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俺が書いたラブコメが現実になっている件について、完璧な生徒会長は何も知らないふりをする  作者: ウイング神風


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完璧な生徒会長だって、甘えたい

 九条栞が文芸部を設立してから、一か月が経過した。


 新設された文芸部は、順調に活動を続けている。


 少なくとも、表向きは。


 しかし、その裏側で、一つの問題が発生していた。


「……会長、また寝ていませんね?」


 放課後の生徒会室。


 立花理央は、目の前に座る少女へ呆れたように問いかけた。


 九条栞。


 成績優秀、品行方正。


 教師からも生徒からも絶大な信頼を寄せられる、完璧な生徒会長である。


 しかし、そんな彼女の目元には、うっすらとクマが浮かんでいた。


「あら、立花さん。どうしたの?」


「どうしたの、じゃありません! 私の質問に答えてください!」


「質問?」


「昨日、何時間寝ましたか?」


「……そうね」


 九条会長は少し考えるように首を傾げた。


「三時間くらいかしら?」


「少なすぎます!」


「ふふっ。大丈夫よ。私、こう見えて丈夫なの」


「そういう問題じゃありません!」


 は机を叩きたい衝動を必死に抑えた。


 最近の九条会長は、明らかに働きすぎている。


 生徒会の通常業務。


 学校行事の調整。


 各部活動から提出される予算申請。


 そして、新しく設立された文芸部の運営。


 それらを、ほとんど一人でこなしているのだ。


「会長、昨日の授業中も居眠りしていましたよね?」


「あら。見られていたのね」


「見られていたのね、じゃありません!」


「でも、テストでは満点だったわよ?」


「点数の問題じゃないんです!」


 立花は深いため息をついた。


 確かに、九条会長の成績は落ちていない。


 生徒会の仕事も、完璧にこなしている。


 しかし、それは彼女が無理をしていない証拠にはならない。


「……どうして、そこまで頑張るんですか?」


 立花は静かに尋ねた。


 すると、九条会長は不思議そうに首を傾げる。


「決まっているでしょう?」


「……何がですか?」


「大切な場所を、守りたいからよ」


「大切な場所?」


「ええ。文芸部は、私にとって特別な場所なの」


 九条会長は幸せそうに微笑んだ。


「彼が夢を追いかけられる、素敵な場所ですもの」


「……また、桜庭くんですか」


 立花は眉をひそめた。


 桜庭悠馬。


 小説家を目指している、一年生の男子生徒。


 九条会長が最近、何かと気にかけている少年である。


「会長。桜庭くんのことが好きなのは、もうわかりました」


「あら。ありがとう」


「褒めていません!」


 立花は頭を抱えた。


「でも、好きな人のためだからって、自分を犠牲にする必要はないでしょう?」


「犠牲?」


 九条会長は、きょとんとした顔をした。


「私、何も犠牲にしていないわよ?」


「睡眠時間を削っています!」


「少しくらいなら平気よ」


「少しじゃありません!」


 九条会長はくすりと笑った。


「立花さんは心配性ね」


「会長が無頓着すぎるんです!」


 そのとき、九条会長は机の上の書類を揃えた。


「さて。本日の仕事は終わりね」


「……え?」


「私、そろそろ文芸部に行くわ」


「ちょっと待ってください! 休憩は!?」


「文芸部で取るつもりよ」


「本当ですか?」


「ええ。もちろん」


 九条会長は優雅に立ち上がった。


 その足取りは、いつもと変わらず軽やかだった。


 けれど、立花にはわかる。


 彼女が、限界に近づいていることを。


「……会長」


「何かしら?」


「お願いですから、少しは自分を大切にしてください」


 九条会長は振り返り、柔らかく微笑んだ。


「ありがとう、立花さん」


 そして、こう続けた。


「でも、私にとっては、彼が幸せでいてくれることが一番大切なの」


 その言葉を残し、九条会長は生徒会室を後にした。


「……もう」


 一人残された立花は、深いため息をつく。


「会長自身は、いつ幸せになるつもりなんですか……」


