第一話 14
「やあっ! さっきはどうも!」
突然、声が割り込んできた。
「ご一緒していいかいな?」
「……っ!?」
悠馬は思わず、凝視する。
香久夜も、もぐもぐとハンバーガーを頬張ったまま顔を上げた。
そこには――
見知らぬ若い男が立っていた。
少しラフな格好をした、どこか人懐っこそうな雰囲気の男。
見た目だけなら、普通に街で見かけるような兄ちゃんにしか見えない。
その男は、にこにこしながら、軽く手を上げている……
「うんっ?……誰よ、あんた?」
香久夜が、ハンバーガーを頬張ったまま答える。
「あのさ! 初対面の人に、あんた……はないんじゃない?」
悠馬が思わずツッコむと、男は楽しそうに肩をすくめた。
「おおきに! でも、初対面やないでっせ?」
その瞬間――
店内では、すぐ隣の席の客が普通にポテトをつまんでいた。
誰ひとり、この男の存在に違和感を抱いていない。
(こいつ! さっきのトカゲ男やっ!)
頭の中で、つくちゃんの声が弾けた。
「ええっ……!?」
悠馬が思わず椅子を引く。
「さっきの黒トカゲっ!?」
「そうでっせ!」
男――メビルは、にいっと笑った。
「なかなか、色男でっしゃろ?」
その瞬間――
「ちょい待ちぃっ!!」
つくちゃんが、いきなり声を張り上げた。
「なんや、あんさん! ワイと喋りの系統、丸かぶりやないか!」
「ワイが先やぞ!? そのへん、もうちょいズラさんかい!」
「えっ、そこ!?」
悠馬が思わずツッコむ。
メビルは一瞬だけきょとんとしたあと、にたりと口元を歪めた。
「なんでワイが、キャラ調整せなあかんのです?」
「調整せぇや!!」
「怪異にも住み分けは必要やろが!!」
「いや、何の会話なのよっ!?」
香久夜が思わず叫ぶ。
だが、そのやり取りのせいで、ほんの一瞬だけ場の空気がズレた。
それが逆に、不気味だった。
普通の若者の顔で、普通じゃない怪異が、普通の店の中で会話している。
その光景だけで、日常の輪郭がじわりと歪んで見えた。
「でっ! その色男が、なんの用なのよっ!」
香久夜が即座に睨みつける。
「何度も、うっとおしい顔を見せないでくれる?」
そう言いながらも、彼女はポテトをつまんでいた。
メビルはその様子を見て、少し感心したように眉を上げる。
「お嬢はん、だいぶ図太いでんなぁ〜?」
「褒めてないなら、いらないわよ」
「いやぁ、褒めとる褒めとる」
「全然うれしくないわね」
悠馬は二人を見比べながら、ひそひそとつくちゃんへ話しかけた。
(えっ……なんで、こんな普通の姿してるんだよ?)
(そら、擬態やろな……)
(ああいうのは、こういう時だけ無駄に器用なんや……)
(でっ、なんで、こんなところまで普通に来るんだよ……)
(それは、ワイにもようわからんっ! でも、絶対ロクな用やないでっ!)
「で?」
香久夜が、腕を組みながら言った。
「わざわざ人の食事を邪魔してまで、何をしに来たの?」
メビルは、わずかに肩をすくめる。
「いやぁ、ちょっと、落ち着いて話したいな思うてな?」
「さっきはバタバタして、あんまり話せんかったやろ?」
「だったら、今ここで話しなさいよ?!」
「うーん……」
メビルは少しだけ周囲を見回した。
店内には普通の客たちがいて、誰もこちらを気にしていない。
それでも、彼は少し困ったように笑う。
「ここやと、ちょっと人目が多すぎるんよなぁ〜!」
「なんや、込み入った話もあるしっ?」
「だったら、そのまま帰ればいいじゃない」
香久夜は、シェイクをストローで飲んだ。
「そうも、いかんのんや!」
メビルは、今度は悠馬を見た。
その目は、さっきまでの軽い感じとは少しだけ違っていた。
「……兄ちゃんと、ちゃんと話しとかんとあかんことがあるしな?」
その言葉に、悠馬の背筋がひやりとする。
「……俺?」
「せや」
メビルは軽く笑う。
「兄ちゃんの中にあるもんについて、な」
「……っ」
香久夜の表情が、わずかに険しくなった。
「……ここで暴れたら、ただじゃ済まないわよ?」
「暴れる気ぃは、あらへんで!」
メビルは、両手をひらひらと見せる。
「今日は、ほんまに話し合いのつもりや」
その顔が、妙に本気だった。
しばらくの沈黙。
やがて、悠馬が小さく口を開く。
「……話すだけ、なら……」
「ちょっと、悠馬っ!」
香久夜がすぐに止めようとする。
だが悠馬は、少しだけ真面目な顔で続けた。
「でも、俺も……聞きたいことがあるし」
「……っ」
香久夜はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。
「……わかったわよ」
「ただし、変な真似したら――」
「その場で、叩き潰すわ!」
「こわっ」
メビルが苦笑する。
「……でも、ワイはそれでも、かまへんけどな!」
⸻
その後、三人が向かったのは、少し離れた場所にある小さな公園だった。
夕方はすでに終わりかけていて、空は薄い群青へ変わり始めている。
人気はほとんどない。
街灯の灯りが、遊具やベンチをぼんやりと照らしていた。
「で?」
香久夜が腕を組んだまま言う。
「話って、何よ?」




