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【3位】ヴェリタスの最終定理6 悪魔の慈愛  作者: 王璃月
●第22章:悪魔的な解答

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証明5:復活した純粋な善意!

その日、キャピタルシティのあらゆる街頭魔導スクリーンが一斉に同じ映像へと切り替わった。

街を行き交う市民たちは一様に足を止め、その映像を前に息を呑んだ。そこに映し出されていたのは、純白のスーツに身を包んだ一人の壮年の男であった。

知性の塊でありながら、純粋な少年の面影を残す、不思議な魅力を持った男。


天才であり、遊び人であり、そして長らく行方不明となっていた伝説の男、ヴォイド・ナギ・ヌルフィールドが、突如として表舞台に姿を現したのだ。


それだけではない。


スクリーンから流れるニュースは、彼が空席となっていた「倫理局代表」の座に電撃的に就任したことを告げていた。元々彼が倫理局の上層部に太いパイプを持っていたからか、あるいは、内部に潜伏していたマキナが何らかの手引きをしたのか。様々な憶測が飛び交ったが、事実はただ一つ。ヴォイドは、この狂った世界の頂点へとあっさりと返り咲いたのである。


そのニュースをボーン探偵事務所の古びた魔導ラジオで聞いていたルキア・ブラックは、手の中のコーヒーカップを震わせていた。


「……思い出したわ。いえ、違う。……最初から分かっていたのよ。ただ、思い出したくなかっただけ」


ルキアは深くため息をつき、自らの内に封じていた記憶の鍵を、全力の魔力をもってついに破壊した。覆い隠されていた真実が、濁流のように彼女の脳裏に流れ込んでくる。

彼女は、マキナとアレックの子供であった。

当時、マキナとアレックは恋人同士であったが、結婚はしていなかった。そして、マキナはある日、出会ってしまったのだ。完璧なる天才、ヴォイド・ナギ・ヌルフィールドに。マキナは彼に狂おしいほどに惚れ込み、どうにかしてアレックと別れ、ヴォイドの元へ行くための「完璧な理由」を考え出した。


その結果が、ルキアの遺棄である。


マキナは、実の娘であるルキアを密かに捨て、アレックの前で泣き崩れてみせた。「愛する子供を失って辛い。この悲しみを抱えたまま、あなたと一緒にいることはできない。離れましょう」と。涙ながらのその悲痛な芝居に、人の良いアレックは完全に騙され、二人は別離した。そしてマキナは、悲劇のヒロインの顔をしたまま、意気揚々とヴォイドの元へと走ったのだ。


だが、運命とは数奇なものである。


マキナが捨てたその赤子を、偶然にも拾い上げた者がいた。他でもない、ヴォイド・ナギ・ヌルフィールドその人である。

ヴォイドには、一切の悪意がない。彼はただ「自分がその場で最大限、他人に施しを与えること」を趣味とする、歩くボランティア精神の塊のような男だった。道端に捨てられた赤子がいれば、迷わず拾い上げて完璧な教育を施す。ただそれだけの理由で、彼はルキアを育てた。


当時のヴォイドは、倫理局の職員でも警察官でもなかった。なんと、医学博士であった。畑違いであろうとなんであろうと、手を出した分野で必ず完璧な結果を残すのがヴォイドという男である。彼は医学博士としての余暇で、倫理局の裏方であったマキナを完璧に教育し、アレックをも凌駕する恐るべき手腕を持つ職員へと育て上げた。そして同時に、拾った赤子であるルキアに高度な魔導と帝王学を叩き込み、一人前の「悪魔」へと育て上げたのである。


だが、ヴォイドの最大の欠点は、その余りにも幼稚な精神性と、極度の飽き性であった。


彼は完璧な結果を出すと、途端にすべてに興味を失う。気がつけば医学博士を辞め、キャピタルシティの駅長になり、不動産を転がし、乗用車のエンジンの設計士になり、聖歌隊に入ったかと思えばマフィアの幹部になり、そして最終的に完全に行方をくらませてしまった。

保護者であり、師であった彼が突然消えたことで、ルキアは彼を探すため、そして狂い始めた警察組織を内側から正すために、自ら警察へと潜り込んだ。

一方のマキナは、自分を完璧な存在に仕立て上げながら、あっさりと捨て去ったヴォイドに対する愛憎と復讐心から、彼がいつか倫理局に現れる日を待ち続けた。そして、彼を道連れにして倫理の力で「世界と心中」するためだけに、倫理局の奥深くに潜伏し続けていたのだ。


