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俺が書いたラブコメが現実になっている件について、完璧な生徒会長は何も知らないふりをする  作者: ウイング神風


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4/17

完璧な生徒会長は、俺のために頑張りすぎる

 九条先輩に案内され、俺は校舎の一番奥にある部屋へとやってきた。


「こちらが、文芸部の活動場所になります」


「へえ、ここが……」


 先輩が扉を開ける。


 そして、その向こうに広がっていた光景を見た瞬間――。


「……は?」


 俺は思わず固まった。


 広い。


 とにかく広い。


 普通の教室の倍はあるんじゃないかと思えるほどの空間に、長机や椅子が整然と並んでいる。


 窓際にはソファまで置かれ、奥には読書用のスペースまで用意されていた。


「……あの、九条先輩」


「はい?」


「ここ、本当に部室ですか?」


「ええ。文芸部の活動場所ですよ」


「いやいやいや! 広すぎません!?」


 思わず声が裏返った。


 俺が想像していた文芸部は、古びた机と椅子が数脚置かれた、小さな部屋だった。


 ところが、ここはどうだ。


 まるで学校の図書室を一つ借り切ったような豪華さである。


「ふふっ。気に入っていただけましたか?」


「気に入るも何も……すごすぎますよ!」


 しかし、驚きはそれだけではなかった。


 壁一面に並ぶ本棚。


 そこに収められているのは、膨大な数のライトノベルだった。


「うおおおおっ!?」


 俺は思わず本棚へ駆け寄った。


「こ、これは……!」


 二〇〇〇年代を代表する名作。


 十年以上続く人気シリーズ。


 最近話題になった新刊まで、ずらりと並んでいる。


 しかも、ジャンルも幅広い。


 学園ラブコメ、異世界ファンタジー、青春群像劇、ミステリー。


 俺が読んだことのある作品も、いつか読もうと思っていた作品も、すべて揃っているではないか。


「すげえ……! ここ、天国ですか!?」


「ふふっ。大げさですね」


「いや、本当にすごいですよ! こんなライトノベルの棚、書店でもなかなか見ません!」


 俺は興奮しながら背表紙を眺めた。


 まさか学校で、これほど充実したライトノベルのコレクションに出会えるとは。


「桜庭くんが喜んでくれて、よかったです」


 九条先輩は嬉しそうに微笑んだ。


「集めた甲斐がありました」


「……え?」


「あら、何でもありませんよ」


 先輩は小さく首を傾げた。


「学校の資料や蔵書を活用して、創作に役立つ環境を整えたんです」


「へえ……さすが生徒会長ですね!」


「ありがとうございます」


 先輩は上品に微笑む。


 そして、本棚の前に立つ俺へ向かって、こう告げた。


「桜庭くん。あなたの夢は、私が叶えてあげます」


「…………」


 一瞬、言葉を失った。


 あまりにも自然に、そんなことを言うものだから。


「……あはは。大げさですよ、先輩」


「そうでしょうか?」


「だって、作家になるのは俺自身の努力ですから」


「ええ。もちろんです」


 九条先輩は、少しも気を悪くした様子を見せなかった。


「だからこそ、私はあなたが努力できる環境を作りたいんです」


「……先輩」


「夢を諦めなくてもいい場所があったら、素敵でしょう?」


 その言葉に、胸が温かくなった。


 俺の夢を、ここまで真剣に応援してくれる人がいる。


 それだけで、嬉しかった。


     ◇ ◇ ◇


「さて、桜庭くん。せっかくですから、執筆してみませんか?」


「えっ、ここでですか?」


「もちろんです。文芸部ですもの」


 九条先輩は長机へ歩み寄ると、そこに置かれた一台のノートパソコンを指さした。


 銀色の薄い本体。


 天板には、見覚えのあるリンゴのマーク。


「……こ、これは!」


 俺は目を見開いた。


「リンゴマークのパソコンじゃないですか!」


「はい。創作活動用に用意したものです」


「すげえええっ!」


 俺は恐る恐る近づいた。


 これ、あれだろ?


 おしゃれなカフェで開くと、周囲から『仕事ができそう』と思われる、あのパソコンだろ?


 俺なんて、家では何年も使っているノートパソコンで執筆しているというのに!


