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俺が書いたラブコメが現実になっている件について、完璧な生徒会長は何も知らないふりをする  作者: ウイング神風


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俺の唯一の読者『アイドルA』の正体が、完璧な生徒会長だった件

 書籍化が決定してからも、俺の日常はそれほど変わらなかった。


 放課後になれば、文芸部室へ向かう。


 いつもの席に座り、ノートパソコンを開く。


 そして、ひたすら原稿を書く。


 ……いや、正確には少し変わった。


 今まで好き勝手に書いていた小説が、出版社の編集者と相談しながら進める仕事になったのだ。


 書籍化に向けた原稿の修正。


 キャラクター設定の整理。


 今後のスケジュール確認。


 やることは山ほどある。


「……小説家って、大変なんだなあ」


 俺は、椅子の背もたれに体を預けた。


 もちろん、嬉しい悲鳴だ。


 ずっと憧れていた世界に、ようやく足を踏み入れたのだから。


 けれど。


「……九条先輩、今日もいないのか」


 俺は、向かい側の空席を見つめた。


 九条栞先輩。


 文芸部を作り、俺の夢を応援してくれた人。


 いつもなら、俺より先に部室へ来ているはずだった。


 けれど、ここ数日、先輩の姿を見かけていない。


 どうやら、体調を崩して学校を休んでいるらしい。


「……大丈夫かな」


 俺は、小さく呟いた。


 最後に会った日のことを思い出す。


 先輩は、いつになく取り乱していた。


 俺の小説に登場する、最初のヒロイン。


 その別れについて、何度も問いかけてきた。


『……私じゃ、ヒロインになれないの?』


 あの言葉が、今も頭から離れない。


 先輩は、どうしてあんなことを言ったのだろう。


 単純に、最初のヒロインが好きだったのだろうか。


 それとも。


「……いや、考えすぎか」


 俺は、首を振った。


 九条先輩は、誰にでも優しい人だ。


 きっと、登場人物に深く感情移入してくれたのだろう。


 そう思いたかった。


 けれど、あの日の先輩の表情だけは、どうしても忘れられなかった。


     ◇ ◇ ◇


「……さて、今日の感想は」


 俺は、気持ちを切り替えて小説投稿サイトを開いた。


 書籍化決定の発表から、数日が経っている。


 活動報告には、今も祝福のコメントが届いていた。


『書籍化、おめでとうございます!』


『発売日が楽しみです!』


『桜先生、応援しています!』


「……ありがたいなあ」


 俺は、自然と笑みを浮かべた。


 少し前まで、PVが一つ増えただけで大騒ぎしていた。


 それなのに、今ではこんなにも多くの人が俺の小説を読んでくれている。


 夢みたいな話だ。


 けれど。


「…………」


 俺は、コメント欄をゆっくりとスクロールした。


 探している名前があった。


『アイドルA』


 俺の最初の読者。


 誰にも読まれなかったころから、毎回のように感想を送ってくれた人。


 俺が小説を書き続けられた理由の一つだった。


 しかし。


「……やっぱり、いないか」


 俺は、小さくため息をついた。


 アイドルAさんの最後のコメントは、文化祭のエピソードだった。


 主人公とヒロインが、幸せそうに笑い合っていた回。


 その次の、別れのエピソードから、彼女は姿を消してしまった。


「……そんなに、嫌だったのかな」


 俺は、ぽつりと呟いた。


 最初のヒロインを好きだった読者にとって、あの展開は受け入れがたかったのかもしれない。


 それは、わかる。


 けれど。


「……一言くらい、伝えたかったな」


 書籍化が決まったこと。


 夢に一歩近づけたこと。


 そして。


 あなたのおかげで、ここまで来られました。


 その感謝を、どうしても伝えたかった。


「……でも、名前も知らない相手だもんなあ」


 俺は、頭を抱えた。


 アイドルAさんについて、知っていることはほとんどない。


 年齢も、性別も、住んでいる場所も。


 わかるのは、俺の小説を熱心に読んでくれていたということだけ。


 そんな相手に、どうやってお礼を伝えればいいのだろう。


「……うーん」


 俺は、椅子の上で唸った。


 活動報告に書いてみる?


