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コミカライズ決定【3位】ヴェリタスの最終定理6 悪魔の慈愛  作者: .
●第23章:悪魔の慈愛

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証明6:「語り部」

世界が「善く」なるというのは、一体どういうことだろうか。

欺瞞が消え、悪意が薄れ、人々が互いに関心を持ち、他者の痛みを自分の痛みのように感じられる世界。ルキア・ブラックという一人の天才悪魔少女が、自らの命という最高級の供物を世界に捧げたことで、確かにこの世界から「無関心な偽善」は減り始めた。人々は手を取り合い、愛を語り、弱者に寄り添うようになった。


実に美しい。反吐が出るほどに美しい、お伽話のようなハッピーエンドだ。


だが、どうかその薄っぺらな感動の涙を拭って、現実の輪郭をよく見てほしい。


光が強くなればなるほど、影はより濃く、より鋭利になるという物理法則を忘れてはいないだろうか。


「善意」という名の強烈な漂白剤は、世界を真っ白に染め上げる過程で、落ちない汚れをどう処理するのか。


結論から言おう。


ゼランティアの誇る最高峰の歴史学者、狐獣人のニーア・ヴェリタスは「処刑」された。

欺瞞や無関心や悪意が減り続ける、その素晴らしき浄化された世界において。

事の始まりは、世界が真実を求めすぎたことに起因する。

ルキアの死をきっかけに、人々は自らの内なる欺瞞と決別し、「正しい歴史」と「正しい社会」を構築しようと熱狂した。かつての倫理局のような隠蔽は二度と許されない。すべての情報は公開され、すべての過去は検証されなければならない。その熱狂的な「真実探求の粛清」の波は、当然のように学問の都ゼランティアにも押し寄せたのだ。

そこで、ひとつの滑稽で、あまりにも残酷な「真実」が暴かれた。


ニーア・ヴェリタスという人物は、存在しなかったのである。


彼女の本当の名は、ニーア・ヴェル・リータス。

ただの、狐獣人の娘に過ぎなかった。

ゼランティアという国は、知と歴史を重んじるがゆえに、権威という名の偶像に依存しきっていた。五十年前、この世界を救った大賢者エラーラ・ヴェリタス。その圧倒的な知能と功績は、ゼランティアのアイデンティティそのものであった。だが、真実を言えば、ヴェリタス家の血脈はとうの昔に絶え、一族は死に絶えていたのだ。


偶像を失うことを恐れたゼランティアの上層部は、名前の響きが似ていたというだけの理由で、魔力を一切持たない狐獣人「ニーア・ヴェル・リータス」を拉致同然に連れてきた。そして彼女の戸籍を改竄し、無理やり「ニーア・ヴェリタス」という名を名乗らせ、知の一族の末裔という重圧を背負わせたのである。


ニーアが常に虚勢を張り、歴史の編纂に異常なまでの執念を燃やしていた理由。それは、彼女が凡人であったからだ。偉大なるヴェリタスの名を騙るという圧倒的な罪悪感と恐怖を打ち消すために、彼女は誰よりも歴史オタクになり、誰よりも尊大に振る舞うしかなかったのである。


だが、善性に目覚め、真実を取り戻した「素晴らしい人間たち」は、このゼランティアの国家ぐるみの欺瞞を許さなかった。


彼らは激怒した。我々はずっと騙されていたのだと。


そして、人々の思考は、恐るべき論理の飛躍を見せる。


世界には過去、倫理局の暴走や、マキナのような悪魔による悲劇が満ち溢れていた。ルキアが命を懸けてそれらを浄化するまで、この世界は地獄だった。


では、そもそもなぜ、そんな地獄のようなシステムが構築されたのか?


なぜ歴史は間違えたのか?


そうだ、世界に知と方向性を示していた「ヴェリタス家」の責任ではないか!


