表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミカライズ決定【3位】ヴェリタスの最終定理6 悪魔の慈愛  作者: 王璃月
●第23章:悪魔の慈愛

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/23

証明4:別れの時!

世界が狂気と分断の時代を乗り越え、真の意味での「真っ当な混沌」を手に入れてから、どれだけの季節が巡っただろうか。


抜けるような青空と、人々が自らの意志で選び取る自由な営み。かつて倫理という名の呪縛に囚われていたウエストワールドも、今や活気に満ちた素晴らしい国家へと変貌を遂げていた。

そして、その平和な時代の礎を築いたのは、皮肉にも人間の常識から最もかけ離れた「悪の悪魔」であった。


ウエストワールド警察代表、ルキア・ブラック。


彼女は、マキナ・ボーンとアレック・ボーンという、世界で最も愚かで、他責と独善に塗れた両親から生まれた。だが、彼女の魂は彼らの狂気に染まることはなかった。なぜなら、彼女の人格と知性を形成した「育ての親」が、彼らとは全く別の、そして世界で最も規格外の存在だったからである。


その男の名は、ヴォイド・ナギ・ヌルフィールド。


かつてウエストワールドを支配し、あるいはシステムを破壊し、あらゆる事象を超越した「全知の天才」である。彼は一切の常識に縛られない男だった。彼の行動原理は常に「好奇心」と「飽き」の連続であり、その軌跡は凡人の理解をはるかに超えていた。

ルキアが警察代表として確固たる地位を築き、マキナという世界最悪のバグをゼロ次元へと転送し去った後。ヴォイドは、ゼランティアでの歴史学者としての生活に、ふと「飽き」を感じた。

歴史という過ぎ去った時間を編纂することに、彼を満たす未知の数式はもう残されていなかったのだ。


ある日突然、彼は歴史書を放り出し、登山家になった。人類未踏の霊峰に単独で挑み、吹雪の中で世界の頂からの景色をスケッチして、満足して下山した。


かと思えば、今度は辺境の地で魔獣退治の勇者として名を馳せた。強力な魔法や剣術を使うわけではなく、ただ魔獣の生態と物理法則を完璧に計算し、最小の動きで最大の脅威を無力化していった。


そして続いて、突如として都会の片隅で小さなレストランの経営を始めた。彼の作る料理は、味覚の構造を分子レベルで計算し尽くした至高の芸術であり、連日連夜、貴族から平民までが長蛇の列を作った。

だが、その店が最高の評価を得た絶頂期に、彼はまたしてもあっさりと店を畳んだ。


次に彼が姿を現したのは、スラム街にあるオンボロ幼稚園の清掃員としてであった。彼は黙々と落ち葉を掃き、床を磨きながら、そこに通う恵まれない子供たちをただ見つめていた。


そしてついに、彼はその子供たちを集め、世界のすべての知識を集結した「教育」を施し始めた。数学、物理、哲学、魔法の真理。孤児たちは、天才の圧倒的な知の奔流を浴び、みるみるうちに才能を開花させていった。

しかし、子供たちが自らの足で立ち、未来への明確なビジョンを持ち始めたその日。ヴォイドはふらりと姿を消し、すべてを捨ててしまったのだ。


歴史学者、登山家、勇者、料理人、清掃員、教育者。

そのどれもが頂点を極めながら、彼は未練もなく次の舞台へと移っていった。普通であれば、あまりにも無責任なその生き方は、周囲から反感や恨みを買ってもおかしくない。だが、奇妙なことに、ヴォイドは誰からも恨まれなかった。むしろ、彼が去った後には、決まって深い「感謝」と「尊敬」が残されたのだ。


なぜか。


それは、ヴォイドが彼らに、金品や目に見える成果、あるいは手取り足取りの「戦い方」や「生き方」を一切「教えなかった」からである。

彼はただ、自らの圧倒的な行動と、真理を追求する背中を周囲に見せつけただけだった。


レストランの副料理長は、ヴォイドからレシピを教わったことは一度もなかったが、彼の完璧な手捌きを必死に盗み見ることで、いつしか自分だけの至高の味を創り出す力を得ていた。

孤児たちは、ヴォイドから「こう生きろ」と説教されたことは一度もなかったが、彼が提示する世界の美しさと複雑な数式を解き明かそうと必死に考えるうちに、どんな困難にも立ち向かえる「思考力」という最強の武器を手に入れていた。


他者から懇切丁寧に与えられる結果や学びは、いずれ消費され、枯渇する。だが、自らの内側から燃え上がり、自ら獲得した「学び」は、永遠にその者の血肉となり、社会をより良くしていくための原動力となる。他者から与えられるものよりも、自ら学ぶことの方が、はるかに尊く、そして感謝されるのだ。