     ◇ ◇ ◇


「うーん……次の展開、どうしようかなあ」


 同じころ。


 俺、桜庭悠馬は、文芸部の部室で頭を抱えていた。


 目の前には、真っ白な原稿画面。


 そして、点滅するカーソル。


「相合傘、部活動、試験勉強……」


 これまで、俺は王道ラブコメイベントを次々と書いてきた。


 その甲斐もあって、物語の主人公とヒロインの距離は、かなり縮まっている。


 しかし、問題がある。


「……次、何を書けばいいんだ?」


 恋愛イベントにも、順序というものがある。


 いきなり告白させるのは早すぎる。


 かといって、同じようなイベントばかり繰り返すわけにもいかない。


「……そうだ!」


 俺は勢いよく顔を上げた。


「添い寝イベントだ!」


 疲れて眠ってしまったヒロイン。


 そんな彼女を、主人公が優しく見守る。


 普段は完璧なヒロインが、主人公の前でだけ弱い姿を見せるのだ。


「くううっ! これだよ、これ!」


 俺は拳を握りしめた。


 完璧な美少女にも、弱いところがある。


 そして、その弱さを知っているのは主人公だけ。


 なんという特別感!


「やっぱりラブコメは、こうじゃないとな!」


 俺は早速キーボードへ手を伸ばした。


 しかし、そのときだった。


 コンコン。


 部室の扉が叩かれた。


「桜庭くん。入ってもよろしいですか?」


「……あっ!」


 聞き覚えのある声。


 俺は慌てて椅子から立ち上がった。


「どうぞ!」


 扉が開く。


 そこに現れたのは、我が校の生徒会長。


 九条栞先輩だった。


「ふふっ。こんにちは、桜庭くん」


「九条先輩! お疲れさまです!」


「ええ。お疲れさま」


 先輩はいつものように微笑んだ。


 しかし――。


「……あれ?」


 俺は思わず首を傾げた。


 なんだか、様子がおかしい。


 いつも綺麗に整えられている黒髪。


 上品な立ち振る舞い。


 優しい微笑み。


 それらは、いつもと変わらない。


 けれど。


「……九条先輩」


「はい?」


「もしかして、疲れていませんか?」


「……え?」


 先輩は目を丸くした。


「どうして、そう思うんですか?」


「だって、目の下にクマができていますよ」


「あら……」


 先輩は困ったように微笑んだ。


「少し、寝不足かもしれませんね」


「少しって……いつ寝ているんですか?」


「ちゃんと寝ていますよ?」


「本当ですか?」


「ええ。もちろん」


 そう答えた直後だった。


 ふらり。


 先輩の身体が、わずかに傾いた。


「……っ!?」


 俺は慌てて駆け寄り、倒れそうになった先輩の腕を支えた。


「九条先輩!」


「あら……ごめんなさい」


「全然大丈夫じゃないじゃないですか!」


「ふふっ。少し、立ちくらみがしただけです」


「笑い事じゃありませんよ!」


 俺は近くのソファへ先輩を案内した。


「ほら、座ってください!」


「……はい」


 先輩は珍しく素直に従った。


 いつも完璧な九条先輩。


 そんな人が、こんなにも疲れているなんて。


「先輩、今日はもう休んでください」


「でも、桜庭くんの執筆を……」


「俺のことはいいですから!」


 思わず声が大きくなった。


「先輩が倒れたら、俺だって困ります!」


「……桜庭くん」


「小説なら、いつでも書けます。でも、先輩の身体は一つしかないんですから」


 先輩は、しばらく俺を見つめていた。


 そして――。


「……ふふっ」


 嬉しそうに微笑んだ。


「桜庭くんは、優しいですね」


「べ、別に普通ですよ!」


「いいえ。とても優しいです」


 なんだか照れくさい。


 俺は思わず視線を逸らした。


「……と、とにかく! 少し寝てください!」


「……そうですね」


 先輩は小さく頷いた。


 そして、何かを思いついたように口を開く。


「では、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」


「お願い?」


「はい」


 先輩は、ほんのり頬を赤らめた。


「……膝枕を、していただけませんか?」


「…………へ?」


 一瞬、思考が停止した。


 膝枕?


