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猫と夜カフェ

 マジックアワーに一瞬気を取られた。駅からの帰り道を急いでいた。明日までにレポートを書かないと進級できないと甲高い声で篠山先生にキツく念を押されたのに、また空を眺めてぼんやりとしてしまった。

 大学からの帰り道、朝香静夜(アサカシズヤ)は近道しようと商店街を抜けると、小さなビルの一角がカフェになっていた。「あれ?ここにこんなお店あったっけ?」

 店先に立て掛けられたシルバーのBoardに本日のおすすめが書かれていた。


 ―本日のCoffee☕

 富士の湧き水とアラビカのマリアージュ


 Midnightテリーヌショコラ☆ラズベリーソース 

 満月プリン☆漆黒のカラメル☆バニラを添えて


 夜カフェか…『larme de lune―ラルム・ドゥ・リュンヌ 』

 店の名前がなるべく目立たないように、息をひそめて隠れるように小さく書かれていた。メニューの方が存在感を放っている。

「わ。でもレポート書けって言われたしな。」

 自称スイーツ男子の静夜はメニューの書かれたBoardを見ながら、スマートフォンで時間を確かめた。まだ18時半。もう18時半。どっちだ。迷った時は進めだ!と根拠のない信念で上手く自分を丸め込み、重そうなシルバーのドアを開けた。


 スタイリッシュな店構えとは真逆のエモさで溢れる店内だった。カウンター後ろの棚には、ひとつひとつこだわりを持って集められたであろうコーヒーカップとティーカップが綺麗に収められている。コーヒーの香りが、このお店は当たりだと教えてくれる。カウンターテーブルのすみっこで静かに存在感を見せつける大きな黒電話。すぐ横で、毛並が整えられた綺麗な銀色のペルシャ猫が寝そべっていた。黒電話そばの小さなスペースが猫の指定席のようだ。

「でっかい黒電話!初めて見た。」ダイヤル式の黒電話を画像で見たことはあっても、実物を目にしたのは初めてだった。

「こんちは。」あまり大きな声を出してはいけないような気がして小声で挨拶した。カウンター席が9席とテーブル席が3席あるこじんまりした店内だった。狭いのになぜかグランドピアノが置いてあった。ペルシャ猫の近くのカウンター席に座ると、猫は銀色のふさふさしたしっぽをふんわり動かした。そしてちらりとぼくを見て丸くなると寝てしまった。

「ブランシュは人見知りなんだ。」

 黒縁メガネにふんわりウェーブの髪を束ねたマスターらしき男性が話しかけてきた。

「でもしっぽで挨拶したから、君のことは、どうやら歓迎しているようだ。」

 柔らかな物腰で心地よいトーンの声だった。「そうなんですか?」猫に気に入られたからといってなんてことはないのに、なるべくポーカーフェイスを保とうとしながらも内心嬉しかった。

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