第一話 4
翌日。
神坂悠馬が教室に入ると、朝から妙にざわついていた。
「なあ、聞いたか?」
「一年に、すげえ可愛い転校生が来たらしいぞ!」
「マジで? どんなレベルなんだ?」
「いや、マジでやばいらしい」
男子たちが、朝から妙に浮き足立っている。
悠馬は席に座りながら、小さく息をついた。
(またそういう話か……)
昨日の夜の出来事が、まだ頭から離れない。
あのデッカい狛犬みたいな化け物。
そして――
あの、謎の女の子。
(……なんだったんだろう?)
そんなことを考えながら、悠馬は机に肘をついた。
ふと、机の横にかけた鞄を見る。
そこには、あるはずのない赤いダルマのキーホルダーがついていた。
「……えっ?」
昨日、部屋に置いたはずなのに。
「なんで……?」
手に取ろうとした瞬間、教室の前方がざわついた。
「おはよう! 出席を取るぞ!」
いつの間にか、教壇の前には先生が立っていた。
悠馬は思わず、ダルマから手を離す。
「……なんなんだ、これ……?」
ダルマは勝ち誇ったかのように、カバンにぶら下がって揺れていた……。
⸻
数時間後。
授業の合間、次の教室へ移動するために廊下を歩いていた時だった。
「あっ!」
不意に、後ろから声をかけられる。
悠馬が振り向いた瞬間――
その場で固まった。
「……えっ?」
そこに立っていたのは、昨日の夜、あの化け物の前に現れた少女だった。
長い髪。
整った顔立ち。
そして、妙に堂々とした立ち姿。
間違いない。
(昨日の……!?)
周囲の空気が、一瞬で変わる。
「お、おい……」
「あれ、一年の転校生じゃね?」
「うそだろ……」
「めっちゃ可愛くね……?」
ざわざわと、廊下の空気が騒ぎ始めた。
香久夜はそんな周囲の視線など気にした様子もなく、まっすぐ悠馬を見る。
「あなたに、ちょっと話があるの」
「付き合ってくれる?」
「……えっ?」
その一言で、周囲が一斉にざわついた。
「ええっ!? 付き合ってくれって!?」
「なんなんだ、あの男は!?」
「くそう……!」
「羨ましい!!」
一気に視線が悠馬へ突き刺さる。
「いやっ、ちょ――」
悠馬が慌てて何か言おうとした、その時。
香久夜が、うるさそうに周囲を睨んだ。
その瞬間だった。
ざわついていた空気が、ぴたりと止まる。
何人かの男子が、ビクッと肩を震わせて口をつぐんだ。
香久夜はそのまま、悠馬へ向き直る。
「放課後、体育館裏に来て!」
それだけ言うと、踵を返して歩き出した。
「ええ〜っ……」
悠馬は呆然とその背中を見送る。
その後ろを、好奇心と嫉妬に駆られた男子たちが、ぞろぞろと追いかけ始めた。
「ちょっと待ってよ! 香久夜ちゃ〜ん!」
「どこ行くんだよ〜!」
「俺もついてく〜!」
だが――
次の瞬間。
「うっ……!?」
「な、なんだこれ!?」
「ぐっ……お、起き上がれねぇ……!」
追いかけていた男子たちが、次々とその場に倒れ込んだ。
まるで、見えない何かに押し潰されたように。
「うわっ、なんだこれ!?」
「香久夜ちゃ〜ん!?」
「お、重っ……!」
廊下の真ん中で、数人の男子が無様にもがいている。
悠馬は、その光景を少し離れたところから見つめた。
(なんか……大変そうだな……?)
昨日の夜から、どうも色々と普通じゃない。
だが、今はそれを深く考える余裕もなかった。
悠馬は、ため息をひとつ吐くと、その場をあとにした。
⸻
放課後。
約束通り、悠馬は体育館裏へ向かった。
本当は行かないという選択肢もあった。
けれど――
昨日の夜のことを思い出すと、どうしても無視できなかった。
体育館裏へ回り込んだ瞬間、悠馬は足を止めた。
「……うわ」
そこには、西園寺香久夜がいた。
――そして、その周囲には。
大量の男子生徒たちが、たむろしていた。
「おっ、ヤロウが来やがったぞ!」
「くそう……なんてヤツだ……!」
「羨ましい……!」
ぼそぼそと、怨念じみた声がそこら中から聞こえてくる。
(なんだこれ……)
香久夜はそんな周囲をまるで気にもせず、腕を組んだまま悠馬を見た。
「遅いわね!」
「レディを待たせるとは、あなたには常識がないの?」
「ご、ごめん……」
悠馬は反射的に謝ってしまう。
「で、俺に何か用?」
香久夜は周囲を一度見回した。
その視線だけで、何人かの男子がびくっと肩を震わせる。
そして、ほんのわずかに眉を寄せた。
「……ここじゃ、話しにくいわ」
「このままだと、また余計なのまで寄って来るし……」
「えっ?」
「……あっ」
香久夜は一瞬だけ目を逸らし、すぐに咳払いをした。
「……なんでもないわ」
「いや、今――」
「とにかく、ついて来て!」
そう言って、香久夜はさっさと踵を返した。
「ええ〜っ……」
悠馬は小さくぼやきながら、その後を追う。
当然のように、その後ろをまた大量の男子たちがついて行こうとした。
だが――
「うっ!?」
「ま、またかよ!?」
「ぐわっ……!」
「お、起き上がれねぇぇ……!」
次の瞬間、全員がまとめて地面へ倒れ込んだ。
「なんだこれぇ!?」
「香久夜ちゃ〜ん!!」
「待ってくれぇぇ……!」
無様にもがく男子たちを横目に、悠馬は少しだけ歩調を緩める。
(なんか……大変そうだな……)
だが、香久夜は一切振り返らない。
そのままスタスタと歩いていく。
悠馬は軽く頭をかきながら、仕方なくその背中を追いかけた。
その時、またカバンのダルマが、かすかに揺れていたが、悠馬が気づくはずはなかった……。




