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俺が書いたラブコメが現実になっている件について、完璧な生徒会長は何も知らないふりをする  作者: ウイング神風


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8/19

完璧な生徒会長は、好きな人の前で倒れてしまう

 放課後の生徒会室。


 カリカリと、ペンが紙の上を走る音だけが響いていた。


 机の上には、山のような書類が積み重なっている。


 文化祭まで、残り二週間。


 各クラスから提出された企画書に、部活動の予算申請、模擬店の運営計画。


 それらを確認し、承認するのも生徒会の仕事だった。


 そして、その膨大な仕事を一人で処理している少女がいる。


 九条栞。


 我が校が誇る、完璧な生徒会長である。


「……会長」


 そんな彼女を、立花理央は心配そうに見つめていた。


「本当に、私が手伝わなくていいんですか?」


「ええ。大丈夫よ」


 九条は書類から顔を上げることなく答えた。


「もう少しで終わるもの」


「でも、その量……どう考えても一人でやる仕事じゃありません!」


「ふふっ。心配してくれてありがとう」


 栞は穏やかに微笑んだ。


 しかし、その顔色は明らかに悪かった。


 目の下には濃いクマが浮かび、頬からは血色が失われている。


 それでも、彼女の手は止まらない。


 書類を確認し、必要事項を書き込み、承認印を押す。


 その動作だけは、いつもと変わらず正確だった。


「……会長。昨日は何時間寝ました?」


「そうね……」


 九条は少し考え込んだ。


「二時間くらいかしら?」


「二時間!?」


「大丈夫よ。昨日よりは眠れたもの」


「昨日は何時間だったんですか!?」


「……一時間?」


「全然大丈夫じゃありません!」


 立花は思わず声を荒らげた。


「そんな生活を続けていたら、いつか倒れますよ!」


「ふふっ。立花さんは大げさね」


「大げさじゃありません!」


 立花は九条の机に歩み寄った。


「お願いします。少しだけでも休んでください」


「でも、文化祭の準備があるでしょう?」


「それなら、私たち生徒会役員で分担すればいいじゃないですか!」


「……そうね」


 九条は一瞬だけ考える素振りを見せた。


 しかし、すぐに微笑んだ。


「でも、私がやったほうが早いわ」


「……っ!」


 立花は唇を噛んだ。


 その言葉を否定できないのが、悔しかった。


 確かに、九条の仕事は早い。


 誰よりも正確で、判断力にも優れている。


 けれど、それは一人で何もかも背負っていい理由にはならない。


「……どうして、そこまで頑張るんですか?」


 立花は静かに尋ねた。


 九条は不思議そうに首を傾げる。


「どうして?」


「はい。どうして、自分をそこまで追い込むんですか?」


 すると、九条は嬉しそうに微笑んだ。


「決まっているでしょう?」


「……何がですか?」


「私には、愛があるもの」


「…………」


「好きな人の夢を叶えてあげたい。その気持ちがあれば、頑張れるのよ」


 九条は最後の申請書を手に取った。


 内容を確認し、承認印を押す。


 ぽんっ。


「……ほら。終わったでしょう?」


 まるで、難しい宿題を解き終えた子供のように微笑む。


 立花は、その笑顔を見て胸が苦しくなった。


「……会長」


「何かしら?」


「今日はもう、帰ってください」


「あら?」


「文芸部にも行かないでください。今すぐ帰って、休んでください」


 その瞬間。


 九条の笑顔が、わずかに曇った。


「……それは、困るわ」


「どうしてですか?」


「桜庭くんが待っているもの」


「待っていません!」


 立花は思わず叫んだ。


「桜庭くんだって、会長がこんな状態だと知ったら、きっと休んでほしいと言います!」


「……そうかしら?」


「そうです!」


 九条は、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと椅子から立ち上がる。