 誰が?


 誰に?


「……お、俺がですか!?」


「はい。桜庭くんに」


「な、なんでまた!?」


「その……あなたのそばなら、安心して眠れそうなので」


「…………っ!」


 待ってくれ。


 そんなことを言われたら、断れないだろ!


 いや、そもそも膝枕って!


 ラブコメの定番イベントじゃないか!


 しかも、ついさっき俺が考えていた展開と似ている!


「……あの、嫌でしたら……」


「い、嫌じゃないです!」


 反射的に答えてしまった。


 すると、先輩の表情がぱっと明るくなった。


「まあ。ありがとうございます」


「……た、ただし!」


「はい?」


「本当に、ちゃんと休んでくださいね!」


「ふふっ。約束します」


 俺はソファに腰を下ろした。


 先輩はゆっくりと身体を横たえ、俺の膝へ頭を預ける。


「……っ!」


 心臓が跳ねた。


 近い。


 いや、近いなんてもんじゃない。


 目の前には、九条先輩の整った顔。


 艶やかな黒髪が、俺の膝の上に広がっている。


 こんな状況、夢でも見たことがない。


「……桜庭くん」


「は、はい!」


「もう一つ、お願いしてもいいですか?」


「な、なんでしょう?」


「……頭を、撫でていただけませんか?」


「頭を!?」


「はい。そうしていただけると、落ち着く気がするんです」


 先輩は恥ずかしそうに微笑んだ。


 ……くそっ。


 可愛すぎるだろ。


「……わ、わかりました」


 俺は恐る恐る手を伸ばした。


 そして、先輩の頭を優しく撫でる。


 さらり。


 指の間を、柔らかな黒髪が流れていく。


「……ふふっ」


 先輩は、幸せそうに目を細めた。


「気持ちいいです」


「そ、そうですか……」


「はい。とても」


 その声は、いつもより少しだけ甘えているように聞こえた。


 俺は何も言わず、ゆっくりと頭を撫で続けた。


 しばらくすると、先輩の呼吸が穏やかになっていく。


「……桜庭くん」


「はい?」


「……ありがとう、ございます……」


 小さな声。


 そして、静かな寝息。


「……寝た、のか?」


 俺はそっと顔を覗き込んだ。


 先輩は、安心しきった表情で眠っていた。


 いつもは完璧な生徒会長。


 誰からも頼られ、何でもこなしてしまう優等生。


 でも、こうして眠っている姿を見ると、普通の女の子なんだと思う。


 疲れることもある。


 誰かに甘えたくなることもある。


 きっと、当たり前のことなのだ。


「……無理しすぎですよ、先輩」


 俺は小さく呟いた。


 文芸部ができてから、俺の毎日は変わった。


 小説を書く場所ができた。


 夢を応援してくれる人ができた。


 そして、放課後が楽しみになった。


 そのすべてに、九条先輩が関わっている。


「……俺も、何か返さないとな」


 いつも助けられてばかりじゃ、格好悪い。


 先輩が疲れているなら、今度は俺が支えたい。


 少なくとも、今日くらいは。


「……おやすみなさい、九条先輩」


 俺は、もう一度優しく頭を撫でた。


 窓の外では、夕日がゆっくりと沈み始めていた。


 静かな部室。


 膝の上で眠る、美しい先輩。


 そして、なかなか静かになってくれない俺の心臓。


 ……まったく。


 現実ってやつは、時々とんでもないラブコメイベントを用意してくれるらしい。


 でも、今は。


 この人が安心して眠れるように、そばにいよう。


 そう思いながら、俺は静かに時間が過ぎるのを待つのだった。

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