 いや、読んでくれるとは限らない。


 過去のコメントに返信する?


 それも、気づいてもらえるかわからない。


「……難しいなあ」


 小説の展開なら、いくらでも考えられるのに。


 現実の問題となると、まるで答えが出てこない。


 そんなことを考えていた、そのときだった。


 コンコン。


「……ん?」


 部室の扉がノックされた。


「……どうぞ!」


 俺が返事をすると、扉が静かに開いた。


 そこに立っていたのは。


「……立花副会長?」


 生徒会副会長、立花理央先輩だった。


 編み込んだ髪。


 整った制服。


 そして、どこか冷静な雰囲気。


 九条先輩とは、また違った意味で近寄りがたい人である。


「……桜庭悠馬くんね」


「……は、はい!」


 俺は、思わず背筋を伸ばした。


「……私のことは知っているのね」


「……もちろんです! 生徒会副会長ですから!」


「……そう」


 立花先輩は、短く答えた。


 そして。


「……はあ」


 大きくため息をついた。


「…………」


 え?


 何?


 俺、何かした?


 もしかして、文芸部の活動で問題でも起こしたのだろうか。


 いや、待て。


 俺は、毎日小説を書いているだけだぞ?


 それなのに、なぜため息をつかれるのだろう。


「……あの、何かご用でしょうか?」


 俺が恐る恐る尋ねると。


「……ついてきて」


 立花先輩は、それだけ言った。


「……え?」


「……話があるの」


「……ここじゃ駄目ですか?」


「……駄目」


 即答だった。


「……いいから、来て」


「……は、はい!」


 俺は、慌ててパソコンを閉じた。


 そして、立花先輩のあとを追いかける。


 ……一体、何が始まるんだ?


     ◇ ◇ ◇


 立花先輩は、無言で廊下を歩いていく。


 俺も、その後ろについていった。


 途中、何度か話しかけようとした。


 けれど、先輩の表情を見て、言葉を飲み込んだ。


 どうやら、冗談を言える雰囲気ではないらしい。


「……あの」


 それでも、俺は勇気を出した。


「……九条先輩のこと、何か知っていますか?」


 立花先輩の足が、わずかに止まった。


「……会長のこと?」


「……はい」


「……どうして?」


「……最近、学校を休んでいるみたいなので」


 俺は、正直に答えた。


「……心配なんです」


「…………」


 立花先輩は、しばらく黙っていた。


 そして、静かに呟いた。


「……そう」


 その声には、どこか複雑な響きがあった。


「……桜庭くん」


「……はい?」


「……あなたは、会長のことをどう思っているの?」


「……え?」


 突然の質問に、俺は目を瞬かせた。


「……どうって」


 九条先輩は、俺にとって大切な人だ。


 文芸部を作ってくれた恩人。


 夢を応援してくれた先輩。


 そして、一緒に過ごす時間が楽しい人。


「……すごく、お世話になっている先輩です」


 俺は、そう答えた。


 立花先輩は、少しだけ目を伏せた。


「……そうなのね」


 それ以上、何も言わなかった。


 ただ、再び歩き始めた。


     ◇ ◇ ◇


「……ここよ」


 やがて、立花先輩が足を止めた。


 目の前にあるのは、生徒会室。


「……え?」


 俺は、思わず声を上げた。


「……生徒会室、ですか?」


「……そう」


 立花先輩は、扉を開いた。


「……入って」


「……は、はい」


 俺は、恐る恐る中へ入った。


 部屋には、いくつもの机が並んでいる。


 書類棚。


 ホワイトボード。


 壁に貼られた学校行事の予定表。


 いかにも、生徒会の仕事場という雰囲気だった。


 しかし。


 今日は、誰もいなかった。


「……他の役員さんは?」


「……今日は、先に帰ってもらったわ」


「……え?」


 俺は、首を傾げた。


 わざわざ、人払いまでしたというのか。


 いったい、何の話なのだろう。


 立花先輩は、部屋の奥にあるパソコンを指さした。


「……あれを開いて」


「……パソコン、ですか?」


「……ええ」


「……でも、生徒会の備品ですよね?」


「……あなた、以前にも使ったことがあるでしょう?」


「……っ!」


 俺は、思わず固まった。


 ……ば、ばれている!


