121 救援要請
「頼みますよ、神宮寺さん。ちょっとツラ貸してくださいよ」
「嫌だよ。何で頼んでいる方が偉そうなんだよ」
俺は似たようなやり取りをすでに六回は耳にしていた。
そして期待された七回目の交渉も、きれいな決裂に終わってしまう。
「ケツの穴が小さいな。いいじゃないっすか。一日や二日くらい」
龍造寺がぷくっと頬を膨らませる。
「その上から目線を止めろよ。人にものを頼む態度じゃないだろ。あと幼女のケツの穴が物理的に小さいのは当たり前だ。というか早く自社に戻れ」
神宮寺が心底から嫌そうな顔をする。
「下手に出れば引き受けてくれるんすか?」
「そういう意味じゃないけれど……」
すると龍造寺の瞳がぷるぷると震え始めた。
目元を真っ赤にさせたかと思うと、
「……ひっぐ……うぇっ……っ……びぃえぇぇぇぇん〜!」
あの嘘泣きを発動させたのである。
演技だと理解していても、悪いことをしたような罪悪感に襲われる。
「こいつ……朝っぱらから泣きやがった……」
バタバタとごねる龍造寺を相手に、さすがの神宮寺もお手上げといった様子。
そこに会話の進展を気にした社長がやってくる。
「あっ! あすかが龍造寺くんを泣かせちゃった!」
身内のような優しさで白髪の幼女を抱きしめてあげた。
「瀬古さ〜ん!」
龍造寺も仔猫のような可愛さで甘える。
涙で濡れている顔が少し嬉しそう。
「騙されるなよ。リュウゾーの演技だから」
「頭から決めつけるのは良くないと思うよ」
「くそ……籠絡されていやがる」
社長が龍造寺の肩を持つのには理由がある。
『幼女株式会社とカノープスはこれから協業路線になるんだから』
トップの二人と幹部社員によるビデオ会議が行われ、大まかな方向性が打ち出されたのだ。
仔細はこれから決定されるが、合弁会社の設置が姫井の主導で行われるはず。
幼TECの覇権。
現実世界の幼女コレクション。
そんな姫井の理想へ向けて一歩前進したともいえる。
俺は神龍コンビのやり取りを横目で見ながら、仕事の手だけは止めないでおく。
「うちと幼女株式会社は結婚するってことでしょ? つまり、うちの問題は幼女株式会社の問題ってことでしょ?」
「何それ? 借金隠したまま結婚しても、返済義務は本人にしか発生しないからな」
「いやいや、配偶者の借金を無視するとか、どんだけ強気なんっすか!」
「なんで上から目線なんだよ。その夫婦、必ず離婚するだろ」
「上じゃないっす! 横から目線です!」
「そうかよ……」
実はいまカノープスはちょっとした問題を抱えている。
『お客様へのお詫び』と題して、
================
日頃より『ガーリッシュ・メモリーズ』をご愛顧いただき誠にありがとうございます。
一部のユーザー様において正常に報酬が獲得できない不具合を確認しております。
次回メンテナンスまで対象コンテンツを閉鎖させていただきます。お詫びとしてアイテム送付を予定しておりますが、内容につきましては、決定次第ご案内いたします。
…………。
……。
================
という告知を出しているのだ。
ゲーム業界だと毎日のように発信されているお詫び文。
幼コレはこの手の不具合を一度も起こしていないが、大型ゲームはどうしても複雑な設計になるので、メンテナンスの度に不具合を発生させる会社もあったりする。
「こっちは課金してんだ。金を返せよ」
「うわっ! 神宮寺さん、ひどい! リアルでいわれると超凹むなぁ!」
おそらく問い合わせ窓口にはクレームが山ほど殺到しているはず。
「一つ聞くけどさ……」
神宮寺がお茶で喉をうるおし、声のトーンを落としながらいう。
「発覚している不具合ってこの一件だけ?」
「それってどういう意味ですか?」
「絶対に隠しているだろ」
「……まあ……ねぇ」
龍造寺の視線が宙を泳いだ。
そして一枚の機密文書を取り出す。
「これが現在確認できている不具合の一覧です。表面化していないもの、ユーザーに問題視されていないものが大半なので、不発弾みたいな感じですね」
「音ズレの不具合とかは後回しにするとして……この印が付いているやつは何なの?」
「それはもう仕様として片付けようか迷っている不具合です」
「いやいや! 絶対にダメだろ!」
神宮寺は叱りつけるように非難したが、龍造寺を強気にさせるだけの効果しかなかった。
「絶対にダメとかいうなら、神宮寺さんが直してくださいよ。こっちだって限界まで頑張っているんです。流川さんだって寝ずに作業してます」
龍造寺はちょこんと正座して、相手が頷くまで引き下がらない構えだ。
「なんだよ。社長にデバッグやらせてんのかよ」
「仕方がないっすよ。流川さんは責任感が強いですし。技術力がありますし」
「ダセェな。ダサゾーだな。それでもテクニカルマネージャーかよ。ルカにゃんが体調崩したらリュウゾーのせいだな」
うわっ、自分のことを棚に上げた!
神宮寺だって社長にデバッグを任せていた気がするのだが……。
「まあまあ、困った時はお互い様というじゃない」
神龍コンビを仲裁したのもやはり社長だ。
「あと、あすかは口の利き方が悪いよ」
「別に……朝からいい迷惑だと思って……」
「あっ! まだ根に持ってるんだ! 龍造寺くんがうちの会社に入ってくれなかったこと!」
「バカッ……そんなわけない!」
神宮寺は顔を真っ赤にして否定した。
一秒だけきょとん顔になった龍造寺が、これはチャンスとばかりに、神宮寺にペタペタと抱きつく。
「神宮寺さん、いい加減仲直りしましょうよ。流川さんだって『事情を包み隠さずに話せば瀬古先輩と神宮寺さんが必ず手を差し伸べてくれる』といって送り出してくれました」
「いやいや、隠してたじゃねえか。不具合の一覧」
「全部見せたじゃないですか」
「こいつ……」
完全に根負けした神宮寺が、あ〜あ、と天井を仰ぐ。
「わかったよ。渋谷まで行けばいいんだろ。今日と明日くらい」
「そうっす。今後、不具合をどう修正していくのか、第三者目線の方針をドドンと打ち出して欲しいっす。コンサルタント的な役割を期待します。もちろん発注書にはサインします」
「どうすっかな。私一人だとしんどいから、加賀ちゃんあたりを連れて行きたいが……」
アーモンドのような瞳が獲物を物色するようにフロアを見渡す。
その視線がニコニコする社長に止まった。
「おい、いのり。今週から暇だよな?」
「えっ⁉︎」
「今日だって朝から自席で幼コレやっていたよな?」
「まあ、先週まで忙しかった遅れを取り戻そうと思って……」
「よし決めた。いのりを連れて行く。技術力あるし、暇そうだし、社長だし、カノープスも文句ないだろ」
「そんな……まだ心の準備が……」
いきなりカノープスへ乗り込むときいて、しどろもどろし始めるツインテール。
数年ぶりに流川と仕事をするのが嬉しくもあり、プレッシャーでもあるらしい。
優秀な後輩を持つと大変だな。
「瀬古さん! 愛してるぜぃ!」
強力な助っ人を手に入れた龍造寺は、今日一番のハイテンションでハグをした。




