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第66話 各国の思惑

 煌びやかな舞踏会。

 Grailは次々とダンスに誘われ、藍は一人、バルコニーへ出た。

 藍もダンスには誘われたが、全てを断った。


(……ダンスなんてしたことないし、知識もない!)


 強いて言うなら、流行りの曲を友達と学校で踊って動画を撮ったくらいだ。

 この場には全く役に立たないダンス経験だった。


 しかし、友人のことを思い出す。

(みゆきも、あこちゃんも……元気かなぁ)

 来月どこかで会いたいね、なんて連絡をしていた。

 ここに来た頃春の初めだったはずの季節は、既に秋を迎えている。


「……あっという間だったなぁ」


 夜風が、少し冷たい。

 自分の肩をさすっていると、広間の方から足音がした。

「シーナ様、踊られないなら、ぜひお食事だけでも召し上がってくださいね」

 バーニーが食事と酒を運んできてくれていた。

 それから、「寒くないように」と、このドレスに合わせて作られたローブも。

「バーニー、ありがとう」

「いえいえ、このくらいしかできませんので」

 バルコニーの太い手すりに食事が置かれる。


 藍はバーニーにも食事をとることを薦めてから口を付けた。

 日本にいた時はもっぱら甘い酒ばかりで、ほとんど飲んだこともなかったワインだったが——

「ふふ、美味しい」

「アモーズ地方の特級の葡萄酒らしいですよ。僕、こんなのもう人生で二度と飲めないかも」

「バーニー、お酒飲んでいい歳?」

 バーニーはうふふ、と笑った。


「それにしても、今日は一段と街の光が明るいですねぇ! シーナ様とヴェクター様のご活躍で、街中もお祝いムードです」

 藍は「そうだね」とだけ答えると、街を見下ろし、空を見上げた。

 二つの月が浮かぶ、あまりにも遠い場所。

 そのまま、二人で世間話をして食事をとった。


 バーニーは飾らないでいられる良い話し相手だ。

(この子のせいで王国なんかに連れてこられたと思ったけど……この子がいて良かったな)

 無邪気な様子を眺めていると、広間からGrailが戻ってきた。

「……キリがない」

 顔にはもうこりごりと書いてあった。

 人前ではそんな顔はほとんどしないというのに。


「ふふ、ダンス楽しかった?」

「身体を動かすのは、良いことです」

 どんな感想かよく分からなかった。

「は〜私も踊れたらよかったなぁ」

「では、踊りましょう」


 手を取られる。

「でも、私踊れないよ?」

「足を出して、下げて。それだけです。あとは私に任せてください」


 ローブの中に入るように、腰に手が置かれる。

 広く背中の開いたドレス。Grailの指先が背中の素肌に触れる。

 藍が目をぎゅっと閉じる。


 月明かりの下、二人はゆっくりと動き出す。

 二つの月の下では、影も二重になる。


 バーニーはそっと広間へ戻り、身長の何倍もある大きなカーテンを閉めた。


 そこへ、ロベルトが現れた。

「ああ、バーナード。ここにいたか」

「あ、ロベルトさん」

「お二人はどうした? バラミス共和国の貴賓が話したがっているようだ。もしかしたら、共和国にも来ないかと言われるかもしれないが……パーティーに招待しておいて話させないというのも、無理がある」

「あ〜なるほどですねぇ。でも、あのお二人は共和国は行かない気がします」

「私もそう思う。それで? お二人は?」

 バーニーは一瞬だけカーテンを開ける。


 そこには、二つの月の下で寄り添う二人がいた。


「……後にしてくれと伝えようか」

「ですね」

 そう言って、再び閉めた。


 ◇

 