ヴォイドは、その真理を知り尽くしていた。


だからこそ彼は、世界中に「自立する人間」の種を蒔き、芽が出た瞬間に、未練なく次の地へと旅立っていったのである。


そうして。


世界中を舞台にして、あらゆる役割を演じきった天才ヴォイド・ナギ・ヌルフィールドは、ある日、世界の果ての、名前も知らない小さな国の、名もなき田舎道で、石につまずいて転んで、あっけなく死んだ。


病でもなく、魔獣との戦いでもなく、誰かに暗殺されたわけでもない。ただの、散歩中の転倒による事故死。

かつて世界を支配し、神の領域にまで思考を及ばせた男の最期としては、あまりにも滑稽で、拍子抜けする結末であった。

だが、これこそがヴォイドという男の、文字通り「ヴォイドらしい」死に様であった。


しかも、この死すらも、彼の完璧な計画の内だったのだから恐ろしい。


ヴォイドの死の報せは、風の便りとしてウエストワールド警察本部の代表室に届けられた。

報告書に目を通したルキアは、いつものように優雅に紅茶を啜りながら、しばらくの間、じっとその文面を見つめていた。そして、突然、肩を揺らしてクスクスと笑い始めたのである。


「ふふっ……やられたね。完全に、出し抜かれたわ。流石は私の育ての親ね……!」


ルキアは天才である。その並外れた演算能力は、報告書の一文から、ヴォイドが最後に仕掛けた「いたずら」の真意を完璧に読み解いていた。

彼は歴史に傾倒していた時期がある。歴史がいかにして作られ、後世にどう語り継がれるかを知り尽くしていた。

もし、このままルキアがウエストワールドの治安を守り続け、世界に平和をもたらす完全無欠の存在として君臨し続ければ、100年後、200年後の歴史書において、この時代の主役は間違いなく「ルキア・ブラック」になる。最強の魔力と頭脳で世界を導いた、美しき悪魔少女の物語として。


だが、ヴォイドはそれが、すこーしだけ、気に食わなかったのだ。


自分が手塩にかけて育てた娘が、自分よりも歴史の表舞台で目立つことが、彼の知的なプライドを刺激したのである。

だから彼は、世界中で不可解で偉大な足跡を残し、そして最後に「誰も知らない場所で、ただ転んで死ぬ」という、歴史学者が最も頭を抱えるような、圧倒的に謎に満ちたミステリアスな最期を意図的に選んだ。


『なぜ、あの天才はあんな場所で死んだのか?』


『彼の真の目的は何だったのか?』


未来の歴史家たちは、必ずこの謎に取り憑かれるだろう。完璧すぎるルキアの功績よりも、空白だらけのヴォイドの人生の方に、人々は強烈なロマンと好奇心を掻き立てられるのだ。天才ヴォイド・ナギ・ヌルフィールドは、自分の死すらもエンターテインメントとして消費し、未来の歴史をハッキングしようとしたのだ。


「自分の命を代償にしてまで、他人に叡智を与え、しかし、そんなに天才なのに、娘に嫉妬して、歴史の主役の座を私から奪い取るとはね。……実に、実に愉快だ。私は天才から嫉妬されるほどに、天才と認められていたということじゃあないか。君の残した数式は、最高に美しいよ……パパ」


ルキアは呆れ果て、そして心からの賞賛を込めて、空に向かって紅茶のカップを掲げた。


それからというもの。


ルキアの心には、以前にも増して、世界を楽しむための余裕と、ある種の「遊び心」が生まれていた。警察代表としての冷徹な職務をこなしながらも、彼女は頻繁にウエストワールドを抜け出し、ゼランティアへと遊びに行くようになった。


目的地はただ一つ。


ゼランティア国立歴史編纂所に籠りきりの、狐獣人の歴史学者、ニーア・ヴェリタスのもとである。


「おやあ?ニーア。今日もまた、古い羊皮紙の匂いに包まれて、埃っぽい歴史の埃を吸い込んでいるのかな?君のその情熱は評価するけども、あまり根を詰めると、その美しい毛並みが損なわれてしまうわよ?」


日差しの差し込む研究室のドアを軽やかに開け放ち、ルキアが愉快そうな声を響かせる。

現在のルキアは、職務中の警察代表の制服ではなく、完全なるプライベートの装いであった。だが、その装いは、十二歳という年齢には到底そぐわない、際どく……なんともエロい、悪魔らしい服であった。漆黒のレースがふんだんに使われ、白い肌と悪魔の意匠が妖艶なコントラストを描くゴシック調のドレス。背中の漆黒の翼と、頭部の角が、彼女が人間ではない超越者であることを示している。だが、そんな過激な服装でありながら、彼女の表情は年相応のいたずらっ子のようであり、そのギャップがたまらなく愛らしかった。

