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第一話 それは幽霊じゃなかった」


昼休みの終わりが近づいた教室は、どこか気の抜けたざわめきに包まれていた。


神坂悠馬こうさか ゆうまは、机に頬杖をつきながら、ぼんやりと教室の後ろを見ていた。


――また、いる。


掃除用具入れの横。誰も立っていないはずの場所に、黒っぽい影がひとつ。


人の形にも見えるが、輪郭が妙に曖昧で、見れば見るほど“そこにいる感じ”が薄れていく。


しかも、それはさっきから――


じっと、こちらを見ていた。


「……はぁ」


悠馬は小さくため息をつき、視線を逸らした。


昔から、こういう“変なもの”を見ることがある。


最初は怖かった。


でも、今はもう慣れてしまった。


一つや二つじゃない。


形も、気配も、それぞれ違う。


ただそこにいるだけのものもいれば、今みたいに、はっきりと“こちらを見ている”ものもいる。


(……最近は、特に多い気がするけど)


見えても、見えないふりをする。


それが一番、面倒が少ない。


悠馬は気を取り直すように、隣の席に座る女子へ声をかけた。


「あのさ……薫ちゃん?」


「うんっ? 何?」


振り向いた薫は、いつも通り明るかった。


その瞬間だった。


「おっ、薫! 今月さ、俺の誕生日なんだよ! 今度、皆んなでカラオケパーティーしようぜっ!」


近くのチャラい男子が、まるで狙ったように話へ割り込んできた。


「何よ、あんたこの前も誕生日だって言ってたでしょ!」


「いいんだよ、誕生日は何回あっても!」


「意味わかんないし!」


周囲が笑い、空気が一気にそちらへ流れていく。


薫が、ふと悠馬を見た。


「あっ、悠馬君、さっき何か言わなかった?」


「いっ、いやあ……いいんだ……」


悠馬は苦笑いだけを残して視線を落とした。


別に、大したことを言おうとしていたわけじゃない。


ただ――


今日が、自分の誕生日だと。


ほんの少しだけ、言ってみたかっただけだ。


それだけだった。


けれど、そんなことをわざわざ言い出す空気でもなくなってしまった。


まあ、いいか。


そう思いながらも、胸の奥に、少しだけ薄い何かが残った。


何気なく、もう一度だけ教室の後ろを見る。


さっきの影は、もう消えていた。


「……なんなんだろう?」


小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。



その日の夕方。


食卓には、いつも通りの夕飯が並んでいた。


叔母と従姉妹が、楽しそうに会話をしながら箸を動かしている。


悠馬は、その向かいでひとり無言だった。


「あっ、お母さん、明日、友達がたくさん来るから、ちゃんとした食事出してよね?」


「えっ、いつもちゃんと出してるでしょ?」


「いやっ、ダサい食事は出さないでよね!」


「まったく、この子は……」


笑いながら交わされる、いつもの会話。


その流れの合間に、悠馬は小さく口を開いた。


「あっ、あのう……叔母さん?」


「うんっ? 何、悠馬君?」


その瞬間、また従姉妹が言葉を被せた。


「あと、お菓子もいるからね! 飲み物も!」


「あんた、注文ばっかりねえ」


「あっ、悠馬君、何?」


「いっ、いやあ……いいです……」


結局、それだけだった。


誰が悪いわけでもない。


ただ――今日の自分には、言葉を差し込む隙が、どこにもなかった。


夕食を終え、自室へ戻った悠馬は、ベッドに腰を下ろした。


薄暗い部屋の中で、天井を見上げる。


「……なんだかな」


小さく呟いて、息を吐く。


十七歳の誕生日。


別に祝ってほしいわけじゃない。


でも、ここまで何もないと、それはそれで少しだけ堪える。


悠馬は立ち上がると、財布をポケットに入れた。


「……コンビニでも行くか」



夜風は、思ったより少し冷たかった。


住宅街の道を、悠馬はひとり歩く。


車の音も少なく、やけに静かな夜だった。


その時――


ふわり、と。


視界の端に、小さな光が揺れた。




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