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コミカライズ決定【3位】ヴェリタスの最終定理6 悪魔の慈愛  作者: 王璃月
●第21章:悪魔に侵食される日常

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証明5:悪魔が降臨するとき!

ウエストワールドの朝は、いつものように微かに漂う排気ガスの匂いで幕を開ける。しかし、今日のボーン探偵事務所の空気は、普段とは異なっていた。


「アレック、もー、いい加減に起きなさいよ。世界がひっくり返るような大ニュースを持ってきてあげたんだから」


事務所のソファを占領していたのは、油まみれの作業着を着崩した天才メカニックにして倫理局監査官、マキナ・バイタルだった。彼女の足元では、巨体のサイボーグであるガルドが寝そべり、マキナの工具による最終調整を受けている。ガルドはすっかりこの事務所に居着いてしまい、フィレモと共に探偵事務所の賑やかな日常の一部となっていた。


「……朝からうるさいな。世界がひっくり返るニュースなんて、この街じゃ三日に一度は起きるだろうが」


アレック・ボーンは、愛用のタバコ『サイレント・スモーク』を口にくわえながら、気怠げにベッドから身を起こした。フィレモが淹れてくれた熱いブラックコーヒーを受け取り、一口すする。


「今回ばかりは冗談じゃないわ。ついに見つけ出したのよ。行方不明になっていた、ウエストワールド警察のトップ……セイラン・イノセント代表をね……」


マキナの言葉に、アレックの目が鋭く光った。警察代表の失踪。それは、現在の代行であるルキアが実権を握るきっかけとなった大事件だ。


「見つけたって、どこでだ」


「場末の路地裏でゴミ箱を漁っていたところを、うちの局員が保護したのよ。でもね……彼はもう、警察のトップとして機能する状態じゃなかった。完全に、心神喪失よ」


マキナは工具を置き、真剣な表情でアレックを見た。


「セイラン代表は、虚空を見つめて、ひたすら同じ言葉を呟いているわ。『悪魔に、壊された』『恐ろしい悪魔が、私をバラバラに、した』ってね。……アレック。というわけで、私からの依頼よ。その『悪魔』を見つけ出してちょうだい」


アレックはコーヒーを吹き出しそうになった。


「冗談!……冗談キツイぜマキナ。ここはなあ、マキナ、魔力端末もろくに動かないような、魔法時代の今となっては『未開』とすら呼ばれるウエストワールドだぞ?悪魔なんて探しようがない」


「そこをなんとかするのが探偵でしょ?それに、この依頼を受けてくれるなら、今私がやっているガルドの最終調整……その莫大な部品代と技術料、全部タダにしてあげるわ。『一生分』でも」


「一生分!?……アレック、頼む!俺の身体のパーツの維持費は、実際のところ破産するくらい高いんだ!俺のためだと思って引き受けてくれ!」


寝そべっていたガルドが必死の形相で懇願してくる。フィレモも「ガルドさん、最近オイル漏れしてて可哀想なんです」と潤んだ瞳で見つめてきた。


「……わかったよ。ガルドのためにも、お前のためにも引き受けてやる。だがマキナ、一つ教えてくれ。なぜ、倫理局の人間であるお前が、警察の代表を破壊した『悪魔』を探しているんだ?普通なら、むしろ……警察の弱体化を喜ぶところだろう」


アレックの鋭い問いかけに、マキナはふっと妖艶な笑みを浮かべた。


「簡単よ。『悪魔』の力を使って、この狂った『倫理局』を……世界をも、内側から完全に破壊するためよ」


マキナの瞳には、一切の迷いがなかった。彼女もまた、ロジクの掲げた歪んだ倫理に嫌気がさしている一人なのか。

ガルドのメンテナンスをマキナとフィレモに任せ、アレックは一人、街へと出た。

警察代表の失踪と狂気。それを解き明かすには、まず警察の人間に話を聞くのが筋だ。アレックは古巣の伝手や、街を巡回している警官たちに片っ端から声をかけたが、誰もが首を横に振るばかりだった。セイラン代表の失踪は、警察内部でも極秘事項として扱われており、「悪魔」という単語すら誰も耳にしたことがないという。


