俺のために文芸部が設立された件について
「部活で一緒に活動する! これぞ王道のラブコメ展開だ!」
俺、桜庭悠馬は、ノートパソコンの前で拳を握りしめた。
時刻は午後十時。
学校から帰宅し、夕食と風呂を済ませた俺は、今日も元気に小説を執筆していた。
今回のテーマは、部活動。
主人公とヒロインが偶然にも同じ部活に入部し、放課後を一緒に過ごすようになる。
最初はただの先輩と後輩。
しかし、活動を通じて少しずつ距離が縮まっていく。
例えば、こんな場面だ。
『もう少し、こちらに来てください』
『えっ? でも、先輩……』
『一緒に画面を見ないと、文章を確認できないでしょう?』
主人公が椅子を近づける。
すると、ヒロインの肩がそっと触れる。
主人公は緊張のあまり、画面の文字が頭に入らなくなってしまう。
「くううっ! これだよ、これ!」
俺は思わず机を叩いた。
甘い!
甘すぎる!
砂糖をそのまま口に流し込んだような甘さだ!
「やっぱり部活動はラブコメの宝庫だな!」
放課後の部室。
二人きりの空間。
一緒に作品を作り上げる達成感。
そこに恋愛感情が加われば、もはや無敵である。
「……まあ、俺は帰宅部なんだけどな」
自分で言って、少し悲しくなった。
俺の放課後といえば、帰宅して小説を書くことだけ。
部室で美少女の先輩と語り合った経験など、一度もない。
しかし、だからこそ小説がある!
現実では経験できない青春を、物語の中で体験するのだ!
「よーし! このまま一気に書き上げるぞ!」
俺は勢いよくキーボードを叩いた。
カタカタカタ。
文字が次々と画面に並んでいく。
主人公が自信を失えば、ヒロインが励ます。
ヒロインが困っていれば、主人公が助ける。
そうして二人は、互いに必要な存在になっていく。
「……うん。最高じゃないか」
自分で書いておきながら、胸が熱くなった。
やっぱり俺は、こういう物語が好きだ。
誰かが誰かを支える。
そんな優しいラブコメを書きたい。
◇ ◇ ◇
「完成!」
約二時間後。
俺は最後の一文を打ち終え、大きく伸びをした。
今回も自信作だ。
特に、ヒロインが主人公の原稿を添削する場面がいい。
主人公の才能を認めながら、もっと成長できるように助言する。
そして最後には、二人で完成した原稿を読み返して笑い合う。
「いやあ、青春だねえ……」
俺は満足しながら投稿画面を開いた。
タイトルを確認。
誤字脱字を修正。
そして、投稿ボタンをクリック。
『投稿が完了しました』
「よし!」
早速、アクセス解析画面を開く。
新しい話のPV数。
一。
「……知ってた!」
もはや驚きもしない。
俺の小説を読んでくれる人は、相変わらず少ない。
ランキング上位の作品なら、投稿直後から何百、何千というアクセスが集まるのだろう。
しかし、俺の作品は違う。
新しい話を投稿しても、静かなものである。
「くそー! 王道ラブコメなのに、どうして誰も読んでくれないんだ!」
俺は椅子の背もたれに身体を預けた。
やっぱり、タイトルが悪いのだろうか。
それとも、あらすじ?
キャッチコピー?
更新時間?
考えれば考えるほど、改善すべきところが見つかってしまう。
「……難しいな、ネット小説って」
面白い作品を書けば、自然と読者が集まる。
昔の俺は、そんなふうに考えていた。
でも、現実はそう甘くない。
まずは作品を見つけてもらわなければ、読んでもらうことすらできないのだ。
「……まあ、いいか」
俺は小さく息を吐いた。
「とりあえず、この作品だけは最後まで書こう」
途中で投げ出したくない。
せっかく生まれた主人公とヒロインなのだ。
二人の物語を、ちゃんと最後まで描いてやりたい。
そのときだった。
ピコンッ。
「……おっ!」
新着コメント、一件。
俺は勢いよく身体を起こした。
表示されたユーザー名は――。
『アイドルA』
「アイドルAさあああん!」
思わず両手を天井へ突き上げる。
来た!
