113 ラブ&ホテル
金曜日になると社長もそこそこ快復して、自然な笑顔を振りまくほど元気になった。
かと思いきや、土曜日には熱がリバウンドしてしまい、朝からぐったりと寝込んでいる。
「ごめんね……マサくん……」
しょげたように眉尻を下げている。
「俺はリビングで仕事してますから」
小さな手を包むように握った。
こうなることが分かっていれば、パンケーキではなく胃に優しいお粥を食べさせたのに。
「何かあれば呼んでください」
「うん……ごめん……」
後ろ手に扉を閉めてから、音にならないため息をもらす。
ふと顔を上げると、茶髪をゆるくウェーブさせた先輩が、憐れむような視線を向けてくる。
「須田ちゃんが病人みたいに落ち込んでどうするんだよ。いまは元気づけてあげる側だろ」
「そうっすね」
職場に寝泊まりした神宮寺は、朝方にふらふらっと家にきて、シャワーを浴びて、そのまま仕事をしている。
ニーソックスを穿いてない生足をテーブルの下でクロスさせており、健康そうな太ももをミニスカートの裾まで露出させていた。
この人は肉体も精神もタフだ。
つい甘えたくなる。
「最近、社長の口癖が、ごめんね、になってしまって……」
「あら、しおらしい性格だねぇ〜」
神宮寺は目を丸くする。
「俺が力不足なのかなって。謝られると不安になるんですよ。社長は何も悪くないのに」
「なんだよ。恋の悩みかよ」
神宮寺はグラスを二つ取り出して、その中に冷蔵庫の牛乳を注いでいく。
「まあ、飲みなって」
バーの店長のようなノリで片方を差し出してきた。
「ありがとうございます」
俺はグラスの中身を口に含む。
飲み慣れているはずの牛乳は、いつもより甘酸っぱい味がした。
「ぷはっ! うまい! そんで? いのりに謝罪されるのが嫌なんだ?」
「そりゃ……まぁ……。昨夜なんてうわごとを漏らしてましたし」
「うわごと?」
「ええ……」
冷却シートを取り替えるため部屋へ訪れた時のこと。
寝汗でびしょびしょになった社長の口から、
『ごめんね……マサくん……』
という声がしたのだ。
「起こしちゃったかな? と一瞬疑ったのですが、寝ているっぽかったので。良くない夢を見ていたのかもしれません」
驚いた神宮寺が牛乳を吹きそうになった。
ティッシュを何枚か抜き取り、慌てて口元をぬぐっている。
「本当にそういったんだな?」
「俺の聞き間違いでなければ」
「……そうかよ」
どうして神宮寺が動揺するのだろう。
違和感のようなものを覚えたとき、神宮寺のスマートフォンが鳴り始めた。
「くそっ……リュウゾーかよ。土曜日の朝っぱらとか、嫌がらせかよ」
ディスプレイには『龍造寺ヒイラギ』の七文字。
画面をタップするとビデオ通話が開始される。
「神宮寺さん、おはようございます! ちょっと聞いてくださいよ!」
「朝から元気だな〜。遠足にいく小学生かよ〜」
「それどころじゃないっす!」
カメラの向こうの龍造寺は興奮を表現するように両腕を広げた。
「昨日、流川さんとラブホテルに入ったんですよ! これって凄くないですか!」
「おい!」
神宮寺がぽっと頬を赤らめる。
「入ったの? 幼女同士で? いかがわしいホテルに? てか、どういう風の吹き回しで?」
「勘違いしないでくださいよ。休憩しただけですから」
「休憩しかできないよな。私たち幼女だもんな」
「まあ……そうっすね」
龍造寺がごにょごにょと言いよどむ。
「ざっくり話すと……」
昨夜、『幼女の権利を守る会』に関係したパーティーがあって、政治家の先生も来るということで、流川と龍造寺が参加したらしい。
帰る途中、急に大雨が降り出してしまい、近くにあったラブホテルに駆け込んだとのこと。
「ドラマ展開かよ⁉︎」
「流川さん、格好良すぎるでしょ! 何の迷いもなく建物に入っていきましたから! 年上の私が尻込みしてしまって!
『何いってるの? 社会人ならホテルは普通に利用するよね?』
とかいって、私の手をグイグイ引っ張っていくんですよ! リードされちゃいました!」
「おい、ちょっと待て。それってホテルとラブホテルの区別が付いてないんじゃねえの?」
「それはないでしょう。だって中身は立派な成人ですよ」
「……だよな」
いやいやいや!
龍造寺の反応が可愛いからラブホに誘ったんだと思う。
「興奮してヤバかったです。忘れられない初夜ってやつです」
龍造寺は鼻の下を伸ばして、デレデレした締まりのない顔で、どういう会話をしたとか、流川の寝顔が可愛かったとか、具体的な情報を並べていく。
結局、幼コレvsガルメモには一言も触れられないままビデオ電話は終わってしまった。
「くそっ……私が苦労している裏でイチャイチャしやがって……絶対に吠え面をかかせてやる」
そういう神宮寺の瞳にはたっぷりと殺意が漲っていた。




