表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/56

第53話 招かれざる客

「今すぐ出てください!!」


 Grailは藍とエレノアがいるテントの中に叫んだ。


 次の瞬間、視界が反転し、頬が地面に叩きつけられる。

 土と砂利を噛む。


 ——捕縛。


 判断が追いつく前に、後頭部に膝が入る。

 呼吸が一瞬、止まった。


「Grail!?」

「ヴェクター様!!」


 藍の声。

 すぐ後ろで、エレノアの掠れた声が重なる。


「逃——」

 全てを言う前に腕を捻り上げられ、引きずり起こされる。

「くっ……!」

「立て!」

 人間の持つ悪意。

 Grailは視界がまだ回る中、魔術師だと思われる者たちが次々と藍のテントに雪崩れ込んでくるのを見た。


「女もいました!」

「二人です!」


「よし。だが——あまり荒立てるな。品位が下がる」


 低い声。

 隊列の中央に立つ男が、一歩前に出る。


「バーナードの報告通りだな」


 その名に、Grailは一瞬だけ記録を検索した。

 バーナード——いや、バーニー。

 見習い魔術師。測量資料の運搬役。


(……内部からか)


「ロア隊長! ヘルマン・クイーンズ、捕えました!!」

「——クイーンズ、無様な顔だなぁ?」

 隊長と呼ばれた男が、顔に傷を負って項垂れるヘルマンを覗き込む。

「あぁ。お前の面よりはましだけどな。火傷でもしてるのか?」

 拳がヘルマンの腹に入る。

「下衆が」

 吐き捨て、視線が滑るように移動する。

「さて……。報告によれば——こっちが測量魔法を使う“主”だな。グレイル・ヴェクター」


 名を呼ばれた瞬間、隊の空気が変わった。

 捕縛の力が、明確に強まる。


「女はどっちだ」


 藍とエレノアが、乱暴に引き立てられる。

 二人の腕が縛り上げられた。


 その瞬間、Grailの中で最優先項目が更新された。


「——女に手を出すな!!」


 叫んでいた。

 魔術師たちは意にも介さなかった。

「使うべき女は上級公認魔術師のはずだ。指輪を確認しろ」

 後ろ手に縛られている手が確認される。

「ありません! 二人とも、魔術師の指輪は——」

「何?」

 隊長が訝しむ顔をする。

 Grailは指輪を渡された時に、藍が“重すぎる”と言って装着を拒んだことを思い出す。


 指輪を首から下げている魔術師はこれまで見たことがない。それに賭けるしかない。


 が——

「あ、いえ! ロア隊長、これは——」


 藍の服の内側。胸元に、薄く透ける光。


 ——指輪。


 恐怖に歪む顔をする藍の服に、手がかかった。


 その瞬間。


 Grailは、思考より先に声を上げていた。


「藍!! 詠唱符!!」


 ◇


「人を傷つけるようなのは、ちょっとなぁ」


 夜。

 ベラーク中央神殿、二人用の簡素な部屋。


 藍はベッドに腰掛け、ベール付きのマスクを指先で弄んでいた。


「風圧系も、好ましくないですか?」

「好ましくないです〜」


 即答だった。


 Grailは一度、思考を整理する。

 殺傷力を排し、即効性があり、行使条件が限定されないもの。


「では……こういうのはどうでしょう? もしかしたら、違う“何か”の時にも役立つかもしれません。理論を説明します」


 藍は真剣な顔のGrailをちらりと見ると、詠唱符へ視線を落とした。


 ◇


 藍はGrailの言葉にハッと息を呑んだ。


「杖ペンを奪え!!」

 隊長の怒声が響く。

「詠唱符を書かせるな!!」


 ——違う。


 今、書かなくていい。


 藍の脳裏に、一気に理解が走る。

 触れさえすれば、全てが変わる。

 アルベルトの研究室(アトリエ)に泊まると言った時に渡され、そのまま道具鞄の外ポケットに入れてある詠唱符。

 だが、どうすれば——と、考える間もなく、エレノアが杖ペンを奪おうとしていた魔術師から抜け出した。

 間髪入れずに、藍と魔術師めがけて全身で突っ込む。


「っ——!」


 藍ごと、相手の魔術師が地面に倒れ込む。

 衝撃に思わず声が出るが、腕は離れた。

 縛られているが、曲げられる——。


「貴様——!」

 エレノアに手が伸びるのが視界の端に映る。

 藍は転がる勢いのまま、道具鞄に手を突っ込む。

 ポケットの奥。

 畳まれた紙。


 ——ある。


 藍はギュッと目を閉じてそれを開いた。

 その瞬間——世界が、白く裂けた。


 閃光。


 同時に上がる悲鳴。

 驚愕に目を押さえる侵入者たち。


 測量でも使ったレーザー光線に近い、圧倒的な光量。


 閉じていても目に白い残像が残るように感じる。

 持続時間は短いが、十分だった。


 その瞬間、藍は見た。


 Grailが、周囲の男に足払いをかけ、何人も倒れる。

 そのまま、藍へ向かって——


「行け!!」


 叫んだ。


 ヘルマンが、すでに走り出している。

 エレノアが前を駆ける。


 藍は、腕を掴まれ、ヘルマンに引き立てられた。

 そのまま引きずられるように走りだす。


「Gra——」


 視界の端。

 藍たちを追うようにする者たちを止めるGrail。

 飛び交う拳の中、Grailは駆け出さない。

 ただ、ひたすらに一人ずつ足を止めていく。


 藍の足の運びが緩む。


「今は諦めろ!!」


 ヘルマンの声。

 腕が強く引かれる。


 足が止まりかける。

 胸が裂ける。

 それでも——引かれる。


 藍の喉が、音にならない声を上げる。

 最後に見えたGrailの顔は——笑顔。


 “大丈夫だよ”。


 この世界に来てから、ずっと見せてくれていた顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