「使ってみてください」


「えっ!? いいんですか!?」


「もちろん。部活動のための備品ですから」


「で、でも、高そうですし……」


「壊さないように使っていただければ大丈夫ですよ」


 九条先輩に促され、俺は椅子へ腰を下ろした。


 恐る恐るパソコンを開く。


 画面が明るくなり、見慣れない操作画面が表示された。


「……おお」


 なんだか、すごい。


 何がすごいのかは、よくわからない。


 とにかく、すごい。


「どうしました、桜庭くん?」


「いや、その……実は俺、このメーカーのパソコンを使うの、初めてでして」


「あら、そうだったんですね」


「はい。変なところを押したらどうしようかと……」


「ふふっ。大丈夫ですよ」


 九条先輩は俺の隣へ椅子を引き寄せた。


「私が教えてあげます」


「……え?」


「まず、こちらがトラックパッドです」


 そう言いながら、先輩が俺の手元へ指を伸ばす。


 そして――。


 ふわり。


 細い指先が、俺の手に触れた。


「……っ!?」


 心臓が跳ね上がる。


 ち、近い!


 近すぎる!


 先輩の肩が、俺の肩に触れそうな距離にある。


 さらさらの黒髪が、視界の端で揺れていた。


「こうやって指を動かすと、画面の矢印が動きます」


「は、はい!」


「そして、こちらからブラウザを開いて……」


「は、はい!」


「……桜庭くん?」


「はいっ!?」


「もしかして、緊張しています?」


「そ、そりゃしますよ!」


「あら。どうして?」


 先輩は不思議そうに首を傾げた。


 どうしてって。


 そんなの決まっているだろう!


「九条先輩が、近いので……!」


 言ってしまった。


 思わず本音が飛び出した。


 すると、先輩は一瞬だけ目を丸くして――。


「ふふっ」


 楽しそうに笑った。


「可愛らしいですね、桜庭くん」


「か、からかわないでください!」


「ごめんなさい。でも、そんなに緊張されると、私まで意識してしまいます」


「……っ!」


 やめてください!


 そんなことを言われたら、心臓が持ちません!


 俺は必死に画面へ視線を戻した。


 ……そういえば。


 この状況、どこかで見たような。


 同じ部活。


 一つのパソコン。


 隣に座る美少女の先輩。


「……あれ?」


 昨日、俺が書いた小説とそっくりじゃないか?


 いや、まあ、偶然だろう。


 そもそも文芸部でパソコンを使うなんて、珍しいことでもない。


 そう考えると、納得できた。


「それでは、私はそろそろ失礼しますね」


「えっ?」


 九条先輩が椅子から立ち上がる。


「生徒会の仕事が残っていますので」


「あ、そうだったんですね」


「はい。でも、桜庭くんは好きなだけ執筆していてください」


「いいんですか?」


「もちろんです。退室するときは、扉を閉めていただければ大丈夫ですよ。戸締まりは私が確認しますから」


「ありがとうございます!」


「ふふっ。頑張ってくださいね、未来の作家先生」


 先輩は小さく手を振り、部室から出ていった。


 扉が静かに閉まる。


 残されたのは、俺一人。


「…………」


 広い部屋。


 大量のライトノベル。


 新品のパソコン。


 そして、誰にも邪魔されない静かな環境。


「……最高じゃないか!」


 俺は拳を握りしめた。


 こんな環境を用意してもらったのだ。


 書かないわけにはいかない!


「よーし! 俺は絶対にラブコメ王になってやる!」


 早速、小説投稿サイトへログインする。


 次の展開は何にしようか。


 部活動の次。


 二人の距離をさらに縮めるイベント。


「……そうだ!」


 俺は指を鳴らした。


「試験勉強だ!」


 放課後の部室で、主人公とヒロインが二人きりで勉強する。


 勉強が苦手な主人公を、優等生のヒロインが優しく教える。


 これだ!