「……こりゃあ、本格的に行き詰まったな」


アレックがダウンタウンの煉瓦壁に寄りかかり、二本目のタバコに火をつけようとした時だった。


「アレック!」


背中から、ふわりと甘い香りが飛び込んできた。ドン、と小さな衝撃と共に、華奢な腕がアレックの腰にギュッと回される。振り返ると、そこにはウエストワールド警察代表代行にして、当代きっての天才少女、ルキア・ブラックが満面の笑みで抱きついていた。


「ル、ルキア!?お前、警察のトップが白昼堂々、街角で探偵に抱きついてどうするんだ!」


「構わないわ。私は今、お昼休みで完全にオフの女の子なんだから。それよりアレック、ずっと探してたのよ。あなたがいなくて寂しかったわ」


ルキアはアレックの胸に頬をすり寄せ、上目遣いで彼を見つめた。大きな瞳は宝石のようにきらきらと輝き、淡い色の唇は魅力的な弧を描いている。普段の冷徹で論理的な警察トップの顔はどこへやら、今の彼女は完全に、恋する一人の可憐な少女だった。


「……わかった、わかったから離れろ。ちょうどお前に聞きたいことがあったんだ。少し、場所を変えよう」


アレックがそう言うと、ルキアはパァッと顔を輝かせた。


「デートね! それなら私、行きたいところがあるの!」


ルキアに強引に手を引かれ、アレックが連れてこられたのは、キャピタルシティ駅前にある大人気のドーナツチェーン店『ミスター・マジック』だった。店内は若い女性客で溢れかえっており、トレンチコート姿のアレックは完全に浮いていた。


「見てアレック!この期間限定のストロベリー・ホイップ・ドーナツ、最高にキュートだと思わない?」


ルキアは警察の制服の上着を脱ぎ、可愛らしいフリルのブラウス姿で、山盛りの甘いドーナツを幸せそうに頬張っている。口の端に白いクリームをつけながら微笑むその姿は、誰もが振り返るほどの圧倒的なオーラを放っていた。


「……お前、本当に甘いものが好きなんだな」


アレックは苦笑しながら、紙ナプキンでルキアの口元のクリームを優しく拭き取ってやった。ルキアの白い頬が、ぽっと林檎のように赤く染まる。


「あ、ありがとう……。アレックって、そういうとこ、すごく優しいのよね。……だから私、あなたのこと、好きなの」


周囲の目を全く気にせず、直球で好意をぶつけてくるルキアに、アレックはタジタジになりながらも本題を切り出した。


「で、だ。……単刀直入に聞くぜ。ルキア……セイラン・イノセント代表が見つかった。だが、完全に心神喪失状態だ。あいつは『悪魔に壊された』と呟いている。……代表を破壊したのは、本当に悪魔で間違いないのか?」


アレックの真剣な眼差しを受け、ルキアは食べていたドーナツを皿に置き、ふっと大人びた微笑みを浮かべた。


「ええ、間違いないわ。アレックの耳に入るのも時間の問題だと思っていたけれど……もちろん、その通りよ」


「なら、その『悪魔』はどこにいる?誰なんだ?ウエストワールドにそんな存在が入り込んでいるなんて、警察は見過ごしているのか?」


アレックの問いに、ルキアは小さく首を横に振った。そして、信じられないほど甘く、それでいて悪戯っぽい声で囁いた。


「探す必要なんてないわ、アレック。だって……悪魔は、私だから」


「……は?」


アレックが間の抜けた声を上げた瞬間。


ポンッ、という可愛らしい音と共に、ルキアの背中から小さなコウモリのような漆黒の羽が、そしてスカートの裾からは、先端がハート型になったキュートな尻尾が飛び出してきた。尻尾はアレックの腕にパタパタとまとわりつき、羽は嬉しそうに羽ばたいている。


「なっ……お、お前……!?」


アレックは目を見開いたが、目の前の少女から発せられる気配に、微塵も敵意や殺意は感じられなかった。あるのはただ、純粋な好意と、底知れぬ愛情だけだ。


「驚かせてごめんなさい。でも、私、アレックには隠し事をしたくなかったの。ほら、私の羽と尻尾、なかなか可愛いでしょ?」


ルキアはウインクをして、尻尾を揺らした。


「セイラン代表はね、倫理局よりもずっと危険な男だったのよ。……彼は『倫理』という、言ってしまえばその時代、その時間、その立場でしか通用しない思想を、警察の武力を使って市民に強制しようとしていたわ。警察を支配下に置いた後は、医学会全体を洗脳して、自分に逆らう人間の脳を直接いじって『倫理的で正しい人間』に改造する気だったの。まさに、正義を騙るカルトよ」