机に向かっていたニーアは、ルキアの声を聞いてビクッと肩を揺らし、ペンを置いた。


「ちょっとルキア!まーた勝手に入ってきて!私は今ね、一番重要な史料の照合中なんだから、邪魔しないでよね!」


ニーア・ヴェリタス。


一切の魔力を持たない、保守的でプライドの高い歴史オタク。

彼女の最も目を引く特徴は、腰から生えた、極太でふわふわの狐の尻尾であった。黄金色に輝くその尻尾は、彼女の感情に合わせて忙しく揺れ動いている。彼女は自らの知性と、歴史学者としての自負を何よりも重んじており、常に胸を張る、強気で少しツンデレな少女であった。


「邪魔だなんて、心外だわ!私はただ、君という魅力的な観測対象に会いに来ただけよ?」


ルキアは悪びれる様子もなく、軽やかな足取りでニーアの背後に回り込んだ。そして、彼女の最大の弱点である極太の尻尾を、両手でフワッと抱きしめた。


「ひゃあ!?ちょ、ちょっと!触らないでってば!」


ニーアは顔を真っ赤にして抗議するが、魔力を持たない彼女の腕力では、究極の魔力を持つ悪魔少女を振り解くことなど到底不可能であった。


「ふふっ。相変わらず、君の尻尾は魅惑的な質量を持っているわね。この圧倒的なモフモフ感……これこそが、世界を平和に導く究極の数式なのかもしれないわ!……す、吸いたい」


ルキアはニーアの尻尾に頬ずりをしながら、わざと芝居がかった大げさな口調でうっとりと目を閉じた。


「バカなこと言ってないで離しなさいよ!私のこの美しい尻尾は、誰にでも触らせるような安いものじゃないんだから! そもそも、あんたみたいな最高権力者が、なんでこんなところで油を売ってるのよ! ウエストワールドは一体どうなってるの!」


「治安は極めて良好よ。私が完璧なシステムを構築したからね。それに、私の現在の最優先課題は、このゼランティアで一番の歴史学者である君との、学術的かつスキンシップを伴う交流を深めることだからね!」


ルキアはニヤニヤと笑いながら、尻尾の根元を指で軽く撫でた。


「ひぅっ……や、やめなさいってば……!」


ニーアは涙目になりながら、抗議の声を上げる。

この二人の姿。

際どくエロい服を着た、進歩的で究極の魔力を持つ天才悪魔少女が、魔力を一切持たない、保守的で真面目な狐獣人の歴史学者をからかって遊んでいる光景。

一見すれば全く噛み合わない二人の組み合わせだが、これこそが、現在の世界を象徴する、最も尊い「癒し」の光景であった。


「ねえ、ニーア。君は今、誰の歴史を編纂しているの?まさか……私の養父の記録じゃないの?」


ルキアが尻尾から手を離し、机の上の資料を覗き込む。

ニーアはホッと息を吐きながら、尻尾を抱き寄せて毛並みを整えた。


「……そのまさかよ。ヴォイド・ナギ・ヌルフィールド。あの男、あちこちでデタラメぶっこいた挙句、最後は訳のわからない場所で死んでくれたせいで、世界中から断片的な資料が集まってきちゃって、もーーーっ!……整理するのが本当に大変なんだから!でも、私が一番の歴史学者として、あいつの足跡を完璧な歴史書にまとめてみせるわ!誰も文句のつけようがない、最高の記録をね!」


ニーアは琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、誇り高く胸を張った。

ルキアは、その姿を見て、心の底から嬉しそうに微笑んだ。


「ああ、期待しているわ!君なら必ず、彼の仕掛けた悪戯を乗り越えて、素晴らしい歴史を紡ぎ出すだろう。そして百年後も、君の書いたその本は語り継がれるだろうね!……『私よりも長生きしたまえ』よ、私の愛おしい歴史学者!」


ルキアは優雅に微笑み、ニーアの頭をポンポンと撫でた。

ニーアは満更でもない表情を隠すように、そっぽを向いて尻尾をパタパタと揺らした。

窓の外では、ゼランティアの穏やかな風が吹いている。


悪魔と獣人。


常識を破壊する天才と、過去を記録する秀才。


相反する彼女たちが、こうして笑い合い、触れ合い、互いの存在を認め合っている。


世界は、もう大丈夫だ。


「さあ、ニーア。今日は仕事はおしまいにして、街に繰り出そうじゃない!私が最高に美味しいスイーツの店を見つけておいたわよ!君のその素晴らしい尻尾に免じて、奢ってあげようじゃあないか!」


「えっ、スイーツ!? ……べ、別に奢ってほしいわけじゃないけど、あんたがどうしてもって言うなら、付き合ってあげないこともないわよ!私が美味しいかどうか、判定してあげるんだから!」


二人の少女の明るい笑い声が、歴史の詰まった研究室に響き渡る。

激動の時代は、一旦の終わりを告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