「くううっ! また最高のラブコメが生まれてしまう!」


 俺は勢いよくキーボードを叩き始めた。


 カタカタカタ。


 静かな部室に、文字を打つ音だけが響いていた。


     ◇ ◇ ◇


「九条会長!」


 そのころ。


 生徒会室へ向かう廊下で、九条栞は一人の少女に呼び止められた。


 振り返ると、そこには三つ編みの少女が立っていた。


 立花理央。


 生徒会副会長であり、九条栞の親友でもある。


「あら、立花さん。どうしたの?」


「どうしたの、じゃありません!」


 理央は眉をひそめた。


「文芸部の件です! どうして、私に相談してくれなかったんですか?」


「相談?」


「はい! 活動場所の確保に、備品の手配。それに、部活動の新設申請まで!」


「必要な手続きは進めているわ」


「そういう問題じゃありません!」


 理央は深いため息をついた。


「会長、最近ずっと生徒会の仕事を抱え込んでいますよね?」


「そうかしら?」


「そうです! 昨日だって、ほとんど寝ていないでしょう?」


「少しだけ、夜更かしをしただけよ」


「少しだけって……」


 理央は困ったように額を押さえた。


 九条栞は、優秀な生徒会長だ。


 どんな仕事も完璧にこなす。


 教師からの信頼も厚く、生徒からの相談にも丁寧に対応する。


 しかし、最近は明らかに様子がおかしい。


 以前よりも仕事を増やし、休憩する時間まで削っている。


 その理由が、理央には理解できなかった。


「……会長」


「何かしら?」


「どうして、そこまで文芸部にこだわるんですか?」


 栞は、きょとんとした顔をした。


「創作活動を応援するのは、素敵なことだと思わない?」


「それはそうです。でも……」


 理央は言葉を選んだ。


「桜庭悠馬くん、でしたっけ?」


 その名前が出た瞬間。


 栞の手が、ほんの一瞬だけ止まった。


「……彼が、どうかしたの?」


「最近、会長が気にかけている一年生です」


「ええ。小説家を目指している、とても素敵な生徒よ」


「その桜庭くんのために、文芸部を作ったんですか?」


 理央は、まっすぐ栞を見つめた。


 栞は少し考えるように目を伏せた。


 そして――。


「ええ。そうよ」


 あまりにもあっさりと、認めた。


「……会長?」


「彼には才能があるの。だから、もっと自由に小説を書ける環境が必要だと思ったのよ」


「でも、他の生徒だって――」


「もちろん、誰でも参加できるわ。文芸部は、みんなのための場所ですもの」


 栞は穏やかに微笑んだ。


「何か問題があるかしら?」


「……それは」


 理央は言葉に詰まった。


 確かに、文芸部の設立自体は悪いことではない。


 新しい部活動ができれば、喜ぶ生徒もいるだろう。


 ただ、一つだけ気になることがあった。


「……会長自身は、大丈夫なんですか?」


「私?」


「はい。最近、無理をしすぎです」


 理央は真剣な表情で続けた。


「誰かのために頑張るのは立派です。でも、会長が倒れてしまったら意味がありません」


 栞は、しばらく黙っていた。


 そして、不思議そうに首を傾げる。


「……立花さん」


「はい?」


「好きな人の夢を叶えてあげたいと思うのは、当然のことでしょう?」


「…………え?」


 理央は目を見開いた。


 好きな人。


 今、確かにそう言った。


「か、会長……それって……」


「ふふっ。そんなに驚くことかしら?」


 栞は、いつもと変わらない微笑みを浮かべていた。


「彼が幸せになってくれたら、私も嬉しいの。それだけよ」


「……でも」


「心配してくれてありがとう。立花さん」


 栞は優しく言った。


「大丈夫。生徒会の仕事も、ちゃんと終わらせるわ」


 そう言って、生徒会室の扉を開く。


 机の上には、まだ大量の書類が残されていた。


 予算申請。


 行事計画。


 各委員会からの報告書。


 栞は迷うことなく席に着くと、書類を一枚ずつ確認し始めた。


 その手際は、相変わらず見事だった。


 けれど、理央は素直に感心できなかった。


「……会長」


「何かしら?」


「少しは、自分のことも大切にしてくださいね」


 栞は顔を上げた。


 そして、幸せそうに微笑んだ。


「ええ。私は今、とても幸せよ」


 その言葉に、嘘はなかった。


 少なくとも、栞自身はそう信じていた。


 彼が夢に向かって頑張っている。


 自分は、その手助けができている。


 それ以上に幸せなことなど、あるだろうか。


 栞は書類へ視線を戻した。


 ふと、部室で執筆している少年の姿を思い浮かべる。


(……桜庭くん)


 今ごろ、どんな物語を書いているのだろう。


 新しいヒロインは、どんなふうに主人公を支えるのだろう。


 考えるだけで、胸が弾んだ。


(早く、続きを読みたいわ)


 栞は静かに微笑んだ。


(あなたの物語を、誰よりも楽しみにしているのは、私なんですから)


 その隣で、立花理央だけが、言葉にできない不安を抱いていた。

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