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俺が書いたラブコメが現実になっている件について、完璧な生徒会長は何も知らないふりをする  作者: ウイング神風


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15/17

完璧な生徒会長は、作家先生のスランプを許さない

『いつも読んでくださってありがとうございます。次回の展開をじっくり考えたいため、しばらく更新をお休みします。楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、必ず続きを書きますので、少しだけお待ちください』


 九条栞は、スマートフォンの画面を見つめていた。


 そこに表示されているのは、彼女が毎日欠かさず読んでいるWeb小説。


『俺の人生はラブコメ展開らしい』


 作者は、桜。


 そして、その正体は――桜庭悠馬。


「……更新、お休み?」


 栞は、小さく首を傾げた。


 いつもなら、最新話を読み終えると、自然に笑顔になれる。


 どれほど疲れていても、彼の物語を読むだけで心が温かくなる。


 それが、彼女にとって何よりも大切な時間だった。


 けれど、今日は違った。


「……どうしたのかしら」


 画面をスクロールする。


 もう一度、あとがきを読む。


 そして、もう一度。


 何度読み返しても、書かれている内容は変わらない。


 しばらく、更新を休む。


 たったそれだけのことだった。


 作家が休むことなど、珍しくない。


 むしろ、無理をして書き続けるより、休息を取るほうがいい場合もある。


 栞にも、それは理解できた。


 理解できた、はずだった。


「……でも」


 彼女は、唇を小さく結んだ。


「……桜庭くんは、あんなに楽しそうだったのに」


 先日のデートを思い出す。


 映画を観て、カレーを食べて、街を歩いた。


 彼は、何度も笑っていた。


 小説のアイデアが浮かんだと、嬉しそうに話していた。


 あの笑顔に、嘘はなかったはずだ。


 それなのに。


 どうして、続きを書けなくなってしまったのだろう。


     ◇ ◇ ◇


「……何か、困っているのかしら」


 栞は、机の上に置かれた別の端末へ視線を向けた。


 そこには、彼女だけが知る記録が残されていた。


 桜庭悠馬の行動。


 彼が口にした言葉。


 そして、本人の知らないところで集められた情報。


 栞は、しばらく迷ったあと、記録の一つを開いた。


 彼の鞄に仕込んだ盗聴器から得られた音声だった。


 もちろん、許可など取っていない。


 それが、してはいけない行為だということも知っていた。


 けれど、栞は自分に言い聞かせていた。


(……桜庭くんが困ったとき、すぐ助けられるように)


 それは、彼女が自分自身に与えた理由だった。


 再生すると、少年の声が聞こえてきた。


『……駄目だ! 何も思いつかない!』


 栞の指が止まる。


『くそっ……文化祭のあと、どうすればいいんだよ!』


「……桜庭くん?」


『スランプだああああ!』


 栞は、目を見開いた。


「……スランプ」


 その言葉を、ゆっくりと繰り返す。


 創作者なら、誰もが一度は経験する壁。


 書きたいのに、書けない。


 伝えたいものがあるのに、言葉にならない。


 次の一文が、どうしても浮かんでこない。


 栞は、その苦しさを想像した。


 そして、胸が締めつけられるような気がした。


「……そんな」


 彼が、苦しんでいる。


 あんなに楽しそうに物語を語っていた人が。


 誰かを笑顔にする小説を書きたいと、目を輝かせていた人が。


 今、一人で悩んでいる。


「……どうして、私に相談してくれないのかしら」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 けれど、すぐに首を振る。