 以前、九条先輩に許可をもらって、生徒会室のパソコンから小説投稿サイトにアクセスしたことがあった。


 まさか、そのことを知られていたなんて。


「……な、なぜ、それを?」


 俺が尋ねると。


「……ブラウザーの履歴を見れば、わかるわ」


 立花先輩は、呆れたように答えた。


「……あ」


 俺は、思わず頭を抱えた。


 ……そうだった!


 履歴!


 完全に忘れていた!


「……俺、何て迂闊なんだ」


「……今は、そんな話をしている場合じゃないの」


 立花先輩は、真剣な表情で言った。


「……とにかく、開いて」


「……わかりました」


 俺は、パソコンの前に座った。


 電源は、すでに入っている。


 画面のロックも解除されていた。


「……ブラウザーを開いて」


 言われた通りに操作する。


 すると。


 画面に、小説投稿サイトが表示された。


「……あれ?」


 俺は、首を傾げた。


 見慣れたサイトだった。


 毎日のように利用している場所。


 俺の小説が投稿されているサイト。


 しかし。


 表示されているのは、俺のアカウントではなかった。


「…………」


 俺は、画面を見つめた。


 右上に表示されたユーザー名。


 そこには、見覚えのある文字が並んでいた。


『アイドルA』


「…………え?」


 俺は、息を呑んだ。


 アイドルA。


 俺の最初の読者。


 誰にも読まれなかったころから、ずっと応援してくれた人。


 そのアカウントが、今、目の前に表示されている。


「……あ、アイドルAさん?」


 俺は、思わず呟いた。


 どうして?


 なぜ、生徒会室のパソコンに?


 偶然だろうか。


 誰かが、たまたまログインしたままにしていたのだろうか。


 俺は、混乱しながら立花先輩を振り返った。


「……あの、これって」


 立花先輩は、静かに頷いた。


「……そうよ」


「……え?」


「……あなたが、ずっと探していた人」


 その声は、驚くほど落ち着いていた。


「……アイドルAの正体を、教えてあげる」


 俺は、言葉を失った。


 心臓が、どくんと跳ねる。


 立花先輩は、まっすぐに俺を見つめた。


 そして。


「……九条栞よ」


「…………」


「……九条栞が、アイドルAなの」


 その瞬間。


 俺の頭の中が、真っ白になった。


 九条先輩。


 アイドルA。


 その二つの名前が、頭の中で何度も繰り返される。


「…………え?」


 俺は、ようやく声を絞り出した。


「……九条先輩が?」


 立花先輩は、静かに頷いた。


「……そう」


 俺は、もう一度画面を見つめた。


『アイドルA』


 あの、懐かしい名前。


 ずっと探していた読者。


 書籍化の報告を、誰よりも伝えたかった人。


 その正体が。


 いつも俺の隣で笑っていた、九条栞先輩だったなんて。


「…………嘘、だろ」


 俺は、呆然と呟いた。


 けれど。


 立花先輩の表情は、少しも変わらなかった。


 まるで、ずっと前から知っていた事実を、ようやく口にしたかのように。


 俺は、何も言えなかった。


 ただ、画面に表示された名前を見つめ続けていた。


 そして。


 今まで九条先輩と過ごした時間が、頭の中で一つずつ蘇ってきた。


 相合傘。


 文芸部。


 休日のデート。


 文化祭。


 そして、あの日の言葉。


『……私じゃ、ヒロインになれないの?』


「…………」


 俺は、ゆっくりと顔を上げた。


 何かが、繋がり始めていた。


 けれど。


 その先にある答えを、俺はまだ知らなかった。

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