底辺作家の俺、文化祭デートを書いたらスランプになりました
「……よし! 今回は文化祭デートだ!」
俺、桜庭悠馬は、自室のパソコンに向かって拳を握りしめた。
現在執筆しているのは、俺のWeb小説。
『俺の人生はラブコメ展開らしい』
前回の更新では、主人公とヒロインがついに恋人同士になった。
長かった。
実に長かった。
相合傘から始まり、放課後の部活動、膝枕、そして休日デート。
数々のイベントを乗り越え、ようやく二人の想いが通じ合ったのだ。
ならば、次に描くべきものは何か。
決まっている。
「……恋人同士になって初めての文化祭!」
これしかない!
しかも、現実の学校でも文化祭が近づいている。
これはもう、神様が俺に与えてくれた創作のチャンスではないだろうか。
「……ふふふ。待ってろよ、読者諸君!」
……まあ、読者は一人しかいないんだけど。
それでも、読者は読者だ。
アイドルAさん。
いつも感想を送ってくれる、俺にとって大切な読者。
あの人を楽しませるためにも、最高の文化祭デートを書いてやる!
「……よっしゃ! 執筆開始!」
カタカタカタカタ。
俺は、勢いよくキーボードを叩き始めた。
◇ ◇ ◇
文化祭。
それは、学園ラブコメにおける最大級のイベントである。
教室を飾り付ける生徒たち。
廊下に並ぶ模擬店。
普段とは違う、賑やかな校舎。
そして、恋人同士になった主人公とヒロイン。
「……くううっ! 最高じゃないか!」
俺は、思わず声を上げた。
まずは、二人で文化祭を回る場面から始めよう。
主人公がヒロインを迎えに行く。
ヒロインは、いつもとは違う服装で現れる。
そして、少し照れながら言うのだ。
『……今日は、一緒に楽しみましょうね』
「……いい! すごくいい!」
俺は、自分で書いた台詞に感動した。
続いて、模擬店巡り。
チョコバナナ。
たこ焼き。
焼きそば。
綿あめ。
文化祭といえば、やっぱり食べ歩きだろう。
主人公がチョコバナナを買う。
すると、ヒロインが興味深そうに覗き込む。
『……一口、いただいてもいいですか?』
主人公は、何も考えずに差し出す。
そして、ヒロインが一口。
『……ふふっ。甘くて美味しいですね』
その瞬間、主人公は気づく。
……これって、間接キスじゃないか!?
「……ぐはっ!」
俺は、思わず机を叩いた。
最高だ。
最高すぎる。
王道の間接キスイベント!
こんな展開を思いつくなんて、俺は天才かもしれない!
「……いや、天才だ! 俺は天才だ!」
誰もいない部屋で、自分を褒め称える。
もちろん、現実の俺がそんなことをできるかと言われれば、答えはノーだ。
九条先輩と間接キス?
そんなことになったら、心臓が止まりそうになる。
しかし、小説の主人公は違う。
彼は、俺よりもずっと勇敢なのだ!
「……よし。次は、お化け屋敷だ!」
俺は、再びキーボードを叩いた。
暗い教室。
不気味な音楽。
突然現れる、お化け役の生徒。
驚いたヒロインが、主人公の腕にしがみつく。
『……こ、怖いです』
『大丈夫。俺がついている』
……くううっ!
これだ!
これぞ、学園ラブコメ!
さらに、主人公がヒロインを守ろうとする。
しかし、今度は主人公のほうが驚いてしまう。
ヒロインは、そんな彼を見て笑う。
『……ふふっ。あなたも怖かったんですね』
『う、うるさい!』
……いい。
実にいい。
完璧なヒロインが、主人公の前では普通の女の子になる。
そんな関係性こそ、俺が描きたいラブコメなのだ。
「……よし。最後は、夕暮れの校舎だ!」
俺は、さらに文章を書き進めた。
文化祭が終わりに近づく。
賑やかだった校舎が、少しずつ静かになっていく。
二人は、人の少ない廊下を歩く。
夕日が窓から差し込み、ヒロインの横顔を照らす。
『……今日は、楽しかったですね』
『ああ。俺も楽しかった』
主人公が、そっとヒロインの手を握る。
ヒロインも、その手を握り返す。
そして――。
『……来年も、一緒に回りたいです』
『もちろんだ』
……よし!
これで完璧だ!
「……うおおおお! 最高の文化祭回が完成したあああ!」
俺は、椅子の上で大きく伸びをした。
……いやあ。
やっぱり、ラブコメは最高だぜ!
◇ ◇ ◇
「……さて」
俺は、完成した原稿を読み返した。
チョコバナナ。
たこ焼き。
お化け屋敷。
夕暮れの校舎。
どれも、俺が書きたかったイベントばかりだ。
主人公とヒロインの距離も、以前よりずっと近づいている。
恋人同士になった二人が、初めて文化祭を楽しむ。
その幸福感が、文章から伝わってくる。
「……うん。いい出来だ!」
俺は、満足そうに頷いた。
そして、次の話を書こうとした。
「……さて、次は……」
キーボードに指を置く。
「…………」
指が止まった。
「……あれ?」
次の展開。
文化祭の、そのあと。
二人は、どうなるのだろうか。
「……えっと」
俺は、画面を見つめた。
主人公とヒロインは、すでに恋人同士。
文化祭でも、十分に距離を縮めた。
お互いの気持ちも、確かめ合っている。
ならば、次は?
