第一話 5
近くの公園。
ベンチに腰掛けた西園寺香久夜は、満面の笑みで缶の〝おしるこ〝を飲み干した。
ちなみに、ジュース代は悠馬が出している。
カン、と軽い音を立てて空き缶を置くと、ゆっくりと悠馬の方を向く。
「単刀直入に言うわっ!」
「あなた、私のしもべになりなさい!」
「…………えっ?」
「聞こえなかった?」
香久夜は眉をひそめる。
「私のしもべになりなさい、って言ってんの!」
「ええ〜っ!!!」
悠馬は思わず声を上げた。
「なにっ……しもべって……?」
「……じゃあ、私の家来になりなさい?」
「いや……意味は理解してるよ!」
「なんでかって話でしょ!?」
「あなた……」
香久夜はすっと立ち上がり、ビシッと人差し指を突きつけた。
「いたいけな少女を、あんな化け物の前に残して――」
「逃げたわよね?!」
「ええ〜っ!!!」
「いやいやいやっ! キミが逃げろって言ったよね!?」
「言ったけど、普通は逃げないでしょ?」
「それとも――」
香久夜はわずかに口角を上げた。
「その事実、学校でバラまかれたいの?」
「…………えっ?」
「それって、脅してない?」
「そう、聞こえなかった?」
「いや! 聞こえたけど……!?」
「そう、言ったつもりだけど!」
「ええっ……ちょっと待って、理解が追いつかない……」
香久夜は呆れたようにため息をついた。
「……頭、悪っ!」
「ええ〜っ……」
悠馬が肩を落とす。
その様子を見て、香久夜はふっと顔を上げた。
「わかったわ!」
「じゃあ、しもべになる特典を用意してあげる!」
「えっ、特典?」
「そっ!」
香久夜は胸を張る。
「あなたを魔物から守ってあげるわっ!」
「それなら、文句ないでしょ?」
「ええっ……魔物って、そんなのどこにいるの?」
「昨日、デッカいのがいたでしょ?」
「ああっ? あのコマ犬?」
悠馬は首を傾げる。
「あれは、魔物じゃなくて、幽霊の一種じゃないの?」
香久夜の表情が、わずかに引き締まった。
「あれは、そんな生やさしい物じゃないわ」
「はっきり言って――あなた、殺されるわよ!」
「ええっ……そんな、大袈裟な……」
悠馬は苦笑いを浮かべる。
「あんなのは、結構いるよ?」
「まあ、あそこまでデカくはないけど……」
香久夜がじっと悠馬を見つめた。
「あなた……あれを霊の一種だと思ってない?」
「えっ、違うの?」
「あれは、霊とは違うわっ!」
香久夜は言い切る。
「明確な敵意を持っていたでしょ?」
少しだけ間を置いて、
「まあ、どうしても霊だと言うのなら――悪霊ね!」
「えっ、悪霊って……そんなの本当にいるの?」
「俺、見たことないけど?」
「さあ〜? いるんじゃない?」
香久夜は肩をすくめる。
「あなたも昨日みたでしょ? あの、デッカいヤツ?」
「なんかはぐらかされた様な……?」
「ああ〜っ! 面倒くさい!」
香久夜は急に声を張り上げた。
「じゃあ、いいわっ!」
びしっと指を突きつける。
「あなた! 私と付き合いなさい!」
「へっ?」
「だから!」
香久夜は胸を張る。
「私が彼女になってあげるって言ってんの!」
「こんなかわいい子が、彼女になるって言ってんのよ!」
「何も、問題ないでしょ?」
悠馬は一瞬固まったあと、顔を赤くして視線を逸らした。
「いやっ……確かに悪くはないけど……」
「なんか、素直に“はい”とは言いづらいような……」
香久夜の目が細くなる。
「はっきりしないヤツ!」
「何、赤くなってんの?」
「いや、それは……!」
「それよりさ! なんか、キミを追いかけていた男子が、大勢転んでいたよね?」
「あれって、キミが何かしてたの?」
香久夜は腕を組み、ふっと息を吐いた。
「知らないわよっ! きっと、夏バテかなんかじゃない?」
「最近の若者は、根性がないから!」
(えっ……なんか、変に大人っぽくない?)
「……わかった」
香久夜は、盛大にため息をもらし、ゆっくりと悠馬を見る。
「はっきり言うわっ!」
「あなた、命は惜しいでしょ?」
「えっ……?」
「あなた、とんでもないヤツらに狙われているの」
その声は、先ほどまでとは違っていた。
軽さが消えている。
「昨日のあれみたいなのは、あれ一体で終わりじゃないわ」
「えっ……?」
「しかも、厄介なのは、ああいうのだけじゃないの」
「普通の人間みたいな顔をして、平気で近づいて来る連中もいる」
悠馬の背中に、ぞくりとしたものが走った。
「な、何それ……」
「だから言ってるのよ」
香久夜は真っ直ぐに悠馬を見つめた。
「このままだと、あなたはそのうち本当に消されるわ」
「しかも、下手に目立つと――」
そこまで言って、香久夜は一瞬だけ言葉を止めた。
「……いや、なんでもない」
「えっ?」
「とにかく!」
香久夜は強引に話を戻す。
「私が守ってあげると言ってるの!」
「はっきり言って、かなり危険な状態なのよ!」
「……わかった?」
悠馬は言葉を失った。
「えっ……俺が、命を……?」
「だれに? なんの為に?」
香久夜は少しだけ視線を外した。
「……そこまでは、私にもまだわからない」
「でも、危険なのは事実」
「そのことも含めて、私がはっきりさせてあげるわっ」
悠馬は、ゆっくりと息を飲む。
「えっ……キミって、何者?」
香久夜は、ふっと微笑んだ。
そして――
「私は、西園寺香久夜!」
「あなたのガーディアンよっ!」




