↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が書いたラブコメが現実になっている件について、完璧な生徒会長は何も知らないふりをする  作者: ウイング神風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/17

完璧な生徒会長は、休み方を知らない

 放課後の保健室。


 窓の外では、夕日が校舎を茜色に染めていた。


 時計の針は、すでに下校時刻を指している。


「……九条先輩」


「はい?」


「やっぱり、病院に行きましょう」


 俺、桜庭悠馬は、ベッドに横たわる九条栞先輩へ声をかけた。


 先輩は、疲労のせいで顔色が悪い。


 先ほどよりは落ち着いているものの、いつもの元気な姿とはほど遠かった。


「……ふふっ。心配してくれてありがとう」


「笑い事じゃありませんよ!」


「でも、少し休んだら楽になったわ」


「本当ですか?」


「ええ。もちろん」


 先輩は、いつものように優しく微笑んだ。


 しかし、俺はもう騙されない。


 この人は、どれだけ辛くても笑ってしまう人なのだ。


 生徒会の仕事も、勉強も、部活動も。


 何もかも完璧にこなそうとして、結局、自分の身体を後回しにしてしまう。


「……先輩」


「何かしら?」


「俺、先輩が苦しそうにしているところ、見たくないです」


「…………」


 先輩の目が、わずかに見開かれた。


「いつも俺のことを応援してくれるのは嬉しいです。でも、そのせいで先輩が無理するなら、俺は嫌です」


 俺は、まっすぐ先輩を見つめた。


「だから、今日はちゃんと休んでください」


 しばらくの沈黙。


 やがて、先輩は小さく微笑んだ。


「……桜庭くんは、本当に優しいのね」


「普通ですよ」


「いいえ。とても優しいわ」


 先輩は、少し考えるように目を伏せた。


 そして――。


「……では、一つお願いしてもいいかしら?」


「お願い?」


「ええ。私を、家まで送っていただけませんか?」


「もちろんです!」


 俺は即答した。


 そんなことなら、お安い御用である。


 ところが。


「……できれば、お姫様抱っこで」


「…………へ?」


 俺の思考が停止した。


 お姫様抱っこ。


 つまり、あれだ。


 ラブコメの主人公が、ヒロインを両腕で抱えて運ぶ、あの伝説のイベント。


「……お、お姫様抱っこですか!?」


「はい」


「学校から家まで!?」


「ええ」


 先輩は、ほんのり頬を赤らめた。


「……昔から、少し憧れていたんです」


「…………」


 待ってくれ。


 それは反則だ。


 そんな恥ずかしそうな顔でお願いされたら、断れるわけがない。


 いや、しかし。


 学校一の美少女をお姫様抱っこして帰る?


 もし誰かに見られたら、明日から俺はどうなるんだ?


 校内新聞の一面を飾るかもしれない。


『衝撃! 生徒会長、謎の一年生男子に抱えられ下校!』


 ……終わった。


 俺の平穏な高校生活が終わってしまう!


「……桜庭くん?」


 先輩が、不安そうに俺を見上げた。


「……迷惑、だったかしら?」


「い、いえ!」


 反射的に答えてしまった。


「ただ、さすがに家までずっと抱えるのは危ないので……」


「……そうね」


 先輩は少し残念そうに目を伏せた。


 くっ。


 その表情はずるい。


「……わ、わかりました! 保健室を出るところまでは、お姫様抱っこします!」


「……まあ!」


 先輩の顔が、ぱっと明るくなった。


「ありがとうございます、桜庭くん!」


 ……ああ、もう。


 俺は、この人に弱すぎる。


     ◇ ◇ ◇


「……よいしょっと」


 保健室の先生に帰宅方法を相談し、家族への連絡も済ませたあと。


 俺は、九条先輩をそっと抱き上げた。


「……っ!」


 心臓が跳ねる。


 近い。


 近すぎる。


 腕の中には、学校一の美少女。


 さらさらの黒髪が、俺の腕に触れていた。


「……ふふっ」


 先輩は嬉しそうに微笑んだ。


「本当に、お姫様になったみたい」


「そ、そうですか……」


「ええ。桜庭くんは、私の騎士様ですね」


「き、騎士!?」


 待ってくれ。


 そんなことを言われたら、余計に緊張するだろ!