ルキアの瞳に、冷たい怒りの光が宿った。


「善意で行う悪。自分が正しいと信じ込んでいる狂気。それは、『悪意で行う悪』よりも遥かに恐ろしくて、タチが悪いわ。だから私は……ちょっとだけ私の『悪魔』としての力を使って、彼の脳をショートさせてあげたの。彼がこれ以上、無実の人々の心を壊す前にね」


その言葉を聞いて、アレックの脳裏に、かつての倫理局代表、ロジク・キルゼオールの姿がフラッシュバックした。自分の娘を虐待しながら、遠くの子供たちを救うことで「自分は善人だ」と信じ込んでいた、あの吐き気を催すような男の姿が。


「……なるほど。……なるほど?……お前がやったことは、褒められたことじゃねえが……俺は、お前の選択を否定しない。偽善で世界を腐らせるくらいなら、いっそ、そりゃ、悪魔にでも壊された方がマシだ」


アレックが静かにそう告げると、ルキアの瞳から大粒の涙が溢れ出した。彼女はテーブル越しに身を乗り出し、アレックの手を両手で強く握りしめた。


「ああ、アレック……!やっぱりあなたはわかってくれる!ロジクの偽善を全否定して、自分の意志で警察にも倫理局にも縛られない自由を選んだあなただからこそ!……あなただからこそ、私はあなたを愛しているのよ!」


ルキアの熱烈な告白に、アレックはようやく全てが腑に落ちた。

マキナの理屈も、これなら辻褄が合う。マキナは、ルキアが悪魔であることに薄々気付いていたのだ。


「まーったく、とんでもない女たちに囲まれてしまったもんだ」


アレックが天井を仰いでため息をついたその時、「カラン」と店のドアベルが鳴り、見慣れた銀髪の青年が歩み寄ってきた。


「奇遇だな、アレック。それに……代行殿も」


シエルだった。彼はテーブルの上の光景——アレックの手を握りしめ、羽と尻尾を出しているルキア——を見ても、全く動じる様子がなかった。


「シエル……お前、知ってたのか?」


「……確証はなかったが、僕も、マキナも、勘づいてはいた。ウエストワールドの警察機構が、たかだか十二歳の少女に完全に掌握されるなど、常識的に考えて異常だからね。だが、君が悪魔だろうと天使だろうと、構わない。君がアレックに危害を加えない限り、僕は、君を敵とは見なさないよ」


シエルが冷静に言い放つと、ルキアは笑顔になった。


「ふふっ、アレックの周りには面白い人ばかり集まるのね。……秘密がバレちゃったなら、もう隠す必要はないわね。これからは、もっと素直な私でいくわ!」


ルキアが指を鳴らした瞬間、彼女を包んでいた光の屈折が解け、その真の姿が現れた。

可愛らしいブラウス姿は消え去り、彼女の身を包んでいたのは、艶やかな漆黒の生地で作られた、極めて際どい水着のような服だった。華奢な肩から伸びる黒い羽、ハート型の尻尾、そして白い肌と黒い衣装の強烈なコントラストが、彼女の少女らしい可愛らしさと、悪魔的な色気を同時に爆発させていた。まさに、誰もが目を奪われる圧倒的な「悪魔」の姿である。


「ど?アレック。私の本当の姿。すっごくセクシーで可愛いでしょ?」


「お、おい……こんな街中でそんな格好……!!」


アレックが慌てて自分のトレンチコートを脱ぎ、ルキアにバサリと被せる。コートに包まれたルキアは、幸せそうに微笑みながら、アレックの胸に顔を埋めた。


一方その頃。


ウエストワールド倫理局の薄暗い執務室で、マキナ・バイタルは山積みの書類整理という些細な仕事にあたっていた。

彼女のデスクの傍らに置かれた黒電話が、けたたましく鳴り響く。


『……マキナ。見つけたぜ。お前の探していた悪魔をな!もちろん、いや、やっぱり悪魔はルキアだったぞ』


受話器の向こうから聞こえるアレックの呆れ果てた声に、マキナは笑みを浮かべた。


「さすが!……私の見込んだ探偵ね!さあ、ここからが本当の始まりよ。狂った世界を、悪魔の炎で焼き尽くしてやりましょう!」


窓の外では、ウエストワールドの二つの月が、新たな波乱の幕開けを祝福するかのように、美しく輝いていた。

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