俺の心の支え!
我が作品の救世主!
毎回欠かさず感想を送ってくれる、ありがたすぎる読者様である!
早速、コメントを確認する。
『今回も素晴らしいお話でした。主人公とヒロインが同じ部活で過ごす展開、とても素敵ですわ。私も、こんなふうに誰かと一緒に夢を追いかけてみたいです』
「うおおおっ! わかってくれるか、アイドルAさん!」
俺は感動のあまり、椅子から立ち上がった。
やはり、王道は正義だ。
部活動は青春の象徴。
そこで生まれる友情や恋愛は、何物にも代えがたい。
「……ん?」
すると、続けてもう一件のコメントが届いた。
『ところで、桜先生は何か部活動をされているのでしょうか? もし文芸部があったら、きっと楽しいでしょうね』
「部活、か……」
俺は腕を組んだ。
残念ながら、俺は帰宅部である。
入学してからというもの、放課後はすぐに帰宅して小説を書いていた。
別に、友達が欲しくないわけではない。
ただ、小説を書く時間を優先していたら、いつの間にか一人で過ごすことが当たり前になっていたのだ。
「……文芸部、いいなあ」
もし、そんな部活があったら。
同じように小説が好きな仲間と出会えるかもしれない。
互いの原稿を読み合ったり、好きな作品について語り合ったり。
何より、自分の書いた小説を直接読んでもらえる。
「……めちゃくちゃ楽しそうじゃないか」
俺は思わず笑みを浮かべた。
しかし、残念なことに、うちの学校には文芸部がない。
以前、部活動一覧を確認したときにも、その名前は見当たらなかった。
「まあ、ないものは仕方ないよな」
俺はコメント欄に返信を書き込む。
『残念ながら帰宅部です! でも、文芸部には憧れています。いつか同じ趣味の仲間と小説を書いてみたいですね!』
送信。
「よし。明日も頑張るか!」
俺はパソコンの電源を落とした。
明日は学校。
そして、帰宅したら執筆だ。
いつかプロの小説家になるために、一文字ずつ積み重ねていこう。
「……いい出会いがありますように」
そんな願いを呟いて、俺は布団に潜り込んだ。
まさか翌日、その願いが思いもよらない形で叶うとは、夢にも思わなかった。
◇ ◇ ◇
翌日の放課後。
「……青春って、なんだろうな」
俺は教室の窓際で、そんなことを呟いていた。
窓の外からは、運動部の掛け声が聞こえてくる。
グラウンドではサッカー部が走り回り、体育館からはバスケットボールの音が響いていた。
教室の中でも、生徒たちが楽しそうに談笑している。
「今日の部活、何時からだっけ?」
「文化祭の準備、手伝ってくれよ!」
「帰りにコンビニ寄ろうぜ!」
みんな、楽しそうだ。
友達がいて、仲間がいて、放課後を一緒に過ごす相手がいる。
対する俺はどうだ。
帰宅。
夕食。
執筆。
就寝。
以上!
「……いや、寂しすぎないか?」
俺は頭を抱えた。
小説を書くことは好きだ。
もちろん、今の生活が嫌いなわけでもない。
でも、昨日書いた部活動のシーンを思い出すと、少しだけ羨ましくなる。
「……よし!」
俺は勢いよく立ち上がった。
「部活に入ろう!」
そうだ。
青春は待っていても始まらない。
自分から行動しなければならないのだ!
突然立ち上がった俺を、近くのクラスメイトが不思議そうに見つめる。
しかし、気にしない。
俺は今、人生を変える決意をしたのである!