エラーラ・ヴェリタスなどのかつてのヴェリタス家が過去に悪魔たちを徹底的に弾圧し、苦しめたからこそ、マキナのような歪んだ悪魔が生まれ、ウエストワールドは狂気に沈んだのだ。世界のあらゆる旧体制の腐敗、戦争の火種、弱者の切り捨て。それらはすべて、裏で歴史を操っていたヴェリタス一族の影響によるものだ。

そして、その呪われた血脈の責任者として現在ふんぞり返っているのが、ニーア・ヴェリタスという「偽物」の狐獣人であるのだ。

世界を騙し、権威にすがり、旧体制の悪を温存し続けた諸悪の根源。


それが、世界が導き出した答えだった……


ルキアは確かに、世界に善性と愛を取り戻した勝者であった。

だが、この歴史という名の盤上において、最終的に勝負に勝ったのは、なんと、悪魔マキナ・バイタルであったのだ。

考えてもみてほしい。マキナの本質とは何だったか。


「他責」である。


自分は絶対に悪くない、悪いのは自分を理解しない世界であり、他人である。その呪いこそがマキナの正体だった。

マキナ自身は、ルキアによってゼロ次元という無の空間へ追放され、永遠の孤独の中に消滅した。


だが。


彼女が世界に撒き散らした「他責」は、人間たちの「善意」という最強の隠れ蓑を得て、ついに、完璧に作動したのだ。

人間たちは、自分たちの過去の過ち、差別、貧困、無関心、そのすべての責任を「ヴェリタス家」というスケープゴートに押し付けた。


「私たちが苦しかったのは、ヴェリタスが悪いからだ」


「私たちが弱者に無関心だったのは、ゼランティアの捏造した歴史に騙されていたからだ」


「この狐を殺せば、世界は完全に浄化される」


なんと美しい他責だろうか!


自分たちは愛に目覚めた正義の市民であり、悪を裁く権利がある。そう信じて疑わない大衆は、マキナという悪魔が残した最高傑作の「他責」の兵器として、見事に機能したのだ。

自分たち悪魔を長らく苦しめ続けていた善人エラーラ・ヴェリタスと、その名を継ぐ者すべてに、世界の罪をすべて押し付ける。ゼロ次元の底から、マキナの嘲笑が聞こえてこないだろうか。


「ほら、やっぱり。悪いのは私じゃなかった。人間たちが自分で証明してくれたじゃない」……と。


結局のところ、マキナの最後の他責を実行したのは、人間自身であった。


「本当の悪魔は悪魔ではなく、悪い人間だ」……などという、三文小説のような安い言葉で納得してはいけない。この世界の本当の絶望は、そんな単純な構図ではないのだ。


ニーア・ヴェル・リータスの処刑の日。


空は、皮肉なほどに晴れ渡っていた。ルキアが愛した、真っ当な青空だった。

ゼランティアの広場には、大勢の市民が集まっていた。だが、そこにはかつてのマキナに向けられたような、熱狂的な憎悪や怒号は存在しなかった。

暴徒はいなかった。石を投げる者もいなかった。

あるのは、ただ静かな、そして決定的な「無関心」であった。


彼らは、ニーアを憎んでいないのだ。


彼らにとってニーアは、もはや狐の獣人という一人の人格ですらなかった。彼女は「片付けるべき旧体制のゴミ」であり「コンテンツ」や「エンターテイメント」に過ぎなかった。

世界が善くなり、誰もが互いを愛し合う素晴らしい社会を維持するためには、過去の汚点である彼女を消去する「手続き」が必要不可欠である。市民たちは、新しい清潔な公共施設を建設するために、古い廃屋を取り壊す作業を見守るような、極めて事務的な目で処刑台を見つめていた。


怒りや憎悪という感情は、相手を自分と同じ生き物として認識しているからこそ生じる。


だが、正義に酔いしれた善人たちは、もはやニーアを生き物として見ていなかった。善意で舗装された社会において、異物はただ「無関心」に排除される。


最も恐ろしいのは、悪を行っている自覚のない無関心なのだ!


