遙かなる味方
何か、こちらに落ち度はあるだろうか? 俺は何度も頭の中で、どうして相手が3600でウロウロしているのかを想像した。どうして降りてこないのか。こちらは数も少ない。侵攻ルートも垂直に一直線。考えられる可能性としては……。
「まさか、またマキュリスが来る?」
「小稲。生命反応は?」
「今の所はありません! 反応を発見したら、すぐに報せます!」
3700にまで登った俺達は三台目のジャミング装置を設置する。残りはあと一台。3650まで登った時、小稲と雪刃が同時に言う。
「敵機、逃げています! 理由はわかりません!」
「あと50。もしマキュリスが来るとしても行きましょう」
「よし、全員、登攀!」
3600まで最速で登った俺達は、所定の位置にジャミング装置を設置した後、すぐに撤退行動へ移った。今度はできるだけ早く下へ飛び降りるだけだった。
「隊長! 上から味方が落ちてきます!」
「味方!? 上に!?」
それが意味するのは、すぐ上まで、地球の味方が攻めて来ているという事だった。
「通信は出来ないのか? 敵と味方の数は!?」
「いえ、一人だけ……生命反応ではなく……死体が……」
ふわふわと頭上から落ちてきたのは、見た事のないNCWの破片だった。薄っぺらくなっていて中身はなく、NCWだけが落ちてきた様にも見えた。胸には太陽系のマークがあり、それが太陽系軍のNCWという事だけは分かった。
NCWの破片は、ばさり、とマキュリスの作った穴の端にひっかかり、そして何が起こったのか分かった。
「小稲、ここから最大距離でスキャンしてくれ。アベリア、そのパイロットの亡骸に、爆破装置を」
「……3400までスキャンしました」
「全員、退却! 本隊の所まで戻り、侵攻作戦に移る!」
アベリアさんが腰から手榴弾の様な物を取り、その青いNCWに取り付け、そしてそのまま穴の下へと降りていった。
NCWのパイロットは、明らかに喰われていた。おそらくマキュリスだろう。服にはかじり取られた歯形があり、そこからNCWの中にいる人間の肉を吸い取った様な形跡があった。
ただ食べられた訳じゃない。あの怪物に噛み契られ、そこから肉を溶かす体液を注入され、どろどろに溶かされた後、肉汁として吸われたのだろう。
敵が逃げたのは、そのNCWのバッテリー自体は生きていたからで、小稲のセンサーに反応したのも、そのバッテリーだった。
頭上で埋葬代わりの爆発が起こり、複雑な気持ちで心の中が一杯になった。
少なくとも太陽系軍は3500付近まで来ていて、そしてマキュリスに襲われた。これは当然、俺達にとっては朗報だったが、そこで退却か全滅したという可能性も十分にあった。ただ、一つだけ確実な事は、地球は100年以上経った今でも、まだミシュテカを見捨ててはいないという事だった。それだけでも、心の中に希望は湧いてきていた。戻って基地の兵士達にその事を報せれば、士気も上がるだろう。
敵に追われる事もなく、無事に4000階まで戻った俺達は、本隊の前で待つアサリナ大佐の所まで行き、ジャミング装置の設置の完了を報告した。
「よし、第一段階は成功だ。これよりジャミング装置を起動し、本隊は3800階へ侵攻を始める、各隊、重装甲形ジャミング装置と共に進軍開始!」
アサリナ大佐が命令を発する横で、カガネ隊長はオルフェ中佐に太陽系軍の兵士の事を伝えていた。
「……太陽系軍が……? そうか。今は無理だな。この作戦が良い結果に終わった時に公表しよう。それまでは各人、機密事項としてくれ」
オルフェ中佐が恐れたのは、この時期に浮き足立つ事だった。今、進軍を開始した本隊の兵士達の顔は、死地へと赴く覚悟を決めた者の顔だった。それが地球からも助けが来ているとなれば、士気があがると同時に、油断する可能性が出る。そして前線で油断した者がどうなるかは誰にでも簡単に想像出来た。
もし、この作戦が失敗に終われば、太陽系軍が来たとしても、絶望感も増すだけになってしまう。だからこそ、成功した時にのみ伝えた方が良いと、中佐はカガネ隊長に説明していた。
「カガネ隊、共に先行する。皆の目と鼻になるぞ」
「了解」
俺達はそれぞれの武器を、基地護衛任務についている4小隊の面々から受け取り、敬礼を受けてその場を離れた。
比奈瀬さんはシールドの形が少し変わっている事に気付いて、不思議な顔をしていた。
「どうしたんです? 改良型ですか?」
「みたいですね。頼んでも無いし、そういう報せも聞いてないんですが、この盾は、展開して大きくなるみたいです」
そう言いながら、ジョイント部分を俺に見せてくれた。実際にどんな形になるかは展開しないと分からないが、以前の分厚い甲板だけの盾よりは良さそうな感じだった。
「セトル君、また、よろしくね」
古川さんが俺の腕をぽん、と軽く叩き、片手で敬礼して先へ進む。その姿を見て、とても心が落ち着いたような気がした。
「あの方、古川さんですね。凄腕のウォリアーだと聞いてます」
「ウォリアーって言うんだ。近接戦がすごい人だよね」
「私もあんな風に華麗な女性になれたらいいんですけど、性格がのんびりしてて、ダメなんですよね」
「性格は関係無いと思うよ。比奈瀬さんは、比奈瀬さんの役割を人一倍こなしていると思うし」
「そうですか? ありがとうございます。みんな、無茶をするなって言うばかりで、褒めてはくれないんです」
「まぁ……無茶をするなっていう気持ちは、確かにそうだけどね」
「セトル、前に出てくれ、私と一緒に斥候をする」
「了解」
3900階に近づき、アサリナ大佐が俺を呼んだ。あの吹き抜けの場所に出る出口はもうすぐそこだった。
斥候、と言っても要は最初に飛び出す囮役だった。センサーで敵をスキャンしてみると、案の定、吹き抜けの周りには多数のロボット達が待機しているのが表示された。
3900階自体には、今の所は敵は居ないが、おそらく、突入すると同時に、敵も壁を破って出てくるだろう。その先陣をきって敵と激突するのが俺とアサリナ大佐の役目だった。
「大佐、ここは私が代わりに」
とカガネ隊長が言ったが、大佐は首を振った。
「分かっているだろう? 私は伊達に大佐ではないんだ」
「ジャミング装置、起動開始します。5秒前! 4! 3! 2!」
ここからでは実際に起動したかどうかは分からないが、小稲達の報告では無事4機とも起動した様だった。そしてそれに反応して、ワラワラと吹き抜けの周りの敵が移動していく。
「という事は……3900は上から降ってきそうですね」
「みたいだな。そいつらをおびき出すか。3900階、ジャミング装置、設置用意! 各小隊は管轄のジャミング装置を死守しろ! カガネ隊、アサリナ隊は前進して敵を倒して道を作るぞ!」
最初に俺とアサリナさんが、3900のフロアに出て、その中央へと走る。全体を見回すと、思ったよりも上へと昇る為の足がかりになる場所があった。おそらく、防衛兵器が上へと戻る事を想定して、足場を用意していたのだろう。
このあたりは人間と違い、無用な慎重さがあった。もし相手が人間の軍人だったら、下へ降りた兵隊には、戻る道は無い、死ぬまで戦え、帰りたくば敵を全滅させろと言いかねなかった。
だが、彼ら機械は損害を軽微に抑える為に、退路をきちんと用意していた。




