115 デバッグ祭り
アプリケーション別。
週次セールスランキング。
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二位 ガーリッシュ・メモリーズ(先週三位)
……。
…………。
………………。
十五位 幼女コレクション(先週十七位)
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姫井いわく、これも最悪の意味で計画の範囲内らしい。
しかし新キャラの実装で忙殺されている俺たちには、二週目の売上を気にしている余裕などなかった。
※ ※
月曜日。
不夜城のごとく煌々と輝いていたオフィスに、一条の朝日が射してきたとき、床に空のペットボトルが散乱したり、洗濯前の衣服が山積みになったりと、会社は戦場のような有様となっていた。
「よ〜し、巫女いのりが完成したぞ〜!」
神宮寺の明るい一声により、仮眠していたメンバーがもぞもぞと動き出す。
「や……やった……」
「生き延びたんだ……」
「勝ったよ、お母さん……」
大きな使命を果たしたという感慨に打ち震える幼女たち。
中には互いに抱き合って声を詰まらせる先輩もいる。
「安心するのはまだ早い。完成したけど、ちゃんと動くとはいってねえ」
神宮寺が慣れた手つきでエミュレータを起動させた。
スマートフォンの環境をパソコン上で再現することで、新しいキャラクターに問題はないか、未知のバグが潜んでいないか、動作テストをするのだ。
いわば巫女いのりの初デビュー。
これで期待通りの結果を出してくれたら俺たちは万々歳といえる。
「……いくぞ」
神宮寺がマウスをカチカチするたびに、心臓の音がペースを上げた。
「……巫女いのりをパーティーに組み込んで……」
適当なステージを選んで戦闘シーンに突入させる。
「……頼む……動け……」
俺は無意識のうちに拳を強く握りしめていた。
まずは通常攻撃。
クリティカル攻撃。
被ダメージの演出。
そして目玉のスキル発動。
「あれ⁉︎」
それまで自信満々だった神宮寺の口から素っ頓狂な声が飛び出した。
スキル発動すると……。
三秒くらい画面がフリーズして……。
ぷつん、とアプリケーションが強制終了したのだ。
もちろん想定外の動きである。
臨界点まで盛り上がっていた胸のワクワクがものすごい勢いで萎んでいくのが分かる。
「ダメじゃん!」
集中力の糸が切れてしまい、急に疲労が込み上げてきた。
中には力尽きて寝落ちしてしまう先輩もいる。
「お〜い。どうすんだよ。もう戦えるのは私と須田ちゃんだけだぞ!」
「いや、俺も正直いうと残存エネルギーがヤバいです」
「ダメだ! 寝たら死ぬ!」
「雪山っすか⁉︎」
神宮寺は面白い冗談でメンバーを励ましてきたが、原始的な手法もそろそろ限界のようだ。
何より肝心の神宮寺が一番寝ていないのがヤバい。
「くそぅ……寝ているあいだに妖精さんが直してくれないかな」
とうとう弱気な発言が飛び出したとき、オフィスの玄関が開いた。
俺たちが振り仰ぐと、スーツをパリッと着こなした社長がやってきて、神宮寺の手からマウスを奪い取ってしまう。
「私が引き継ぐから。あすかは一回寝たほうがいいよ」
あまりにも都合よすぎる援軍だったので、一瞬、視覚と聴覚を疑いそうになる。
「もう本調子なのかよ?」
「うん、お陰さまでね」
ぐっすりと寝てきたであろう社長は、腕をぐるぐると回してから、爽やかな笑みを浮かべた。
「じゃあ、いのりの家でシャワーを浴びてこようかな」
「家にあるものは何でも使っていいから」
「ベッドを借りてもいいの?」
「何時間でもご自由に」
許可をもらった神宮寺の表情が華やぐ。
「持つべきものは理解のある上司だねえ」
すると社長の手が神宮寺の頭をポンポンし始めた。
「私も理解のある仲間を持てて嬉しいよ」
「……よせよ。照れるじゃねえか」
神宮寺から社長へと、簡単な引き継ぎが行われる。
「怪しいのはこのモジュールかな」
「うん、分かったよ」
社長が経営者の顔からエンジニアの顔になる。
「久しぶりの現場作業なんじゃないの?」
「大丈夫。趣味でちょくちょくやっているから、腕は落ちていないよ」
社長はブランクの不安を一蹴した。
「それにデバッグの腕前だけなら、私はあすかより上だと思うけどね」
経営者という肩書きのせいで見落としがちだが、社長も凄腕エンジニアの一人であり、会社がここまで成長する前は、一人前に現場の作業をこなしていたのだ。
取引先との交渉やビジネス計画の立案で忙しくなったのは、幼コレが大ヒットして以降の話といえる。
「ケッケッケ。それは頼もしいね」
社長と加賀美。
神宮寺が100%安心して後を託せる人物はこの二人しか存在しない。
「お言葉に甘えて寝てくるよ」
神宮寺はキーホルダーがついた合鍵をくるくる回しながら去っていった。
「マサくんは休まなくても平気なの?」
「俺は社長のお伴をします」
「そう。ありがとう」
社長が瞳を閉じる。
とても長い睫毛が可愛らしい。
「社長」
「どうしたの?」
「前から優しい人だと思っていましたが……」
俺たちの体調をいつも気遣ってくれる上司。
生まれつき人間として出来ている、なんて考えていたが、本人はそんなことを微塵も思っていなかった。
「社長だって優しくなろうと努力しているのですね」
「うん、そうだね」
社長が手と手を重ねてきたとき、じん、と俺の皮膚が熱くなった。
ちょっとだけ哀しくて、ちょっとだけ影のある笑顔を向けられる。
「周りからの期待って、とっても嬉しいの。私はマサくんにたくさん期待しているけれども……」
流川という苦い記憶。
同じ轍は二度と踏みたくない。
「我武者羅に頑張ってほしいわけじゃないの。そういう無理は禁物だからね」
社長の優しさの理由が少し分かった気がした。




