118 スキャンダル
俺は幼コレの管理サーバへとアクセスし、つらつらと流れてくる課金ログを眺めていた。
ゲームの運営をやっていると、どうしてもお客さんの顔を見る機会がない。
悲しいことに『ありがとうございました』を告げる機会もない。
俺たちは一方的に楽しみを提供して……。
それをお客さんは一方的に享受するだけ……。
少しは誰かの幸せに貢献できただろうか?
今の俺にできるのは、
『09:08 ユーザーID:AB01013826 が 700DL記念パッケージ竹 を購入しました』
『09:08 ユーザーID:CD06277169 が 700DL記念パッケージ松 を購入しました』
『09:08 ユーザーID:EF02315464 が 700DL記念パッケージ梅 を購入しました』
…………。
……。
という無機質な一行一行に感謝の念を捧げることだけ。
社長と姫井が奥の会議室へと消えたとき、
「ふぅ〜、スッキリした〜。朝風呂の爽快感って半端ないな〜」
体を清めてきれいな服に着替えた神宮寺たちが帰ってきた。
スーパー銭湯へ行ってから戻ってくるまでの時間から察するに、四人はタクシーで移動したようである。
「順調?」
「姫井さんの計画通りってやつです。俺に難しいことは分かりませんが……」
神宮寺は椅子に腰掛けると、慣れた手つきでニーソックスの位置を整える。
「それより読んだかよ」
「何をです?」
「これ」
ぽん、とデスクの上に置かれたのは週刊幼女の最新号であった。
『カリスマ幼TEC社長に性接待の疑い?』
そんな記事を見つけたとき、俺はマヌケな声を上げてしまった。
『xx月xx日、繁華街近くの路上で……』
『ホテルの中へ消えていく流川マキ氏ともう一人の人物が目撃された……』
『この日は幼女の権利を守る会に関連したパーティーが開かれており、財界の重鎮とともに会場を後にする流川マキ氏を見たという目撃証言が……』
いやいやいや!
これには根本的な問題がある!
「幼女なのに性接待とかあり得ますか? というか『もう一人の人物』って完全に龍造寺さんですよね?」
「さあ……須田ちゃんだって、可愛い幼女がいたら触りたくなるだろ?」
掲載写真はうまい具合に切り取られているので、いかがわしい雰囲気の建物と、流川の横顔しか確認できない。
目撃証言だってかなりグレーだ。
一人でも見たという人間がいれば、その人物が酔っ払っていたとしても、証言には違いない。
しかし俺たちは耳にしたのだ。
突然の雨に襲われたから、近くにあったホテルに駆け込んだと、龍造寺が自慢げに話すのを。
「問題は世間がどう受け止めるかだよな。この写真を撮ったやつだって、相手がリュウゾーだってことは理解しているんだから。あと、あまり想像したくないが……」
仮に同伴相手が成人男性や成人女性だったとしよう。
「せめて後ろ姿くらいは写真に残すだろ?」
「……ですよね」
これは悪意のあるフェイクニュース。
おそらく流川の評判を落として困らせるのが目的。
「流川さんが誰かの恨みを買っていると?」
「う〜ん、あの若さで派手に動いているからね。そりゃ、嫉妬する人間がいても不思議じゃないよな」
いるのか?
こんな記事を書かせてまで流川を攻撃したい人間が?
それは裏を返すと、有名幼女である瀬古いのりだって、いつでもバッシングの対象になり得るということだ。
「まさか、ゆり姫が黒幕というオチじゃないよな」
「……さすがにそれは……」
「あいつ、大人の勝ち方を教えてやる、とか抜かしていたから」
確かに姫井の情報網は謎に包まれている。
しかし、スクープ写真を撮って、それを雑誌の記事に仕立てるなど、いくら姫井でも不可能という気がする。
「あと記事が出たタイミングが良すぎるだろ。幼コレvsガルメモの真っ最中だぞ。それも勝負の三週目だ」
そうなのだ。
向こうにとってマイナスに作用することは事実。
相対的な視点で考えると俺たちには追い風でしかない。
「しかし、ホテルに入るシーンを尾行者に撮られるなんて、ルカにゃんらしくない迂闊さだぜ」
神宮寺のそのセリフが俺は非常に引っかかった。
…………。
……。
「神宮寺さん、ちょっといいですか」
姫井がトコトコと俺たちの席までやってきた。
「週刊幼女の記事。あれは神宮寺さんが関係者に頼んで書かせた、なんてことはありませんよね?」
「こんなことしないよ。むしろゆり姫が一枚噛んでいるんじゃないかって、須田ちゃんと話していたくらいだし」
神宮寺はすぐに否定する。
にしても一言多いな、この人は。
「ふむ、僕にそれだけの権力があれば、汚い手段に頼ったかもしれませんが……」
腹黒さを否定しない姫井も姫井といえる。
「調査にご協力いただき、ありがとうございます。それでは本来の業務にお戻りください」
「えっ⁉︎ 疑ったのは私だけ⁉︎ それってちょっとヒドくない?」
「他の皆さまは善良な市民ですから」
立ち去ろうとした姫井を神宮寺が呼び止めた。
「気づいているだろうが、あの記事は嘘だ。あの日、ルカにゃんと一緒にホテルへ入ったのはカノープスの社員だから。リュウゾーが教えてくれたから間違いない」
姫井は一瞬だけ意外そうな顔をする。
そして何事もなかったかのように立ち去っていった。
…………。
……。
それから神宮寺は龍造寺へとビデオ電話をかけ始めた。
たった一回コールしただけなのに、向こうが呼び出しに応じてくる。
「なんだ、神宮寺さんでしたか」
「なんだじゃねえよ。こっちは心配して電話してやったのに」
龍造寺の肩から力が抜けるのが、画面越しでもわかった。
「何なの? ルカにゃんと連絡つかないの?」
「幼女の権利を守る会の幹部会に呼ばれちゃって……。この忙しい時に大迷惑ですよ」
「それってルカにゃんを弾劾するための幹部会? 嫌な予感しかしないな」
「議題の一つには取り上げられるでしょうね」
あ〜あ。
責任を感じた龍造寺が頭を抱える。
「ラブホテルくらいで記事にしますかね? 私たちは立派な成人なんっすよ。アイドルじゃあるまいし」
「でも実際に誤解されているだろ?」
「まあ……そりゃ……」
もしかしたら社長だって心配して流川に電話しているかもしれない。
「もう会社の電話が朝から百回くらい鳴ってます。本業の悩みじゃないぶん、余計にしんどいっす」
こんな話をしている間にも鳴り止まないカノープスの代表電話。
「全部クレームなの?」
「一割くらいは励ましの電話ですね。それより神宮寺さん、プレスリリースってどうやって文面作成するのですか?」
「さあ……不祥事起こした会社のプレスリリースを参考にするしかないだろ」
「ええっ!? それだと流川さんが悪人みたいじゃないっすか!?」
社長が人気者だと思わぬデメリットがある。