自分たちは正しいことをしている。世界を良くするための清掃活動をしている。そこに一片の疑いもないからこそ、彼らの瞳には何の感情も宿らない。

処刑台の上に立たされたニーアは、薄汚れた囚人服を着せられ、自慢だったふわふわの毛並みは全て、無惨に刈り取られていた。

裸の彼女は、広場を埋め尽くす群衆を見下ろした。

誰一人として、彼女と目を合わせようとはしない。誰もが、ただ「早く手続きが終わらないかな」という顔で時計を気にしている。


ニーアは、泣かなかった。


彼女は絶望の底で、最後に気づいてしまったのだ。


ルキアが命を懸けて人々に教えようとした「慈悲」や「想像力」は、結局のところ、一部の賢い者たちにしか届かなかったという、圧倒的な虚無という真実(ヴェリタス)に!


大衆は、ルキアの死すらも消費し、自分たちが気持ちよくなるための「正義の娯楽」に変換してしまった。愛と善意を掲げながら、その実、最も効率的で残酷なシステムを作り上げただけだったのだ。


「……バカ、みたい」


ニーアの乾いた唇から、小さな声がこぼれた。

彼女がヴェリタスの名を背負ってから、必死に歴史を学び、誰よりも一番になろうと足掻いてきた日々。ルキアと一緒に紅茶を飲み、からかわれ、それでもこの世界は少しずつ良くなっていくのだと信じた夜。


そのすべてが、眼下に広がる圧倒的な「無関心の海」に飲み込まれていく!


処刑人の男が、淡々と業務用の魔導ギロチンのレバーに手をかけた。男の顔にも、何の感慨もない。彼はただ、今日の仕事が終われば家族の待つ温かい家に帰り、子供に愛を注ぐ善良な父親なのだ。


「ああと、はい。……ニイヤー・ブェーイル・リイタス?……だっけ。誰でもいいや。はいじゃあ、えー、旧体制における歴史捏造、ならびに世界に対する欺瞞の罪により、ここに、死刑を執行する。あー、何か言い残すことは?」


マニュアル通りの定型文。

ニーアは、もう、何も言う気になれなかった。


自分が偽物にならざるを得なかったこと。


利用されていただけであること。


そんな、個人的な悲劇を語ったところで、この清潔で狂った世界には一文字も届かない。彼らは真実など求めていない。自分たちが安心できる「物語の結末」が欲しいだけなのだ。

ニーアは目を閉じ、かつてルキアが笑いかけてくれた時のことを思い出した。


『長生きしたまえよ、私の愛おしい歴史学者』


あの悪魔少女の言葉が、今となっては残酷な呪いのように胸を締め付ける。


「ルキア!あんたの負けよ……この世界は、あんたが命を懸ける価値なんて、これっぽっちもなかったわ!……アスナ!私は精一杯頑張って生き抜いたわ!……エラーラ様……これで、私は……本当に良かっ……


処刑人が嘲笑いながら言葉を遮る。


「はいはいはい、あーじゃあもういい?……クソ、腹減ったわ……じゃ、いくよー。おいしょ!……あ、なんか動かんな。……おいしょ!あれ?ボタン動かねー!おいしょッ!……壊れてんのかな?……ユウゴくーん!これ直せるー?おいしょッ!おいしょッ!おいしょッ!動かねえ!」


シニカルな笑みが、ニーアの口元に浮かんだ。


「貴様ッ!殺すなら早くし……


それは、ゼランティアの狐獣人がこの世界に残した最後の叫びだった。

乾いた機械音が鳴り響き、重い刃が落下する。


「ワ。おー!動いた!おお。……いや、ガゼル興かこないだのラルゴの方が切れ味いっかー。この女の首、やっぱ獣人部落民だからあんま良くねえんだな。…………オシ!じゃー片付けちゃお。リクー?ミユー?お前ら二人はユウゴ君とパレット撒いてー?あとタケルどこ行ってんの?ちょっと呼んできて!ほら、はーやーく!撤収ー!」


……群衆から歓声が上がることはなかった。

そうして、人々は何事もなかったかのように、それぞれの愛する日常へと帰っていった。

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