 違う。


 彼が悪いわけではない。


 桜庭悠馬は、きっと優しいのだ。


 自分の悩みで、誰かを困らせたくないのだろう。


 ならば。


「……私が、気づいてあげないと」


 栞は、静かに立ち上がった。


     ◇ ◇ ◇


 生徒会長として、九条栞は数え切れないほどの問題を解決してきた。


 予算不足。


 行事の準備。


 部活動同士の対立。


 教師と生徒の意見の食い違い。


 どんな問題にも、原因がある。


 原因を見つければ、解決策を考えられる。


 彼女は、そう信じていた。


「……まずは、原因を考えましょう」


 栞は、ノートを開いた。


 桜庭悠馬が小説を書けなくなった理由。


 一つ目。


 執筆環境の問題。


 文芸部には、必要な設備を揃えた。


 パソコンも、資料も、参考になる小説も用意した。


 しかし、それだけでは足りなかったのかもしれない。


「……本を読むだけでは、経験できないこともありますものね」


 二つ目。


 創作のための刺激が不足していること。


 彼の小説には、実際に体験した出来事が反映されている。


 相合傘。


 放課後の部活動。


 休日のデート。


 そして、文化祭。


 栞は、最新話を開いた。


 そこには、恋人同士になった主人公とヒロインが、文化祭を楽しむ姿が描かれていた。


 チョコバナナ。


 たこ焼き。


 お化け屋敷。


 夕暮れの校舎。


 どれも、ありふれた学園ラブコメのイベントだった。


 しかし、栞には、その一つ一つが宝物のように思えた。


「……素敵」


 彼女は、微笑んだ。


「……こんな文化祭を、過ごしてみたいですわ」


 そこで、ふと気づく。


「……そうだわ」


 来週には、学校の文化祭がある。


 しかも、桜庭悠馬とは一緒に回る約束をしている。


 ならば。


「……物語と同じ体験をすれば、きっと新しいアイデアが浮かぶはず」


 栞の瞳が、輝いた。


 彼が書けないのなら、書けるようになるまで支えてあげればいい。


 彼が物語の続きを見つけられないのなら、そのきっかけを用意してあげればいい。


 それは、とても簡単なことのように思えた。


     ◇ ◇ ◇


「……まずは、模擬店ですね」


 栞は、文化祭の企画書を机に広げた。


 各クラスの出店内容。


 配置図。


 当日の運営予定。


 すべて、彼女が把握している情報だった。


 チョコバナナ。


 たこ焼き。


 焼きそば。


 綿あめ。


 小説に登場した模擬店を、順番に確認していく。


「……あら」


 栞は、少しだけ眉を寄せた。


 小説では、チョコバナナの次にたこ焼きを買っていた。


 しかし、実際の配置では、二つの模擬店が離れている。


 それでは、物語と同じ順番で回ることが難しい。


「……少し、不便ですね」


 彼女は、配置図を見つめた。


 もちろん、文化祭は全校生徒のための行事だ。


 特定の一人に合わせて変更するものではない。


 それは、生徒会長である栞自身が、誰よりも理解していることだった。


 けれど。


「……ほんの少し、調整するだけですもの」


 栞は、赤いペンを手に取った。


 企画書に、小さな印をつける。


 チョコバナナ。


 たこ焼き。


 焼きそば。


 綿あめ。


 そして、お化け屋敷。


 彼が書いた順番で、すべて回れるように。


 彼が思い描いた文化祭を、現実でも体験できるように。


「……ふふっ」


 自然と笑みが漏れた。


 桜庭悠馬は、きっと喜んでくれる。


 彼が楽しそうに笑う姿が、目に浮かんだ。


 その想像だけで、栞の胸は温かくなった。


「……次は、夕暮れの校舎ですね」


 彼女は、最新話の最後を読み返した。


 文化祭の終わり。


 人の少ない廊下。


 夕日が差し込む窓辺。


 主人公とヒロインが、そっと手を握り合う。


 そして、来年も一緒に回ろうと約束する。


「……来年も」


 栞は、その言葉を繰り返した。


 来年。


 再来年。


 卒業したあとも。


 できることなら、ずっと。


「……私も、そう思ってもらえるかしら」


 小さな呟きが、静かな部屋に溶けていく。


 彼の物語では、主人公とヒロインは恋人同士になった。


 けれど、現実の自分たちは違う。


 彼は、まだ自分を先輩として見ている。


 尊敬してくれている。


 頼ってくれている。


 しかし、それだけだ。


「……ふふっ」


 栞は、少し寂しそうに笑った。


「……焦ってはいけませんね」


 彼の夢が、何よりも大切なのだから。


 まずは、彼がもう一度、楽しそうに小説を書けるようになること。


 自分の気持ちは、そのあとでいい。


 そう考えた。


 そう考えた、はずだった。


     ◇ ◇ ◇


 夜が更けていく。


 机の上には、文化祭の資料が積み重なっていた。


 栞は、その中から一枚の写真を取り出した。


 桜庭悠馬の横顔。


 放課後、彼が夢中になって小説を書いている姿を、本人に知らせず撮影したものだった。


「……桜庭くん」


 栞は、写真を見つめた。


「……あなたは、本当に不思議な人ですね」


 完璧な成績もない。


 特別な肩書もない。


 誰もが認める才能があるわけでもない。


 それでも、彼は物語を書いている。


 誰かを笑顔にしたいと願いながら。


 何度失敗しても、夢を諦めずに。


 そんな彼が、栞には眩しかった。


「……私は、あなたに恋をしています」


 静かな声だった。


「そして、あなたの物語にも、恋をしているんです」


 彼の笑顔が好きだった。


 彼が書く文章が好きだった。


 彼が夢を語るときの、真剣な眼差しが好きだった。


 だからこそ。


 彼が苦しんでいるのを、見過ごすことはできなかった。


「……大丈夫ですよ」


 栞は、写真をそっと机に戻した。


「私が、何とかしますから」


 文化祭を、最高の一日にしよう。


 彼が思い描いた物語を、現実にしてあげよう。


 そうすれば、きっと。


 彼は、また続きを書けるようになる。


 また、楽しそうに笑ってくれる。


「……待っていてくださいね、桜庭くん」


 栞は、文化祭の配置図に視線を戻した。


 その中央には、赤いペンで一本の線が引かれている。


 彼女と悠馬が歩く予定の道筋。


 まるで、小説の登場人物たちが進む物語のように。


「……あなたの物語は、まだ終わらせません」


 栞は、穏やかに微笑んだ。


 彼が望む未来を、作ってあげたい。


 その願いは、確かに愛情から生まれたものだった。


 けれど。


 彼自身が、どんな未来を選びたいのか。


 その答えを、栞はまだ聞いていなかった。


 それでも、彼女のペンは止まらない。


 九条栞にとって、愛する人の幸せとは、守るべき約束だった。


 たとえ、その約束を交わしたのが、自分一人だけだったとしても。

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