「……でも、行かなくちゃ」


「会長!」


「彼が、今日も一生懸命に小説を書いているのよ」


 九条は、幸せそうに微笑んだ。


「だったら、私も頑張らないと」


 そう言って、一歩踏み出した。


 しかし――。


「……っ」


 ぐらり。


 九条の身体が、大きく傾いた。


「会長!?」


 立花は慌てて駆け寄り、倒れそうになった九条を支えた。


「ほら! もう限界じゃないですか!」


「……ごめんなさい。少し、立ちくらみがしただけよ」


「少しじゃありません!」


 立花の声が震えた。


「お願いです。もう無理しないでください……!」


 九条は、支えてくれる親友を見つめた。


 そして、申し訳なさそうに微笑む。


「……ありがとう、立花さん」


「だったら――」


「でも、私……彼に会いたいの」


「…………」


「今日も、彼の笑顔が見たいの」


 九条は、ゆっくりと身体を起こした。


「恋する女の子は、強いのよ」


 その言葉に、立花は何も言えなかった。


 強い。


 本当に、そうなのだろうか。


 目の前の少女は、今にも倒れそうになっている。


 それでも、彼女は自分のことを強いと信じているのだ。


「……会長」


「戸締まりは、お願いね」


 九条はそう言い残し、生徒会室を出ていった。


 廊下を歩く足取りは、明らかに不安定だった。


 立花は、その背中を見つめる。


「……どうして」


 小さな声が漏れた。


「どうして、そこまで自分を犠牲にできるんですか……」


 立花には、わからなかった。


 桜庭悠馬という少年の何が、あの完璧な生徒会長をここまで変えてしまったのか。


 ただ、一つだけ確かなことがある。


 このままでは、九条栞は壊れてしまう。


「……もう、見ているだけじゃ駄目だ」


 立花は拳を握りしめた。


 親友を守るために、自分が動かなければならない。


     ◇ ◇ ◇


「うーん……次の展開、どうしようかなあ」


 同じころ。


 俺、桜庭悠馬は、文芸部の部室で頭を抱えていた。


 目の前には、真っ白な原稿画面。


 そして、机の上には大量のライトノベル。


「文化祭編に突入したいけど……まだ早いんだよなあ」


 俺は腕を組んだ。


 主人公とヒロインの距離は、かなり縮まっている。


 相合傘。


 部活動。


 試験勉強。


 そして、膝枕。


 王道ラブコメイベントを順調に消化してきた。


 しかし、文化祭は物語の大きな山場だ。


 ここで一気に関係を進展させたい。


 だからこそ、準備が必要なのである。


「……くそっ。難しいぜ、ラブコメ!」


 俺は椅子の背もたれに身体を預けた。


 もっと面白い展開を書きたい。


 読者を驚かせたい。


 何より、アイドルAさんに喜んでもらいたい。


「……そうだ!」


 俺は指を鳴らした。


「九条先輩に相談してみよう!」


 先輩は、いつも俺の夢を応援してくれる。


 それに、読書も好きだと言っていた。


 もしかしたら、いいアイデアをもらえるかもしれない。


「よし。相談する内容をまとめておくか」


 俺はアイデアノートを開いた。


 文化祭のイベント。


 ヒロインの心情。


 主人公の成長。


 思いついたことを、次々と書き込んでいく。


 そのときだった。


 コンコン。


 部室の扉が叩かれた。


「……桜庭くん」


「……あっ!」


 聞き覚えのある声。


 俺は顔を上げた。


「どうぞ!」


 扉が開く。


 そこに現れたのは――。


「……九条先輩!?」


 俺は思わず立ち上がった。


 いつもと違う。


 明らかに、様子がおかしい。


 顔色が悪い。


 目の下には濃いクマ。


 そして、立っているだけでも辛そうだった。


「……ふふっ。こんにちは、桜庭くん」


「こんにちは、じゃありませんよ!」


 俺は慌てて駆け寄った。


「どうしたんですか、その顔色!?」


「あら……そんなに酷いかしら?」


「酷いですよ!」


 先輩は困ったように微笑んだ。


「少し、寝不足なだけよ」


「少しじゃないでしょう!?」


「大丈夫。私は元気よ」


