第一話 6
香久夜と別れたあとも、悠馬の頭の中は妙に落ち着かなかった。
聞きたいことは、山ほどあった。
昨日の化け物のこと。
香久夜の言っていた“ガーディアン”という言葉。
自分が命を狙われているという話。
……全部、意味がわからない。
けれど、今は誰かと一緒にいるよりも、少しひとりで考えたかった。
そうして家に戻り、自分の部屋に入ると、ようやく一息つく。
「……なんなんだよ、ほんと……」
ベッドに腰を下ろし、今日一日の出来事を頭の中で整理しようとした。
けれど、思い返せば思い返すほど、逆にぐるぐると混乱していく。
学校での騒ぎ。
体育館裏。
公園での意味不明な会話。
しもべだの、付き合えだの、ガーディアンだの――
そして、結果的に香久夜がくれた物。
赤い、ダルマのキーホルダー。
香久夜と公園で話したあと、このダルマのキーホルダーは彼女に返そうとしたが……
「ふっ……これは、二人が付き合う記念にあげるわっ!」
と、言いながら受け取らなかった。
「なんなんだろう……これ」
赤いダルマのキーホルダー。
しかも、小さく――
『七ころび、八起き』
なんて書かれてある。
「……なんだかなぁ……」
付き合う記念にくれた物、らしいけど……こんな物を、普通、交際相手に渡すか?
「でも……ダルマは、無いよな……?」
それに、本気なのか冗談なのか、最後までよくわからなかったし……
(いや……まさか、本気ではないよな……?)
そう考えたところで、なぜか少しだけ顔が熱くなる。
「……いやいや、何考えてんだ、俺……」
ひとりで勝手に気まずくなりながら、悠馬は再びダルマのキーホルダーを見つめた。
すると――
「なんや、キモ〜おますで〜っ!」
「あんさん?」
「……うん?」
悠馬は顔を上げた。
「何っ?」
部屋の中には、誰もいない。
「……気のせいか?」
そう思い直して、再びダルマへ視線を落とす。
(でも、あいつ……西園寺香久夜か……)
気の強そうな顔。
偉そうな態度。
でも、最後に見せた少しだけ真面目な目。
そんなことをぼんやり考えていると――
「うわっ……もう、かんべんして〜えなっ……」
また、聞こえた。
しかも今度は、はっきりと。
「……だれっ!?」
悠馬は立ち上がり、部屋の中をきょろきょろと見回す。
「やばっ! あんまりキモかったから、つい声が出てもた!」
「なんだ!?」
悠馬は反射的に机へ目を向けた。
そして――
ダルマと、目が合った。
「…………」
「…………」
一秒ほど見つめ合ったあと、ダルマがすっと目を逸らした。
「……お前だよな?」
悠馬は机に近づき、ダルマを凝視する。
「今、しゃべったの?」
ダルマは、何も言わない。
「……………」
「……そうだよな……?」
一呼吸置いて、
「まあ、ダルマが喋るはず、ないか……?」
悠馬はそう言いながら、机の横に置いてあったカセットコンロを手に取った。
カチッ――と火をつける。
そして、ゆっくりとダルマを火に近づけた。
「あちちちちちちっ!!!」
ダルマが飛び跳ねた。
「何すんのや!!!」
「あっついだろが!!!」
もともと赤い顔を、さらに真っ赤にして怒鳴っている。
悠馬はダルマをつまみ上げ、目の前まで持ち上げた。
「なんか変なこと言うからだろ?」
「で、あんた、何者?」
ダルマはぜえぜえと息を切らしながら、少しだけ胸を張った。
「わいはな――」
「まあ……香久夜はんの使い魔、ってとこかな」
「使い魔……?」
「せや」
ダルマは、えっへんと小さく顎を上げる。
「あんさん、“付喪神”って知っとるか?」
「ああ……なんか、物に宿る妖怪みたいなやつじゃない?」
「妖怪やないで!」
ダルマはすぐさま食いついた。
「ちゃんと、最後に〝神〝がついとるやろ!」
「間違えんといてや!」
「ああっ……で、その“つくちゃん”がどうかしたの?」
「つくちゃん言うな!」
ダルマは机の上でぴょこんと跳ねた。
「ワイはなっ! 以前は妖刀だったんじゃぞっ!」
「それはそれは、たくさんの人間を切り殺した存在じゃ! ワッハハハハッ!」
「でも、香久夜に負けたんでしょ?」
「……はいっ……」
「で、ダルマにされちゃった?」
「まぁ……そんな、とこ……」
「……それは、災難だったな」
「うん……」
つくちゃんは、どこか妙にしょんぼりして見えた。
少しの沈黙。
それから、つくちゃんがぽつりと呟く。
「……まあ、あの人も、色々しんどいもん抱えとるしな……」
「えっ?」
「いや、なんでもないで!」
つくちゃんは慌てて誤魔化した。
悠馬は眉をひそめた。
「……やっぱり、あいつ何か隠してるよな?」
「そら、まぁ……」
つくちゃんは一瞬だけ口を開きかけて、すぐに閉じた。
「……あんまり、勝手に喋ると怒られるしな」
「は?」
「いやいや! 今のは聞かなかったことにしてや!」
「……怪しいな」
けれどその一瞬、悠馬は違和感を覚えた。
ダルマの丸い体の向こう側に、ほんの一瞬だけ――
細く、鈍く光る“刃”の残像が見えた気がしたのだ。