そして今。


倫理局の最上階、代表室。

分厚いマホガニーのデスクを挟んで、ヴォイドとマキナはついに再会を果たしていた。


「久しぶりだね、マキナくん。君が立派に倫理局を回してくれていたと聞いて、ぼくはとても嬉しいよ」


ヴォイドは、少年のように無邪気な笑顔でマキナに語りかけた。対するマキナは、憎悪と狂気に満ちた目をヴォイドに向け、世界を滅ぼすための壮大な心中計画を語り始めた。人間がいかに醜いか、この世界がいかに無価値か、そして自分たちがいかに共に滅びるべき運命にあるか。

しかし、数分後。

マキナはあっけなく言いくるめられていた。


「でもさ、マキナくん。世界を滅ぼすなんて、すごく非効率だし、第一、ぼくのお父さんとお母さんがそんなこと許さないと思うんだよね。両親はね、ぼくに、『常に社会の役に立つ完璧な人間であれ』と教えてくれたから」


ヴォイドという奇人の行動原理は、ただ一つ。「両親の言いつけを守る完璧な子供(ぼくちゃん)であること」であった。その圧倒的に幼稚で純粋な規範に従って生きている彼からすれば、他責と逃避で理論武装しているマキナの心理など、手に取るように分かった。


「君は、世界が憎いんじゃない。ただ、自分が犯した過ちから逃げたいだけだろう?アレックくんを騙し、子供を捨てたという過去から。だったらね、世界を滅ぼすなんて大それたことを考えるより、過去そのものを清算した方が、よっぽど良いんじゃないかな」


ヴォイドの淀みない、しかし、感情の全くこもっていない、だが、感情に共感するやさしみの連打に、マキナの安易な心中願望は、まるで春の雪のように綺麗さっぱりと消え失せてしまった。


しかし、それはマキナが救われたことを意味しない。


彼女の中にあった世界に対する漠然とした怒りや、行き場のないやるせなさは、ヴォイドの言葉によって恐るべき方向へと収束してしまったのだ。


「……そうね。世界を……憎む必要なんてなかった。私が憎むべきは……私の過去の汚点。あの忌まわしい失敗作……ルキア……」


マキナの瞳に、身の毛もよだつような暗い炎が宿った。彼女の全ての狂気は、実の娘であるルキア一人へと向けられたのである。

ヴォイドは、そんなマキナの恐るべき変化に一切の興味を示さなかった。彼は悪人ではない。ただ、目の前の業務を完璧にこなすだけの男である。彼は引き出しから書類を取り出すと、「じゃあ、君の個人的な問題は君の個人的な範囲内で解決してくれたまえ。ぼくはこれから、倫理局の正常化という業務があるからね」とだけ言い残し、あっさりと書類仕事に没頭し始めた。


一方その頃。


キャピタルシティの片隅にあるボーン探偵事務所では、そんな血で血を洗うような陰謀劇など微塵も感じさせない、いつも通りの底抜けに明るく、そして騒がしい日常が展開されていた。


「アレックさん! ルキアさん! 大変です、依頼人の方がいらっしゃいました!」


フィレモが勢いよく事務所のドアを開け放ち、一人の疲れ切った老人を連れ込んできた。老人の依頼は「郊外の山に逃げ込んだ、新種の魔導ペットを探してほしい」というものであった。

報酬の額を見るなり目の色を変えたアレックと、家事から逃れるために喜んで同行を申し出たルキア、そしてフィレモの三人は、意気揚々と郊外の山へと向かった。

しかし、そこはウエストワールド特有の、奇妙な生態系が息づく魔の山であった。


「ちょっと! なんなのよこのガキは! 離しなさいよ!」


山に入って早々、ルキアの悲鳴がこだました。見れば、虫取り網を持った地元の腕白坊主が、ルキアの立派な悪魔の角と羽を見るなり「すっげえ! 新種のキメラだ! 捕まえたぞ!」と叫びながら、彼女の頭から巨大な虫取り網を被せているではないか。


「私は誇り高き悪魔よ! キメラじゃないわ! というか、なんでこの網、魔力耐性があるのよ! 抜け出せないじゃない!」


網の中でジタバタと暴れるルキア。その姿は、冷徹な元警察代表代行の面影など欠片もない、ただのドジな小悪魔そのものであった。

フィレモが慌てて少年を説得していると、今度は山の奥から地響きのような音が聞こえてきた。


「おい……嘘だろ……なんでこんなにいるんだよ!」


アレックが血相を変えて走ってくる。その後ろからは、白くて丸くて、巨大なマシュマロに羽が生えたような可愛らしい生物——「ふわふわグリフォン」の大群が、凄まじいスピードでアレックを追いかけ回していた。


