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俺が書いたラブコメが現実になっている件について、完璧な生徒会長は何も知らないふりをする  作者: ウイング神風


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11/20

完璧な生徒会長は、俺の好物まで知っている

 映画館を出るころには、時計の針は正午を回ろうとしていた。


 俺、桜庭悠馬は、九条栞先輩と並んで繁華街を歩いていた。


「いやあ、面白かったですね!」


「ええ。とても素敵な映画でした」


 先輩は満足そうに微笑んだ。


 今日観たのは、最近公開された恋愛映画。


 偶然出会った男女が、さまざまなすれ違いを乗り越えながら、お互いの気持ちに気づいていく物語だった。


 王道といえば王道。


 しかし、王道だからこそ面白い。


 特に、最後の告白シーンは素晴らしかった。


「やっぱり、恋愛映画って勉強になりますね!」


「……勉強、ですか?」


「はい! 主人公の心理描写とか、ヒロインの表情とか。小説を書く参考になります!」


「ふふっ。桜庭くんらしいですね」


 先輩は楽しそうに笑った。


「でも、私は少し違うところが印象に残りました」


「……違うところ?」


「ええ。最後のキスシーンです」


「……っ!?」


 俺は思わず足を止めた。


 キスシーン。


 確かにあった。


 映画の終盤。


 夕焼けの中で、主人公とヒロインが気持ちを確かめ合う、あの場面だ。


「……あ、あれですか」


「はい。とても綺麗でしたね」


「そ、そうですね……」


 俺は視線を逸らした。


 いや、映画としては素晴らしかった。


 それは認めよう。


 しかし、問題は隣に座っていた人物である。


 九条栞先輩。


 学校一の美少女。


 そんな人と、あの場面を一緒に観ていたのだ。


 正直、映画の内容よりも、自分の心臓の音のほうが気になっていた。


「……桜庭くん?」


「は、はい!」


「もしかして、照れています?」


「……そ、そんなことありません!」


「ふふっ。本当ですか?」


 先輩は、いたずらっぽく微笑んだ。


「では、もう少しお話ししても――」


「や、やめましょう! その話題は!」


 俺は慌てて両手を振った。


 これ以上は危険だ。


 俺の心臓が持たない。


「……ふふっ。わかりました」


 先輩は楽しそうに笑った。


 ……まったく。


 この人は、自分の破壊力を理解しているのだろうか。


     ◇ ◇ ◇


「……ところで、九条先輩」


「はい?」


「そろそろ、お昼ですね」


 俺は腕時計を確認した。


 時刻は十二時を少し過ぎたところ。


 映画館を出てから、ずいぶん歩いている。


 そろそろ、お腹も空いてきた。


「よかったら、どこかで昼食にしませんか?」


「ええ。そうしましょう」


 先輩は嬉しそうに頷いた。


「実は、行ってみたいお店があるんです」


「……おお! どんなお店ですか?」


「カレーのお店です」


「……カレー!」


 思わず声が大きくなった。


 カレー。


 それは、俺の大好物である。


 辛さと旨味が絶妙に混ざり合った、あの黄金色の料理。


 白いご飯との相性は、もはや説明不要。


 俺にとって、カレーは最高のご馳走なのだ。


「……桜庭くん、カレーはお好きでしょう?」


「はい! 大好きです!」


 俺は即答した。


 すると、先輩は満足そうに微笑んだ。


「ふふっ。よかったです」


「いやあ、嬉しいですね! 実は俺、カレーには目がないんですよ!」


「ええ。知っています」


「……え?」


 俺は、思わず首を傾げた。


 ……知っている?


 あれ?


 俺、九条先輩にカレーが好きだって話したこと、あったっけ?


