消えた写真
美織は冗談交じりで、舞に顔を近付けた。
「違うって!もしそうだったら2人に言ってるし。」
舞は少し強張った表情で答えた。さっきまで明るく振る舞っていた舞だったはずなのに、静かな悲しみを帯びたような感覚が日菜子に流れ込んでくる。気のせいだと隅においた感覚は舞のものだったのか…?
「舞、何かあった?」
日菜子はあまり押し付けがましくならないように心がけながら、舞に尋ねた。ひと呼吸すると舞は窓の外に目を向けて話し始めた。
「アンプレの写真…私のアンプレの写真がさ、消えちゃったの。」
「写真が消えたの?全部?」
「1枚だけ。正確に言うとその写真の画面だけ真っ黒になってしまって、ずっとそのままなの。」
「そんなことってある?」
美織はスマホを取り出し、自分のアンプレ画面をスクロールさせながら、首をかしげた。
「アップロードできなかったの?」
日菜子は舞のスマートフォンを見ながら言った。
「ううん、違うの。トップにピン留めしておいた一番お気に入りの写真。」
「ホントだ。真っ黒になってる。」
舞のアンプレを見た美織が言った。
「どの写真?」
「それが思い出せないの。その写真が、見えなくなってから、そこに何の写真をピン留めしておいたのか思い出せなくて、ずっと考えているの。」
舞のモヤモヤした感情が日菜子の心の中に溶けてくる。
「それはいつから?」
まずその写真が何かを特定しなくてはと日菜子は思った。
「三週間前。」
美織はスケジュールアプリで三週間前の記憶を確認していた。
「三週間前といえば、舞のお誕生日をお祝いしたのがその一週間前だから、バースデーケーキじゃない?日菜子と私でデザインを考えて、私がめっちゃ頑張って作ったケーキ。覚えてない?」
舞は首をかしげる。
「よく分からない…。」
美織は小さなため息をついた。
「ねぇ、本当に覚えてないの?舞、すっご〜く喜んでスマートフォンで写真をいっぱい撮ってたじゃん。アンプレのトップに貼るって言って、その後、貼ってたの一度見たよ。」
美織が抑えていた苛立ちを隠せなくなってきていることは、心の中に響いてくる棘棘しい感覚で充分過ぎるくらいに分かった。
感情の波が大きくなる。受け止めなければいいのに、受け止めてしまう。
「写真が消えたとしても、覚えていないってどういうことなの?」
「美織、まだ、舞も状況がよく分からないのだから、ちょっと一回落ち着こうよ。」
舞は窓の外を見つめたまま黙って美織の言うことを聞いていた。
「―――ごめん。今夜は帰るね。」
舞は財布を取り出すと、自分の支払い金額をテーブルに置いてお店を出ていった。
「何がどうなってるの?写真が消えたり、覚えてなかったり…。」
美織はコーヒーカップを口に近付けたが、コーヒーはすでに空っぽだった。
「ごめん、日菜子。私も帰るわ。」
美織はいつも切り替えが早い。ダメなものはダメ、無理なものは無理と割り切り、すぐ動く。
「またね。日菜子。」
2人がお店を後にすると、日菜子はイスにもたれかかり、ふーっと深呼吸をした。




