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俺が書いたラブコメが現実になっている件について、完璧な生徒会長は何も知らないふりをする  作者: ウイング神風


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6/19

完璧な生徒会長の秘密を、副会長だけが知っている

 九条会長が生徒会室を出てから、十分ほどが経過した。


「……まったく、会長ったら」


 立花は、誰もいなくなった生徒会室で小さくため息をついた。


 机の上には、九条会長が処理した書類が綺麗に積み重ねられている。


 予算申請書。


 学校行事の企画書。


 各部活動から提出された報告書。


 どれも不備なく処理されていた。


「本当に、仕事だけは完璧なんだから……」


 立花は呆れたように呟く。


 九条栞。


 誰からも慕われる、完璧な生徒会長。


 成績優秀で、品行方正。


 教師からの信頼も厚く、生徒たちの憧れの存在でもある。


 そして、立花にとっては大切な親友だった。


 だからこそ、最近の彼女が心配で仕方がなかった。


「……どうして、あそこまで頑張るのかな」


 九条会長は最近、ほとんど休んでいない。


 授業中に居眠りすることも増えた。


 それなのに、生徒会の仕事は一切手を抜かない。


 その理由は、ある程度わかっている。


 桜庭悠馬。


 小説家を目指している、一年生の男子生徒。


 九条会長が特別に気にかけている少年だ。


「……好きな人のため、ね」


 立花は、先ほどの九条会長の言葉を思い出す。


『彼が幸せになってくれたら、私も嬉しいの』


 恋愛感情そのものを否定するつもりはない。


 むしろ、あの完璧な親友が誰かを好きになったことは、少し嬉しくもあった。


 しかし。


「……これは、さすがにやりすぎでしょう」


 立花は、会長の机に置かれたパソコンへ視線を向けた。


 文芸部の設立。


 活動場所の確保。


 大量の書籍や備品。


 それらが、短期間で次々と準備されている。


 通常なら、もっと時間がかかるはずの手続きだ。


「……何か、理由があるはず」


 立花は机の上に残されていた企画書を手に取った。


 そこには、文芸部の活動計画が記されていた。


 創作活動の支援。


 読書推進。


 生徒同士の作品交流。


 どれも立派な目的だ。


 だが、その計画書の端に、手書きのメモが残されていた。


『桜庭くんの執筆時間を確保すること』


「…………」


 立花は眉をひそめた。


「……やっぱり、彼のためなのね」


 さらに、机の上には一枚の印刷物が置かれていた。


 どうやら、Web小説の投稿ページらしい。


「……小説?」


 タイトルは――。


『俺の人生はラブコメ展開らしい』


 著者名は『桜』。


「……桜?」


 立花は、ふと思い当たった。


「まさか、桜庭悠馬くん?」


 興味を引かれた立花は、自分のスマートフォンで作品名を検索した。


 すぐに、同じタイトルのWeb小説が表示される。


「……これが、彼の作品なのね」


 立花は第一話を開いた。


 そこに書かれていたのは、雨の日の相合傘。


 傘を忘れた主人公。


 そこに現れる、美しい先輩。


 二人は一つの傘の下で帰宅する。


「…………え?」


 立花の指が止まった。


 見覚えがある。


 いや、見覚えがあるどころではない。


 あの日。


 雨が降った放課後。


 立花は、九条栞会長が一年生の男子生徒と相合傘をしている姿を目撃していた。


「……偶然、よね?」


 そう呟きながら、次の話を開く。


 今度は、部活動の話だった。


 主人公が文芸部へ入部し、美しい先輩と一緒に創作活動を始める。


 同じパソコンを覗き込み、二人の距離が近づいていく。


「……ちょっと待って」


 立花の表情が険しくなった。


 相合傘。


 文芸部。


 そして、創作活動。


 どれも、最近の九条会長と桜庭悠馬の行動に似ている。


「……こんな偶然、ある?」


 立花は投稿日時を確認した。


 相合傘の話は、あの雨の日よりも前に投稿されている。


 文芸部の話も、設立準備が本格化する前に公開されていた。


 つまり。


「……会長は、この小説を読んでいた?」


 背筋に、冷たいものが走った。


 もし、そうだとしたら。


 九条会長は、桜庭悠馬の小説に書かれた出来事を、現実で再現していることになる。


「……いや、まだ決めつけちゃ駄目」


 立花は自分に言い聞かせた。


 偶然かもしれない。


 九条会長が小説を読んでいて、そこから着想を得ただけかもしれない。


 しかし、彼女の胸には、どうしても消えない疑問が残った。


「……会長。あなた、何をしているの?」


 立花は、机の上に置かれたもう一枚の資料へ視線を落とした。


 そこには、文化祭の企画案が記されていた。


 文芸部の特別展示。


 創作作品の発表会。


 そして、手書きで加えられた一文。


『桜庭くんの作品を中心に構成』


「…………」


 立花は、ゆっくりと息を吐いた。


 これは、単なる恋愛感情なのだろうか。


 好きな人を応援したい。


 その気持ちは理解できる。


 けれど、彼の小説に合わせて学校行事まで変えようとしているのなら。


「……会長、それは違うよ」


 立花は小さく呟いた。


「好きな人の夢を応援することと、その人の人生を決めることは、違うでしょう……」


 そのときだった。


 机の端に置かれた会長のタブレットが、短く通知音を鳴らした。


 画面に表示されたのは、文芸部の活動記録。


 そこには、桜庭悠馬の名前が何度も登場していた。


