに吐き出したセッションの一覧を眺めている。


 本来であれば数万セッションが性能限界。

 それなのにいまは数十万というセッションが張られていたのだ。


「そんなバカな……ありえない……セッション切断の処理で滑っているのか……早くゴミセッションを片付けないと……」


 セッション数はどんどん増えているらしく、非情にもメモリ使用率が94%、95%、96%……と一方的に上昇していく。


「手動で切るのか……だったら不要なセッションを見極めないと……無理だ……とても追いつかないから……でも今からプログラムを組む余裕なんて……」


 諦めかけた加賀美がぎゅっと目を閉じる。


「加賀美さん!」


 皮肉なことに一番冷静なのは技術力が皆無の姫井だった。


「最悪の場合、どうなるのですか?」

「えっと……」


 加賀美の頭に冷静さが戻ってくる。


「メモリが枯渇して、一台が強制的にOS再起動します。……アプリケーションサーバーの七号機です。……そこに接続しているユーザーはタイムアウトして、アプリが強制的に終了します。……つまり戦闘中の情報とかが吹き飛びます」

「影響を受ける人数は?」

「一万人以上に影響する恐れがあります」

「返金騒動とかに発展する可能性は?」

「それはあり得ないです。データの整合性は保証されますから」


 姫井が腰に手を当てて、ふむふむ、と二回ほど頷く。


「なんですか。たったそれだけの影響ですか。びっくりさせないでくださいよ」

「たったそれだけって……」


 ポカンとする俺たちを諭すように姫井は続ける。


「接続しにくい時間帯があった。そのせいで一部のユーザーのアプリが落ちた。そういうお詫び文を打つという話ですよね?」

「そういうことになります」

「別に構いません」


 俺たちは救われたような気持ちになる。


「それしきのことで幼コレを引退するユーザーはどうぞ勝手に引退してください。ゆえに僕が加賀美さんを責めるなんてことは絶対にあり得ません」


 その時だった。

 98%、99%と上昇していたメモリ使用率が、いよいよ100%の手前というラインで、見えない壁のようなものに押し返され、どんどん下がり始めたのだ。


 91%……87%……81%……77%という具合に危険水域から逃れていく。

 俺たちはひとつの奇跡を見せつけられた気分になる。


「一体、何が……」


 加賀美のスマートフォンに着信があった。

 神宮寺からだった。


『いのりのお陰で対処できた。危なかったが、七号機は無事だ。他のサーバーも一通りチェックするよ。他に変なエラーが出ていないか、神田のメンバーで監視してくれ』

「何が原因だったのでしょうか?」

『確認中だが……』


 ソフトウェアの新規バグ。

 別のミドルウェアと共存したとき、かなり低い確率で似たような現象が発生するらしい。


『世界でも十件くらいしか報告されていない現象だ』


 世界で十件⁉︎

 極めて(レア)な現象⁉︎


 それを実力で完全にねじ伏せてしまった社長は、現場を離れているといっても、やっぱり超一流のエンジニアなんだと、俺は誇らしい気持ちを強くする。


『今回の私たちは運が悪かった。だから加賀ちゃんは気にするなよ』


 神宮寺はそういったのだが……。


「……そうでしたか……ツイてなかったと」

『どうした? 納得できないの?』

「いえ、被害が出なくて安心しました」


 電話を握っていない方の加賀美の手が震えるのを俺は見逃さなかった。

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