「アレックさん! それ、依頼されたペットですよ! どうやって見つけたんですか!?」


「知るか! 巣の近くでくしゃみをしたら、親鳥ごと怒らせちまったんだ! 助けてくれえええ!」


ルキアは網を被ったままゲラゲラと笑い転げ、フィレモは魔法でグリフォンたちをなだめようと奮闘し、アレックは涙目で山中を逃げ惑う。結局、泥だらけになりながらもペットの捕獲に成功した三人は、大笑いしながら山を下りた。

狂気と絶望が支配するウエストワールドにあって、この探偵事務所のメンバーが織りなす日常だけは、どこまでも明るく、温かく、そして喜劇に満ちていた。

夕暮れ時。茜色に染まる街角で、三人は二手に分かれることになった。


「それじゃあ、私とアレックは先に事務所に戻って、この泥を落とすわね。フィレモちゃんは気をつけてね」


「はい! 頼まれた魔導書を買ったら、すぐに帰ります!」


ルキアとアレックに手を振り、フィレモはキャピタルシティ最大の書店へと向かった。

書店の入り口には、夕日に照らされた見事なステンドグラスがあり、色とりどりの光を歩道に落としていた。

フィレモがその光の海を渡ろうとした時、そこに一人の男が立っていることに気がついた。

純白のスーツ。あからさまな知性の塊でありながら、純粋な少年の瞳を持つ壮年。

ヴォイド・ナギ・ヌルフィールドであった。

彼はまるで、古くからの友人を見つけたかのように、優しく、そして底知れぬ魅力を持った微笑みをフィレモに向けた。


「やあ。君が、フィレモくんだね。ずっと君に会いたかった」


フィレモは警戒して身構えたが、ヴォイドから放たれる空気には、一切の敵意も悪意も感じられなかった。むしろ、圧倒的なまでの「純粋な善意」だけがそこにあった。


「君のお母さんは、元倫理局代表だったね。君のその真っ直ぐな瞳は、お母さんによく似ている」


ヴォイドの静かな声が、フィレモの胸の奥に響く。


「ぼくはね、倫理局の代表になった。今の倫理局は、狂った倫理でこの美しい世界を壊している。でもね、ぼくが来たからには、必ず正常化を成し遂げてみせるよ。ぼくの完璧な計画の元にね」


ヴォイドはゆっくりと手を差し出した。


「そこでだよ。フィレモくん。もし君が、お母さんが夢見たような、そう……平和な世界を作りたいと心から願うのなら……倫理局に来てくれないか。『君』が最後のピースなんだ。もちろん、君の大切なアレックくんや、ぼくの可愛い生徒だったルキアくんも一緒に連れてきていい。君たちの明るい光が、今の腐り切った倫理局には必要なんだよ」


その誘いは、あまりにも魅力的だった。

世界を根本から変えるための、最も確実で、最も平和的な手段。ヴォイドの目には、一点の曇りもなかった。彼は本気で、この世界を良くしようとしている。その狂気的なまでの純粋さに、フィレモの心は大きく揺れ動いた。


「私は……」


フィレモが答えようとした、その時である。

書店の向かいの路地裏。暗い影の中に、一つの怨念が潜んでいた。

マキナ・バイタルである。

彼女は、偶然この場を通りかかり、ヴォイドがフィレモに優しく微笑みかけ、手を差し伸べている光景を目の当たりにしてしまった。

マキナの精神は、すでに極限まで擦り切れていた。

自分の全てであったはずのヴォイドが、自分には一切の興味を示さず、あろうことか、若く美しいフィレモに「一緒に来ないか」と甘い言葉を囁いている。

真実は違う。ヴォイドはただ、業務の効率化のために有能な人材をスカウトしているだけであり、そこに個人的な感情など微塵もない。

しかし、マキナの歪み切った心は、最も単純で、最も破滅的な誤解をしてしまった。


「……まただ。また、あの人は、私を捨てるのね。私を切り捨てて、あの若い娘を新しい『お気に入り』にするつもりなんだわ」


路地裏の影の中で、マキナは自身の爪が手のひらに食い込み、血が滲むほどに強く拳を握りしめた。

ヴォイドへの愛、アレックへの罪悪感、ルキアへの憎悪。それら全てが、真っ黒な嫉妬の炎となって彼女の全身を焼き尽くしていく。


「許さない……絶対に許さない。私のものを奪う者は、ルキアだろうと、フィレモだろうと、すべて……!」

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