 そう言って、一歩踏み出す。


 しかし。


「……あっ」


 先輩の身体が、ふらりと傾いた。


「九条先輩!」


 俺は反射的に腕を伸ばした。


 間一髪。


 倒れそうになった先輩を、なんとか受け止める。


「……っ!」


 心臓が跳ねた。


 けれど、それはラブコメ的な意味ではなかった。


 本当に、怖かったのだ。


「……先輩。もう、無理しないでください」


「……桜庭くん」


「俺のことは、いいですから」


 俺は、先輩の顔を覗き込んだ。


「今日は、帰りましょう」


「……でも、部活動が……」


「そんなの、明日でもできます!」


 思わず声が大きくなった。


「小説なんて、いつでも書けます。でも、先輩が倒れたら、取り返しがつかないでしょう!」


「…………」


 先輩は、驚いたように俺を見つめた。


 そして、ゆっくりと微笑む。


「……桜庭くんは、優しいのね」


「普通です!」


「……ふふっ」


 先輩は小さく笑った。


 しかし、その直後。


「……あら?」


 身体から、力が抜けた。


「……九条先輩!?」


 俺は慌てて支え直した。


 先輩は、目を閉じている。


 呼びかけると、かすかに返事はあった。


 けれど、明らかに普通の状態ではない。


「……駄目だ。これ、保健室に行かないと!」


 俺は急いでスマートフォンを取り出し、先生へ連絡した。


 そして、先輩を支えながら廊下へ向かう。


「……桜庭くん」


「はい!」


「……ごめんなさい」


「謝らないでください!」


 俺は必死に答えた。


「今は、先輩が休むことだけ考えてください!」


 先輩は、かすかに微笑んだ。


「……ありがとう」


 その声は、とても小さかった。


     ◇ ◇ ◇


 保健室。


 九条先輩は、ベッドで静かに横になっていた。


 先生によると、睡眠不足と疲労が重なっている可能性があるらしい。


 詳しいことは、必要に応じて医療機関で確認することになった。


 俺は、ベッドのそばに置かれた椅子に座っていた。


「……まったく」


 思わずため息が漏れる。


「無理しすぎですよ、先輩……」


 俺は、眠っている先輩を見つめた。


 九条栞。


 学校一の美少女。


 成績優秀で、誰からも頼られる生徒会長。


 そして、俺の夢を応援してくれる、大切な先輩。


 でも、今日わかった。


 先輩は、何でもできる超人なんかじゃない。


 疲れることもある。


 倒れることだってある。


 なのに、誰にも弱音を吐かず、頑張り続けている。


「……俺、何やってんだろうな」


 小さく呟いた。


 文芸部ができてから、俺は毎日楽しかった。


 好きなだけ小説を書ける。


 ライトノベルも読み放題。


 先輩も、いつも応援してくれる。


 でも、その裏で先輩がどれだけ頑張っていたのか、俺は知らなかった。


「……ごめんなさい」


 俺は、そっと頭を下げた。


 もっと早く、気づくべきだった。


 先輩が疲れていることに。


 無理をしていることに。


 そして、助けを必要としていることに。


「……九条先輩」


 俺は、静かに呟いた。


「今度は、俺が支えますから」


 小説家になる夢は、諦めない。


 でも、そのために大切な人が無理をする必要なんてない。


 俺は、自分の力で夢を叶えたい。


 そして、いつか。


 この人に、心から笑ってもらいたい。


「……だから、今はゆっくり休んでください」


 窓の外では、夕日が沈み始めていた。


 静かな保健室に、時計の音だけが響いている。


 俺は、先輩が安心して休めるように、そっと見守り続けた。


 そのとき、俺はまだ知らなかった。


 九条先輩が、どうしてそこまで無理をしていたのか。


 どうして、俺の夢を叶えることに執着しているのか。


 そして。


 俺が彼女を支えたいと思ったその瞬間さえ、彼女にとっては、何よりも幸せな出来事になってしまうことを。


「俺が、九条先輩の支えにならないと」


 俺はそう覚悟を決めるのだった。

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