「まずは部活動一覧をもう一度確認して――」
勢いよく教室の扉を開けた。
その瞬間。
「きゃっ!」
「うわっ!」
誰かとぶつかってしまった。
「す、すみません!」
慌てて顔を上げる。
そこにいたのは――。
「……九条先輩!?」
「あら、桜庭くん」
艶やかな黒髪。
整った顔立ち。
そして、どこか上品な微笑み。
間違いない。
先日、雨の日に相合傘をしてくれた、九条栞先輩だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ええ。大丈夫ですよ」
先輩は少し驚いた様子だったが、すぐに微笑んだ。
「でも、廊下では気をつけてくださいね」
「はい! 本当にすみません!」
俺は深々と頭を下げた。
危ない危ない。
危うく学校一の美少女に怪我をさせるところだった。
「ふふっ。そんなに謝らなくても大丈夫です」
九条先輩は優しく笑った。
そして、何かを思い出したように口を開く。
「そういえば、桜庭くん」
「はい?」
「あなた、小説を書くのが好きでしたよね?」
「えっ? あ、はい!」
覚えていてくれたのか。
あの日、帰り道で少し話しただけなのに。
さすが生徒会長。
生徒一人ひとりのことを、ちゃんと覚えているらしい。
「実は、あなたにお知らせしたいことがあるんです」
「お知らせ、ですか?」
「ええ」
九条先輩は、胸の前で両手を合わせた。
「このたび、学校で新しい文化活動の企画が始まることになりました」
「文化活動?」
「はい。創作活動に興味がある生徒を支援するための取り組みです」
先輩は嬉しそうに微笑んだ。
「その一環として、文芸部を新しく設立する準備を進めているんですよ」
「…………へ?」
文芸部?
今、文芸部って言った?
「ぶ、文芸部ですか!?」
「ええ。小説や詩、エッセイなどを自由に書いて、互いの作品を読み合う部活動です」
「マジですか!?」
「ふふっ。本当ですよ」
俺は思わず拳を握りしめた。
なんという偶然!
昨日、文芸部に入りたいと思ったばかりなのに!
しかも、それを学校一の美少女が教えてくれるなんて!
これじゃ、まるで俺が書いたラブコメみたいじゃないか!
「ただ、正式な部として認められるには、顧問の先生や入部希望者を集める必要があります」
「あ、なるほど……」
「でも、活動を始めるための教室は確保できそうなんです」
九条先輩は、俺をまっすぐ見つめた。
「桜庭くん。よろしければ、参加してみませんか?」
「…………」
俺は一瞬、言葉を失った。
文芸部。
同じ趣味の仲間。
放課後の創作活動。
昨日まで、俺の頭の中にしかなかった青春が、目の前に差し出されている。
「……いいんですか?」
「もちろんです」
「俺、まだ全然人気のないWeb作家ですけど……」
「人気なんて、関係ありませんよ」
先輩は優しく微笑んだ。
「大切なのは、あなたが小説を書くことを好きだという気持ちです」
「……っ!」
その言葉が、胸に響いた。
俺は、いつもPV数ばかり気にしている。
読者が増えないことに落ち込んで、才能がないのかもしれないと悩むこともある。
でも。
小説を書くことが好きだという気持ちだけは、誰にも負けたくない。
「……はい!」
俺は大きく頷いた。
「俺、参加したいです!」
「まあ!」
九条先輩の表情が、ぱっと明るくなった。
「嬉しいです。きっと楽しい活動になりますよ」
「はい! よろしくお願いします!」
「では、活動予定の教室へご案内しますね」
先輩はそう言って、廊下を歩き始めた。
俺も慌てて、その後を追いかける。
窓から差し込む夕日が、先輩の黒髪を美しく照らしていた。
その後ろ姿を見ながら、俺は思う。
昨日、小説に書いたばかりの部活動。
そして今日、突然始まった文芸部への参加。
こんな偶然があるのだろうか。
「……いやあ、人生って面白いな」
思わず笑みがこぼれた。
もしかしたら、俺の高校生活にも、ようやく青春が訪れたのかもしれない。
しかも、そのきっかけをくれたのは、あの九条栞先輩だ。
俺は期待に胸を膨らませながら、先輩の隣を歩いた。
こうして、俺の新しい放課後が始まったのだった。
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