「……あの、先輩」


「はい?」


「暴れないでくださいね。落としたら大変なので」


「ふふっ。大丈夫ですよ」


 先輩は、安心したように目を細めた。


「桜庭くんなら、きっと大丈夫です」


 ……信頼が重い!


 いや、物理的な意味ではない。


 むしろ、先輩は驚くほど軽かった。


 こんなに華奢な身体で、あれだけの仕事をしていたのか。


 そう思うと、胸が痛くなった。


 保健室を出たところで先輩を椅子に下ろし、先生が手配してくれたタクシーを待つ。


 無理に歩かせるわけにはいかない。


 そして、タクシーに乗って向かった先は――。


「……え?」


 俺は、思わず目を丸くした。


「……ここ、先輩の家ですか?」


「ええ。そうよ」


 目の前にそびえ立つのは、高級そうなマンション。


 しかも、その場所は。


「……俺の家の、すぐ近くじゃないですか!?」


「あら。そうなの?」


「はい! 歩いて一分もかかりませんよ!」


「まあ。それは素敵な偶然ですね」


 先輩は嬉しそうに微笑んだ。


 ……いやあ。


 世間って、狭いなあ。


「十五階の十五A号室です」


「わかりました」


 俺は先輩を支えながら、マンションのエントランスへ向かった。


 エレベーターに乗り、十五階へ。


 そして、指定された部屋の前に到着する。


「……こちらです」


 先輩が鍵を取り出した。


 かちゃり。


 扉が開く。


「……お邪魔します」


 俺は緊張しながら、部屋の中へ足を踏み入れた。


 そして――。


「……あれ?」


 思わず首を傾げた。


 部屋の中は、驚くほど殺風景だった。


 白い壁。


 整えられた机。


 大きな本棚。


 そして、ベッド。


 それ以外には、ほとんど何もない。


「……すごいですね」


「あら。何がですか?」


「いや、その……もっと豪華な部屋を想像していました」


「ふふっ。そうでしょうか?」


「はい。九条先輩の部屋って、もっとおしゃれな家具がいっぱいあると思っていたので」


 先輩は小さく笑った。


「必要なものがあれば、それで十分ですから」


「……なるほど」


 さすが、完璧な生徒会長。


 生活まで合理的なのか。


 しかし、よく見ると、机の上には大量の参考書や書類が積み重なっていた。


 まるで、学校の生徒会室をそのまま持ってきたような光景である。


「……先輩」


「はい?」


「家でも、仕事しているんですか?」


「ええ。少しだけ」


「……少しだけ?」


「ふふっ。本当に少しだけですよ」


 ……信用できない。


 この人の『少しだけ』ほど信用できない言葉も珍しい。


「とにかく、今日は仕事禁止です!」


「……あら」


「先輩は、ベッドで休んでください!」


 俺は先輩を支えながら、ベッドへ案内した。


 そして、ゆっくりと横になってもらう。


「……ありがとうございます、桜庭くん」


「いえいえ。これくらい当然です」


 俺は、ほっと息を吐いた。


 ようやく、先輩を休ませることができた。


 これで一安心――。


 そう思ったときだった。


「……桜庭くん」


「はい?」


「一つ、質問してもいいかしら?」


「もちろんです」


 先輩は、少し困ったように微笑んだ。


「……休むって、どうすればいいの?」


「…………へ?」


 俺は、思わず固まった。


「……今、何て?」


「ですから、休み方がわからないんです」


「…………」


 待ってくれ。


 休み方がわからない?


 そんなこと、あるのか?


