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ネルドリップコーヒー

「コーヒー、好きなのかい?」

「好きですよ。まぁでもスイーツが大好きなんで、スイーツのお店巡りをしている内にコーヒーも好きになったっていう感じですかね。」

「何か気に入ってもらえるものがあるかな?」

 そう言うとマスターは小さなコルク地のメニュー表を手渡した。


 ―本日のCoffee☕

 富士の湧き水とアラビカのマリアージュ

 ―本日のおすすめ

 Midnightテリーヌショコラ☆ラズベリーソース 

 満月プリン☆漆黒のカラメル☆バニラを添えて

 流星ベイクドチーズケーキ


 文字だけのメニューは頭の中に勝手に描かれるようなシステムなのか、独特なメニューをひとつひとつ眺めながら、今まで食べてきたスイーツの記憶を辿って想像してみた。アルコールやアペタイザーなども書かれてあったが、コーヒーの香りに心は決まっていた。

「どれも美味しそうだけど…じゃあ本日のCoffeeとテリーヌショコラでお願いします。」

「かしこまりました。」

 穏やかな笑顔を静夜に向けると、マスターは丁寧な手つきでサーバーを取り出し、ケトルのお湯を注いで温め始めた。温まった頃を見計らってカップにそのお湯を注いだ。ネルドリップをサーバーにセットすると、コーヒー豆をスプーンで入れ、まずケトルのお湯を少しづつコーヒー豆に置くように注ぐ。マスターの手際の良い工程を、静夜はカウンター越しに見ていた。

「ネルドリップなんですか?」

「そうだよ。好きなんだ、この手間をかけるゆったりした時間が。ネルドリップは飲んだことある?」

「2度目です。」

 ネルを伝ってコーヒーが一雫、また一雫とカップに滴る。ドリップを始めると、コーヒー豆が泡立つように膨らむ。少し間を置いてお湯をゆっくり回すように注ぐと、ネルからコーヒーが静かに注がれていく。やわらかな甘いアラビカの香りがやさしい空気に表情を変え、一瞬、時を忘れた。静夜はその一瞬が好きだ。たくさんの情報で溢れた頭の中を綺麗にリセットしてくれるような気がするからだ。

「お待たせしました。」

 静夜の前に銀のコーヒーカップと、テリーヌショコラをのせた銀のプレートを、マスターは穏やかな微笑みと共に置いた。

「いただきます」

厳かな気持ちで言わずにはいられないほど、神々しく存在感を放っていた。

コーヒーをひとくち口の中に含むと、香りが幾重にも顔を覗かせた。飲み込むと、至福の時だ。柔らかな甘い香りと共にコーヒーが身体中に染み渡る。余韻を感じながら、見るからに濃厚そうなテリーヌショコラをひとくち口に頬張る。苦味が絶妙だ。わずかに甘さを感じるくらいの程よい苦味が頭のてっぺんにたどり着くと、口の中のテリーヌショコラは消えている。こんなに美味しいコーヒーとスイーツは初めてだった。静夜は言葉を発するのも忘れて、夢中で味わった。

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