「……デート?」
いや、もう書いた。
「……手をつなぐ?」
それも書いた。
「……告白?」
もう付き合っている!
「……え、えっと……」
俺は、頭を抱えた。
……やばい。
何も思いつかない。
これまでの俺は、二人が付き合うまでの過程を書いてきた。
偶然の出会い。
すれ違い。
少しずつ縮まる距離。
そして、告白。
そこまでは、いくらでも想像できた。
けれど。
恋人同士になったあと、二人は何を目指せばいいのだろう。
「……わからん!」
俺は、天井を仰いだ。
付き合ったら、それで終わりなのか?
いや、そんなはずはない。
恋人になってからも、人生は続く。
楽しいことも、悲しいこともある。
喧嘩することだってあるだろう。
でも。
俺は、その先を知らない。
「……くそっ!」
俺は、唇を噛んだ。
これまで、ラブコメをたくさん読んできた。
何度も、理想の恋愛を想像してきた。
けれど、それはあくまでも物語の中の話だ。
現実の恋人同士が、どうやって関係を続けていくのか。
俺には、まだわからなかった。
「……やばい。これは、本格的にやばいぞ」
俺は、もう一度キーボードに指を置いた。
しかし。
「…………」
一文字も書けない。
頭の中が、真っ白だった。
「……なあああああああ!」
俺は、思わず叫んだ。
スランプだ!
完全にスランプだ!
あれほど勢いよく書けていたのに、突然、何も思いつかなくなってしまった!
「……どうする、俺!」
俺は、机に突っ伏した。
読者を待たせたくない。
せっかく、毎回読んでくれる人がいるのだ。
アイドルAさん。
あの人は、いつも俺の小説を楽しみにしてくれている。
だからこそ、適当な展開を書いて裏切りたくない。
「……でも、書けないんだよなあ」
俺は、深いため息をついた。
無理やり書こうと思えば、書けるかもしれない。
新しいライバルヒロインを登場させる。
突然、主人公とヒロインを喧嘩させる。
あるいは、何か大きな事件を起こす。
けれど。
「……それって、本当に俺が書きたい話なのか?」
俺は、自分に問いかけた。
読者を驚かせるためだけの展開。
物語を続けるためだけの事件。
そんなものを書いて、二人は幸せになれるのだろうか。
「……違うよな」
俺は、小さく呟いた。
俺が書きたいのは、誰かの心を温かくする物語だ。
読んだ人が、少しだけ明日を楽しみにできるような物語。
それなのに、今の俺は、続きを書くことばかり考えている。
「……駄目だ。いったん休もう」
俺は、パソコンの画面を見つめた。
そして、決心する。
「……更新延期のお知らせを出すか」
正直、気が重かった。
読者を待たせるのは、申し訳ない。
しかし、納得できないまま書き続けるよりは、ずっといいはずだ。
俺は、投稿サイトの編集画面を開いた。
そして、文化祭回のあとがきに文章を入力する。
『いつも読んでくださってありがとうございます。次回の展開をじっくり考えたいため、しばらく更新をお休みします。楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、必ず続きを書きますので、少しだけお待ちください』
……よし。
これでいい。
俺は、更新ボタンをクリックした。
「……ふう」
大きく息を吐く。
これで、しばらく時間ができた。
焦る必要はない。
現実の文化祭だって、もうすぐ始まる。
九条先輩と一緒に回る約束もしている。
きっと、そこで新しいアイデアが浮かぶはずだ。
「……そうだよな」
俺は、自分に言い聞かせた。
実際に体験してみなければ、わからないこともある。
今日までだって、そうだった。
相合傘。
部活動。
休日のデート。
九条先輩と過ごした時間が、俺の小説に新しい展開を与えてくれた。
ならば、文化祭もきっと同じだ。
「……よし! 文化祭を楽しもう!」
俺は、勢いよく立ち上がった。
そして、パソコンの電源を落とした。
今日は、もう書かない。
無理に考えたところで、いいアイデアは浮かばないだろう。
俺は、ベッドに潜り込んだ。
「……それにしても」
天井を見上げる。
主人公とヒロイン。
二人は、これからどうなるのだろう。
ずっと一緒にいるのだろうか。
それとも、いつか別れる日が来るのだろうか。
俺には、まだわからない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
「……幸せになってほしいな」
俺は、小さく呟いた。
自分が生み出した登場人物たちだ。
できることなら、笑顔でいてほしい。
たとえ、物語の結末がどうなったとしても。
彼らには、自分自身の幸せを見つけてほしかった。
「……まあ、明日考えるか」
俺は、目を閉じた。
そして、ゆっくりと眠りに落ちていった。
……そのとき。
俺は、まだ知らなかった。
たった一行の更新延期のお知らせが、誰かの心を大きく揺さぶっていることを。
そして。
俺が書けなくなった『物語の続き』を、現実の世界で誰かが完成させようとしていることを。
そんなこと、想像すらしていなかった。