 活動時間。


 使用した備品。


 執筆の進捗。


 そして、細かく記された彼の行動。


「……どうして、こんなに詳しく……」


 立花は思わず息を呑んだ。


 部活動の記録としては、あまりにも細かすぎる。


 まるで、彼の一日をすべて把握しようとしているかのようだった。


「……会長」


 立花は、静かにタブレットから目を離した。


 親友のことを、信じたい。


 しかし、見て見ぬふりはできない。


「……私が、止めなきゃ」


 立花は、強く拳を握りしめた。


 九条栞会長が、本当に取り返しのつかないことをしてしまう前に。


     ◇ ◇ ◇


「……ん」


 小さな声が聞こえた。


 俺、桜庭悠馬は、膝の上に視線を落とす。


 そこには、気持ちよさそうに眠っていた九条栞会長先輩の姿があった。


 つい先ほど、疲労のあまり倒れそうになった先輩を、俺はソファで休ませていた。


 そして、なぜか膝枕をすることになったのである。


「……あら」


 先輩はゆっくりと目を開けた。


「……桜庭くん?」


「はい。おはようございます」


「……私、眠ってしまったんですね」


「ぐっすり寝ていましたよ」


 先輩は、少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「ごめんなさい。ずいぶん甘えてしまいました」


「いえいえ! 全然大丈夫です!」


 俺は慌てて首を振った。


 むしろ、こちらこそありがとうございました!


 ……なんてことは、さすがに口に出せない。


「身体の調子はどうですか?」


「ええ。おかげさまで、ずいぶん楽になりました」


「それならよかったです」


 俺はほっと胸を撫で下ろした。


 九条先輩は、いつも完璧だ。


 生徒会の仕事も、勉強も、部活動の運営も。


 何でもこなしてしまう。


 けれど、今日の姿を見て、改めて思った。


 先輩だって、普通の女の子なのだ。


 疲れることもあるし、誰かに甘えたくなることだってある。


「……先輩」


「はい?」


「これからは、あまり無理しないでくださいね」


「……ふふっ」


 先輩は、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。桜庭くん」


 そして、ゆっくりと身体を起こした。


「……そうだわ」


「はい?」


「桜庭くんに、一つお願いがあるんです」


「お願い?」


「ええ」


 先輩は、少しだけ頬を赤らめた。


 その仕草に、俺の心臓が跳ねる。


「再来週の文化祭なんですけれど……」


「文化祭?」


「はい。もしよろしければ、私と一緒に回っていただけませんか?」


「…………へ?」


 一瞬、思考が停止した。


 文化祭。


 九条先輩。


 一緒に回る。


 つまり――。


「そ、それって……デートですか!?」


 思わず口にしてしまった。


 すると、先輩は目を丸くした。


 そして。


「……ふふっ」


 楽しそうに笑った。


「そう思っていただいても、構いませんよ?」


「……っ!?」


 待ってくれ。


 これは、いったい何のご褒美だ!?


 学校一の美少女から、文化祭デートのお誘い。


 そんなこと、現実に起こっていいのか!?


「……あの、迷惑でしたか?」


「い、いえ! 全然!」


 俺は慌てて首を振った。


「むしろ、ぜひお願いします!」


「まあ!」


 先輩の表情が、ぱっと明るくなった。


「嬉しいです」


「俺のほうこそ!」


「では、約束ですね」


 先輩は、そっと小指を差し出した。


「……指切り、していただけますか?」


「ゆ、指切りですか!?」


「はい。大切な約束ですから」


 俺は緊張しながら、小指を差し出した。


 二人の指が、そっと絡む。


「……約束ですよ、桜庭くん」


「は、はい!」


 九条先輩は満足そうに微笑んだ。


「では、当日の午前十時に、この部室の前で待ち合わせましょう」


「了解です!」


「ふふっ。楽しみにしていますね」


 先輩は、いつも以上に嬉しそうだった。


 俺も、胸が高鳴って仕方がない。


 文化祭。


 美少女の先輩。


 二人きりの約束。


 これはもう、完全にラブコメイベントじゃないか!


「……よーし!」


 俺は心の中で拳を握りしめた。


 この経験、絶対に小説に活かしてやる!


 九条先輩は、俺にとって最高の創作の刺激をくれる人だ。


 夢を応援してくれて、優しく励ましてくれて。


 そして、こんなにも素敵な青春を経験させてくれる。


「……ありがとうございます、九条先輩」


「……え?」


「いや、その……いつも俺のことを応援してくれて」


 先輩は、少し驚いたように目を見開いた。


 そして、ゆっくりと微笑んだ。


「……こちらこそ、ありがとうございます」


「え?」


「桜庭くんと出会えて、私は本当に幸せです」


 その言葉に、俺の胸が熱くなった。


 ……ああ、もう。


 やっぱり、この人には敵わない。


 俺は照れくさくなって、思わず視線を逸らした。


 窓の外では、夕日が校舎を赤く染めていた。


 再来週の文化祭。


 きっと、忘れられない一日になる。


 そんな予感がしていた。


 そして、俺はまだ知らなかった。


 九条先輩が、俺の小説を誰よりも熱心に読んでいることを。


 俺の知らないところで、俺のために動いていることを。


 そして、その優しさの裏側に、誰にも見せない秘密が隠されていることを。


 俺はただ、二週間後の約束を楽しみにしていたのだった。

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