「……あの、先輩」


「はい?」


「俺、カレーが好きだって、前に言いました?」


 先輩は一瞬だけ目を丸くした。


 そして、穏やかに微笑んだ。


「……ふふっ。桜庭くんは、カレーが好きそうだなと思ったんです」


「……なるほど!」


 俺は納得した。


 確かに、男子高校生といえばカレー。


 カレーを嫌いな男子なんて、そうそういないだろう。


 ……いや、もちろん人それぞれだけど。


「さすが九条先輩! 人を見る目がありますね!」


「……ありがとうございます」


 先輩は、嬉しそうに微笑んだ。


 その笑顔が、なぜか少しだけ意味深に見えた。


 ……まあ、気のせいだろう。


「では、ご案内しますね」


「はい! お願いします!」


 こうして、俺たちはカレー屋へ向かった。


     ◇ ◇ ◇


 大通りから一本外れた、静かな路地。


 そこには、木造のログハウスを思わせる小さなカフェがあった。


 入口には、手書きの看板。


『手作りカレーと珈琲の店』


「……おお!」


 俺は思わず声を上げた。


「いい雰囲気ですね!」


「ふふっ。気に入っていただけましたか?」


「はい! こういう隠れ家的なお店、大好きです!」


 木製の扉を開けると、カラン、と小さなベルが鳴った。


 店内には、香辛料のいい香りが漂っている。


 木のテーブル。


 温かみのある照明。


 壁には、古い映画のポスターや風景写真が飾られていた。


「いらっしゃいませ。二名様ですね」


「はい」


 店員さんに案内され、俺たちは窓際の席へ腰を下ろした。


 メニューを開く。


 そして――。


「……うおおお!」


 思わず目を輝かせた。


 ビーフカレー。


 チキンカレー。


 野菜カレー。


 エビフライカレー。


 さらに、期間限定のきのこカレーまである。


「……これは、悩む!」


「ふふっ。そんなに真剣に悩まなくても」


「いや、先輩。これは重大な問題です」


「……重大?」


「はい。カレー選びは、人生の選択と言っても過言ではありません!」


 俺が真顔で言うと、先輩は口元に手を当てた。


「……ふふふっ」


「……あれ?」


「ごめんなさい。桜庭くんが、あまりにも真剣だったので」


 先輩は楽しそうに笑った。


 ……しまった。


 つい、カレーへの情熱を語ってしまった。


「……それで、決まりましたか?」


「はい! 俺はビーフカレーにします!」


「まあ。王道ですね」


「ええ。やっぱり、最初は王道を味わいたいので!」


「……ふふっ。小説と同じですね」


「……あっ!」


 確かに。


 ラブコメでも、王道展開は大切だ。


 相合傘。


 放課後の部活動。


 そして、休日のデート。


 どれも使い古された展開かもしれない。


 でも、王道には王道の魅力がある。


「……さすが九条先輩。わかっていますね!」


「ふふっ。桜庭くんの考えることなら、少しはわかるつもりですよ」


 先輩は、優しく微笑んだ。


「……ちなみに、先輩は何にするんですか?」


「私は、エビフライカレーにします」


「……おお! いいですね!」


「ええ。エビフライが好きなんです」


「なるほど!」


 俺は、心の中でメモを取った。


 九条先輩の好物。


 エビフライ。


 ……よし、覚えたぞ。


 いつか、何かの役に立つかもしれない。


     ◇ ◇ ◇


 注文してから、しばらく。


 店内には、穏やかな時間が流れていた。


「……そういえば、桜庭くん」


「はい?」


「最近、小説の調子はいかがですか?」


「……うっ!」


 俺は思わず固まった。


「……な、なぜそれを?」


「ふふっ。気になっただけですよ」


「……そうですか」


 俺は、少しだけ肩を落とした。


「実は、あまり順調とは言えなくて……」


「……そうなんですか?」


「はい。PVも伸びないし、次の展開もなかなか思いつかないんです」


 先輩は、静かに耳を傾けてくれた。


「……でも、書くのは楽しいんですよ」


「……ええ」


「読んでくれる人は少ないですけど、感想をくれる人もいるので」


 俺は、自然と笑みを浮かべた。


「その人のためにも、もっと面白い小説を書きたいんです」


 すると、先輩は。


「……素敵ですね」


 そう言って、優しく微笑んだ。


「桜庭くんは、本当に小説が好きなんですね」


「……はい!」


 俺は、力強く頷いた。


「いつか、誰かの心に残る物語を書きたいんです」


「……きっと、叶いますよ」


「……え?」


「桜庭くんなら、きっと素敵な作家になれます」


 先輩は、まっすぐ俺を見つめた。


「私は、そう信じています」


 その言葉に、胸が熱くなった。


 ……ああ。


 やっぱり、この人はすごい。


 俺が自信を失いそうになるたびに、こうして励ましてくれる。


「……ありがとうございます、九条先輩」


「ふふっ。どういたしまして」


 そのときだった。


「お待たせしました!」


 店員さんが、料理を運んできた。


 目の前に置かれたのは、大きな皿に盛られたビーフカレー。


 柔らかそうな牛肉。


 艶やかなルー。


 そして、湯気とともに立ち上る香辛料の香り。


「……うおおお!」


 俺は思わず声を上げた。


「めちゃくちゃ美味しそう!」


「ふふっ。よかったですね」


 先輩の前には、エビフライカレー。


 大きなエビフライが二本、堂々と盛り付けられている。


「……先輩のも美味しそうですね!」


「ええ。とても」


 俺たちは、顔を見合わせた。


「それじゃあ――」


「はい」


「いただきます!」


「いただきます」


 俺はスプーンを手に取り、カレーを一口。


「……っ!」


 口いっぱいに、濃厚な旨味が広がった。


 最初に感じるのは、野菜の甘み。


 そのあとから、じんわりと香辛料の風味が追いかけてくる。


 牛肉も柔らかく、噛むたびに旨味が溢れ出す。


「……うっま!」


 思わず声が漏れた。


「九条先輩! これ、めちゃくちゃ美味しいですよ!」


「……ふふっ。そんなに喜んでいただけるなんて」


 先輩は、嬉しそうに微笑んだ。


「連れてきた甲斐がありました」


「本当にありがとうございます!」


 俺は、夢中になってカレーを食べ進めた。


 すると、先輩が小さく笑った。


「……桜庭くん」


「はい?」


「そんなに慌てなくても、カレーは逃げませんよ?」


「……あっ!」


 俺は、思わずスプーンを止めた。


 ……しまった。


 美味しすぎて、つい夢中になってしまった。


「……す、すみません」


「ふふっ。謝らなくてもいいですよ」


 先輩は、幸せそうに微笑んだ。


「……あなたが楽しそうにしていると、私まで嬉しくなります」


「……っ!」


 またしても、心臓に悪いことを!


 俺は、照れ隠しにカレーを一口食べた。


 ……ああ、もう。


 カレーは美味しい。


 九条先輩は綺麗。


 そして、今日は最高の休日だ。


 まるで、自分が書いたラブコメの主人公になったみたいだった。


 ……いや。


 もしかしたら、俺の人生そのものが、ラブコメなのかもしれない。


 そんな馬鹿げたことを考えながら、俺は再びスプーンを動かした。


 九条先輩が、俺の好物をどうして知っていたのか。


 その理由を、深く考えることもなく。


 ただただ、目の前の幸せな時間を楽しんでいたのだった。

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