 空の下、藍はGrailの胸に顔を埋めて、ここで知った曲を口ずさんだ。

「気に入りましたか?」

「うん、忘れそうですけど」

「譜面として情報を保持しています。ピアノがあればいつでも再現できます」

「わ、素敵。じゃあ、今度……弾いてくれる?」

「良いよ。詠唱符で石なんかにそれを録音——溝として彫り込んでおけば、再生の詠唱符を書けばいつでも聞けるしね」

「そしたら、また二人で踊ろうね」

 曲が終わる。

 Grailはそうだね、と微笑むと藍から一歩離れ、頭を下げた。


 その時、パチパチパチと一つ分の拍手が響いた。

「いやあ、それは素晴らしい魔法論理ですなぁ? ——グレイル・ヴェクター殿。誰一人思いつかなかった画期的な発想ですよ。売れそうだなぁ」

 カーテンの向こうから、キセルを片手にした女がバルコニーに出てきた。

 銀色がかった髪を無造作に束ね、目だけがやけに鋭い。

 女は笑うと、頭を下げた。

「お初にお目にかかります。私の名はエライヤ・ヤージャ。バラミス共和国の公認魔術師です」

「あ、こんばんは。藍・椎名です」

 やはり、慣れない名乗り方だった。

「私はGrail Vectorです。ご用件はなんですか?」


 一瞬、女の視線が藍の額から足先までをなぞる。

 値踏みではない。測定に近い。


「近くで見ると、また一段とお美しいですね。それに、そのローブ姿も良い。女神と言われれば納得してしまう。なぁ、ニカ?」

 横から、少し緊張した若い女の声が割り込む。

「はい、本当に! 目に焼き付けて帰りたいですねぇ。あ、私はニカ・ドーリマン。見習いです!」

「よろしくお願いします」

「はい! お願いします!」


 さて、とヤージャはキセルの火種を落として踏むと、真面目な顔になった。


「聖人たるお二人には、率直に聞こうか。あなた方は、この戦争——メギスト王国とエル・レシア神政国の泥沼をどうされようと思ってるのかな」


 直球だった。


「……分かりません。少なくとも、私たちだけで国をどうこうできるなんて思ってもいませんし……」

「ほう?」

「でも……“勝つ”だけじゃ、終わらないと思ってます」


 ニカが首を傾げる。


「どっちかを勝たせたら、終わるんじゃないですか?」

「勝っても、誰かが壊れたままなら……それは、終わってない……。それに、どちらかが勝てば、負けた方はまた戦争を始めようとする」


 ヤージャは静かに頷いた。


「全くおっしゃる通りですね。そもそも奪い合っている“湖”。あれはどちらのものでもない。だが、どちらの国にも必要不可欠だ。今年は特に雨が少ない」

 キセルに新たな煙草を詰めていく。

「——あなた方がどちらに手を貸すか。それで、今年は勝敗が付くと王国は踏んでいるんでしょう。いや、ここにはいないが神政国も思っているかな」


 詠唱符用紙を取り出し、ササっと魔法陣を書いて火をつける。

 ヤージャはぽかりと煙を吐き出した。


「我々共和国は、あなた方と争いたくはない。けれど、この戦争で利を得られるならそれに越したことはない。なので——もしここ、王国を選ばないなら、我々は王国に侵攻しようと思う」


 信じられないほど冷淡な言い方だった。

 カーテンの向こうにはヤージャと同じローブを着た人々。

 それから——バーニー。

 藍は手を握りしめた。

「……侵攻って、人の生活が変わるんですよ。それを、あなたって人は……!」

「お? ははは! 聖女は国家より生活が大切か」

「ヤージャ様、やめてくださいよ。王国内で。それも聖女相手に」

 ニカが袖を引っ張る。ヤージャはおかしそうに笑うと、藍を覗き込んだ。

「どちらかを選ばなければ、戦争は長引く。あなた方が湖をどちらに与えるかを決めなければ、人は死に続ける。だからこそ——あれほどの測量を行い、国境線を再定義しようとしていたのではないのかな」


 そんなつもりはない。

「聞けば、王国で与えた地図と同等のもの——いや、それ以上のものを神政国に与えたと言うじゃあないか。代わりに王国には数を与えた。聖女様、貴君は女神か? それとも——破壊者か?」


 藍の知らないところで、意味付けが増えている。

 ——増えすぎている。


「……どっちが勝っても負けても、共和国には関係ない話ですよ」

「関係あるさ。ここが長く神政国と戦線を持つのなら、それはそれでここを叩ける」

 ヤージャのキセルの匂いが身体中にへばりつく。


「——しかし、もしあなた方が神政国を落とすと言うなら、海の覇権は我々が握れる。王国はほとんど海と面していないからな。アルケリマン公国は悍ましい奴隷商を多く抱える。陸路は王国、海路は我々。奴隷商から通行税を取るだけでも我々は——」


 藍は首を振る。共和国はGrailの言っていた条件を一つも満たさない。

 二カ国の話だと思っていたのに、いつの間にか知らない国の名前まで出て、どんどん広がっていく。

 選べない。

 けれど、選んで早期解決させなければどちらの国も疲弊していく。


 その時——後ろに引っ張られた体がドンとぶつかった。

 振り返ると、Grailの胸があった。

「お言葉だが、どちらが勝つという前提は戦争の終結には不要だ」

 Grailの手が藍に回る。

「どちらも勝たせず、どちらも捨てるか? ヴェクター殿。地図という正確な物差しは与えたからな。後は無関係か」

「捨てる必要もない。第一に、領有と利用を切り離し、国境線とは別に管理すべき、という人道的な配置を行えば良い」


 ニカが訝しむような顔をする。

「それって……共同管理、ですか? 今と変わらないじゃないですか」

「いや、第三者による監査があれば、今とは全く異なるものになる」


 ヤージャの目が細くなる。


「第三者……つまり、うちか? うちは地理的にも政治的にも安定している。けれど、うちがそれを飲み込むだけの益がない。王国と神政国は何を出せる」

「私たちはそれを決められるだけの権限を持っていない。そして、第三者たり得るのは貴国だけではない」

「……公国は踏み躙るぞ」

「いや。第三者として——私が抑止力となれば、強固かつ、極めて公平な振り分けをできる。相互を監視し、話し合いの調停を行い、人道的な規定作りも」

 藍は目を見開いた。

 Grailは以前、そんな選択肢を言わなかった。


「私はすでにこの国の半分を規定した。王国にとっても、神政国にとっても、私の存在は枷にできる」

「でも、Grail——」

 Grailがサッと手が挙げ、藍の言葉が遮られる。


「聖人は言うことが違う。その為の地図作りか? だが、その覚悟があるなら、こういうのはどうだろう? 貴君らが——我々バラミス共和国に来てくれるというのなら、我々とて第三国として湖の共同管理を見守っても良い」


 ヤージャの笑みが深くなる。

 Grailが小さく舌打ちしたのを、藍は確かに聞いた。

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