「……先輩。休日は、いつも何をしているんですか?」


「勉強と、生徒会の仕事ですね」


「……趣味は?」


「読書と、勉強でしょうか」


「……遊びに行ったりは?」


「最近は、あまりありませんね」


 俺は、頭を抱えた。


 ……なるほど。


 ようやく理解した。


 九条先輩は、休むことを知らないのだ。


 いや、正確には。


 何もしない時間を、どう過ごせばいいのかわからないのだろう。


「……先輩」


「はい?」


「休むのは、簡単ですよ」


「……そうなの?」


「はい。何もしなくていいんです」


「……何も?」


「そうです。勉強もしない。仕事もしない。小説のことも考えなくていい」


 俺は、できるだけ優しく伝えた。


「今は、目を閉じて、ゆっくり寝てください」


「……それだけでいいの?」


「それだけで十分です」


 先輩は、不思議そうに俺を見つめていた。


 そして、ゆっくりと微笑んだ。


「……桜庭くんは、すごいですね」


「……え?」


「私が知らないことを、たくさん知っているんですもの」


「いやいや! 普通のことですよ!」


「ふふっ。そうかもしれませんね」


 先輩は、嬉しそうに目を細めた。


 そして――。


「……では、もう一つだけお願いしてもいいですか?」


「……お願い?」


「はい」


 先輩は、ほんのり頬を赤らめた。


「私がちゃんと休めたら、ご褒美をいただけませんか?」


「……ご、ご褒美ですか!?」


「ええ」


 先輩は、まっすぐ俺を見つめた。


「今週の週末、私とお出かけしていただけませんか?」


「…………へ?」


 俺の思考が停止した。


 お出かけ。


 九条先輩と。


 二人きりで。


 ……つまり。


「……デート、ですか?」


 思わず口にしてしまった。


 すると、先輩は恥ずかしそうに微笑んだ。


「……そう思っていただいても、構いませんよ?」


「……っ!」


 くううっ!


 またしても、この展開!


 俺の人生、どうなっているんだ!?


「……あの、俺でいいんですか?」


 思わず尋ねてしまった。


 だって、そうだろう。


 俺は、ただの冴えない一年生。


 小説家を目指しているだけの、普通の男子高校生だ。


 そんな俺と出かけて、先輩は楽しいのだろうか。


 すると、先輩は。


「……桜庭くん」


「はい?」


「私は、あなたがいいんです」


 そう言って、優しく微笑んだ。


「……っ!」


 心臓が跳ね上がった。


 ……駄目だ。


 そんなことを言われたら、断れるわけがない。


「……わ、わかりました!」


「……本当ですか?」


「はい! じゃあ、映画を観に行きましょう!」


 先輩の顔が、ぱっと明るくなった。


「まあ。素敵ですね」


「先輩、映画は好きですか?」


「ええ。とても」


「じゃあ、決まりですね!」


「……ふふっ。楽しみにしています」


 先輩は、幸せそうに微笑んだ。


 そして、ゆっくりと目を閉じる。


「……桜庭くん」


「はい?」


「……今日は、本当にありがとう」


「……いえ」


「あなたと出会えて、よかったです」


 その声は、とても小さかった。


 やがて、穏やかな寝息が聞こえてくる。


「……寝た、のか」


 俺は、そっと息を吐いた。


 九条先輩は、安心しきった表情で眠っていた。


 いつもは完璧な生徒会長。


 誰からも頼られ、何でもこなしてしまう優等生。


 けれど、こうして眠っている姿を見ると、普通の女の子なのだと思う。


 疲れることもある。


 誰かに甘えたくなることもある。


 そして、休み方がわからなくなるほど、頑張りすぎてしまうこともある。


「……まったく」


 俺は、小さく呟いた。


「無理しすぎですよ、先輩」


 俺は、ベッドのそばに置かれた椅子へ腰を下ろした。


 そして、静かに誓う。


 もう、この人に無理をさせたくない。


 俺の夢を応援してくれるのは嬉しい。


 でも、そのために先輩が苦しむ必要なんてない。


 だから、今度は俺が支えたい。


「……おやすみなさい、九条先輩」


 俺は、小さな声で呟いた。


 窓の外では、夕日がゆっくりと沈んでいた。


 週末には、九条先輩との映画デートが待っている。


 文化祭にも、一緒に回る約束がある。


 まるで、自分が書いたラブコメの主人公になったみたいだ。


 ……いや。


 今は、そんなことよりも。


 この人が、明日も元気に笑ってくれること。


 それだけを、願っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。