第一話 2
住宅街の道を、悠馬はひとり歩く。
車の音も少なく、やけに静かな夜だった。
「んっ? あれっ……蛍?」
「……へぇ〜。こんな所にも蛍っているんだ……」
光は一匹だけ、ゆっくりと空中を漂っている。
まだ少し季節外れな気もするが……悠馬は深く気にはしなかった。
昔から、普通の人には見えないものを、たまに見ることがあった。
だからこれも、その延長くらいにしか思わなかった。
けれど、その光はどこか妙だった。
ふわふわ飛んでいるようでいて、どこか一定の距離を保っている。
まるで――
自分の周囲を観察しているみたいに。
「……なんなんだろう?」
光は一度だけ、悠馬の胸元でぴたりと止まり――
次の瞬間、ふっと消えた。
同時に、空気が変わる。
さっきまでただ静かだった夜が、急に薄気味悪く感じた。
住宅街の奥から、何か重たいものが、こちらへ近づいてくるような圧がある。
しかもそれは、ただ近づいてくるというより――
何かが、“こちらを探している”ような気配だった。
「……えっ?」
悠馬は思わず足を止めた。
その場に立っているだけなのに、背中をじわりと汗が伝う。
何かがいる。
しかも、それは最初から、自分を狙っている気がした。
コンビニの明かりが見え、悠馬はそのまま店の中へ入る。
自動ドアが開き、明るい店内の空気に包まれた瞬間――
少しだけ、息がしやすくなった。
「……なんなんだ、今の……」
自分でも笑えるくらい、露骨にホッとしている。
悠馬は誤魔化すように飲み物と適当な菓子を手に取り、会計を済ませた。
そして、店を出た時だった。
コンビニの先、建物の影に――
誰かが立っていた。
長い髪の、女。
街灯の光が届かず、顔まではよく見えない。
「……誰だ、あれ?」
ほんの一瞬だけ、視線が合った気がした。
けれど、その直後。
悠馬の意識は、別のものに奪われた。
道路の向こう側。
そこにいたのは――
巨大な、狛犬のような化け物だった。
「えっ……?」
犬というには、あまりにも巨大すぎる。
獅子というには、形が歪すぎる。
まるで、狛犬という存在を――
何かが無理やり、化け物に作り替えたような異形だった。
筋肉の塊のような体に、不気味な眼光。
しかも、それが普通に道路を歩いている。
「デッカいコマ犬が、道を歩いているって……?」
悠馬は思わず立ち止まった。
「こんなの、初めて見たな……」
通行人は何事もなく、その横を通り過ぎていく。
誰も見えていない。
悠馬だけが、それを見ていた。
化け物は、ゆっくりと顔を上げた。
そして――
真っ直ぐに、悠馬を見た。
その目は、獣のようでいて、どこか違った。
飢えや怒りというよりも――
何かを“確認”したような目だった。
まるで、ずっと探していたものを見つけた時みたいに。
「……えっ?」
次の瞬間。
化け物の姿が、ぶれた。
跳んだのか、走ったのか、一瞬わからない。
ただ気づいた時には、さっきまで道路の向こうにいたはずのそれが、もう目の前まで距離を詰めていた。
「ええっ……!? なんでっ!? どうして!?」
悠馬は反射的に駆け出した。
後ろから、重い足音が追いかけてくる。
ありえない。
なんで、こっちに来る。
なんで、自分なんだ。
息が上がる。
足がもつれそうになる。
住宅街の角を曲がっても、化け物はぴたりと後ろにいた。
しかも、近づき方が妙だった。
足音は重いのに、気配の距離が合わない。
まるで空間ごと縮めてくるみたいに。




