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112 甘え上手

 殺人的スケジュールという嵐の直撃を食らった俺たち。


 一分一秒も惜しい状況なのであるが、神宮寺はスマートフォンを取り出して、悠々と電話をかけ始めた。


「もしも〜し、私だけれども……」


 気さくな口調から察するに、エンジニア友達へ連絡しているらしい。


「ちょっと助けて欲しいんだよね。……そうそう。……幼コレの作業。……報酬? この前、私がモジュールを提供してやっただろ? その埋め合わせってことでどう?」


 電話口の向こうから、う〜ん、という幼女の声が聞こえる。


「お互いに忙しい身だから、五秒で決めてくれ。五……四……三……二……一……」


 すると今度は、わかった! わかったから! という声が聞こえてきた。


「ケッケッケ。持つべきものは理解のある友人だねえ」


 神宮寺はニカッと口角を釣り上げる。


「まずは一人確保」


 続いて二人目にも電話をかけ始めた。


『お前、私に借金があるだろ? あれを全部チャラにするからさ。ちょっと助けて欲しいんだよね』


 それが終われば三人目へ、さらに四人目へと電話をつないでいく。


『瀬古いのりに会いたがっていたよな? 食事会をセッティングするからさ。ちょっと助けて欲しいんだよね』


『超絶ホワイトな就職先を探していたでしょ? いいところを紹介するからさ。ちょっと助けて欲しいんだよね』


 よく次から次へと交渉のカードが出てくるものだ。

 俺は奇術を初めて目の当たりにしたお猿のように目をパチパチさせる。


「四人ゲット。なんだよ、神宮寺フレンズ。恩知らずは一人もいないじゃないか。これでうちの頭数は一時的に五割増しだな」

「任せちゃっても平気ですかね……外部の人間ですけれども?」

「腕は確かな連中だから。心配はいらねえ。それに……」


 神宮寺の指がカタカタとメールを作成していく。


「元々幼コレの開発を手伝ってくれたエンジニアだ。ある意味、うちの準レギュラーともいえる。これ以上頼りになる傭兵はいない」


 社長と姫井が満足に動けない状況において、あっさりと戦況を立て直していくその姿は、最強の現場指揮官のように映った。


「神宮寺さんって天才ですね。天才なのは知っていましたけれども。天才の中の天才って感じです」

「なんだよ、それ……」


 スキルがあって、人脈も広いくせに、親分肌のような優しさも備えている。

 この優秀さは反則レベルといえる。


「だって助けてもらった方が楽だろ? 徹夜作業とかしたくないだろ? いまは猫の手だって借りたいだろ?」

「まあ……」


 俺は小さく頷く。


「だったら迷わず仲間を呼べばいいのさ。いのりとかルカにゃんがその典型。あいつら、ワガママで、自己中で、甘え上手なんだよ」

「でも人望がありますよね」

「悔しいけどな」


 そのしかめっ面が可笑しくて、俺はつい吹き出してしまう。


「えっ? 笑うところ?」

「いや、甘え上手な神宮寺さんは想像できませんから」

「まあな。可愛い子ぶるの、私は苦手だしな」


 エース社員の神宮寺でさえ気軽に周りを頼るのだ。

 俺だって次からはそれを意識してみよう。


「須田ちゃんだって、あんまり難題を一人で抱え込むなよ。一人で解決したいって意気込みは理解できるけどさ。美味しいインドカレーを食べたくなったら、自分で素材から調理するより、腕のいいカレー職人に頼るのが合理的だろ」

「了解です」


 仕事を頑張ろう、と思いたくなる瞬間が人生には何回かあるものだ。


 その中の一つに、自慢の先輩から優しくしてもらった時、は含まれるだろう。


「残業すること自体が目的じゃねえんだよな。みんなの残業時間が半分になるなら、電話を何本かかけるコストなんて、タダ同然みたいなものだし」

「でも借金をチャラにするって……」

「いいんだよ」


 どうせ返ってくる見込みのない借金だから。

 神宮寺は楽しそうにケラケラと笑った。



 ……。

 …………。

 ………………。



 夜の七時になったとき、注文しておいた六人分の焼肉弁当が届いた。


 顔色が冴えない姫井はとっくに帰宅している。

 本人なりに仲間のことを気遣ってくれており、


『今日は牛丼じゃなくて、もっと上等なやつを食べてください。財布は金庫にあるのでご自由に。あと領収証を忘れないように』


 と言い残して退社していった。


『焼肉弁当を注文しましょうよ!』


 発案者の声に俺も神宮寺も賛同したのである。


 豪華な夕食を食べられるだけで、モチベーションがMAXになるのだから、俺たちの食欲というのは単純といえよう。


「うぅ……いいな……焼肉弁当……」


 姫井の他にもう一人帰るべき人物がいる。

 親から冷たくされた赤子のように目をうるうるさせている社長だ。


「おい、須田ちゃん。そろそろいのりを連れて帰れよ。ずっと直視されたんじゃ、みんなの食欲が減衰するだろ」

「……ですね」


 風邪の社長を放っておくと道中で怪我しそうなので、俺がマンションまで送り届けていった。

 途中、スーパーマーケットに寄って食料を買っておく。


「パンケーキでいいですか?」

「つくってくれるの⁉︎」

「約束ですから」


 ツインテールの頭を優しく撫でてあげる。


「わ〜い!」


 社長は本当に甘え上手だな。


「その代わり今夜は早く寝てくださいよ。新キャラの声がボロボロだと悲しいですから」

「そうなったら最悪、あすかの声を起用するかな。ボイスチェンジャーで私の声色に似せてさ」


 過去にやっていたな。

 似たような小細工を。


「姫井さんとしては社長の声の方が理想に近いですよ」

「……だよね」


 困ったように笑っている。

 そんな社長の表情も可愛らしい。


 家に戻った俺はさっそくパンケーキづくりに取り掛かった。

 大量に焼いてしまったのだけれども、社長は残さずに食べてくれた。


「寝付くまで隣にいましょうか?」

「いいよ。もう職場に戻っても」


 社長はベッドに横たわり、口元まで布団で隠してしまう。


「みんながマサくんを待っているでしょ」

「ですが社長の体も大切ですし……」


 とても強い愛を感じられる。

 そんな瞬間が俺と社長にはある。


「ごめんね……マサくん……」

「いえ……」


 俺は一抹の未練を断ち切るため、わずかに露出しているおでこに軽くキスを落としてから部屋を後にした。

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