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第41話 繋がる曲線

 四人は歩いて近くの村へ向かっていた。

「本当に、これで地図が……?」

 アルベルトは(1)楕円(0)がびっしりと書かれた大量の紙を手に首を傾げていた。

 アイが弁当箱を飛ばした魔法も、弁当箱を光らせた魔法もすごかったが、結果がこの棒と楕円の並ぶ紙というのが解せなかった。

 どんなすごいものが箱から出てくるのかと、ワクワクして落ちた弁当に結んであった蔦を辿った。

 箱を開けた時のあの若干のがっかりさと言ったらなかった。


 だが、アイが跳ねて喜んでいたのでこれで良いのだろうと思う。

 それに——

「できます。“1”と“0”のデータさえあれば」

 グレイルも自信がありそうだった。


 二人が絶対に地図ができると言うので、信じて帰る。


 かなり歩くと、寂れたよくある村が見えた。

「おー? 魔術師様けぇ?」

 座って軒先で日向ぼっこしていた老父がグランハルトを見る。

「ご老人、馬車を持っている者を紹介してくれませんか? 謝礼はお渡しします」

「あぁ、構わねぇ。こっちですだよ」

 穏やかな老父に導かれる。

 ふと、ヴィヴィアナが耳に口を寄せた。

「グランハルト、このままだと馬車のある家に着く頃には夕方になってるよ……」

「仕方ない。歳をとると足も遅くなります」

「はぁ……人選ぶ目がないなぁ」

「ははは、すみませんね。ですが、おじいさんは親切な良い方ですよ」

「あっそ」

 以前からさっぱりしていたが、ここのところはつっけんどんに片足を入れている。

(……私はヘルマン様を尊敬していたけれど……やはり年齢のせいかな? 威厳が足りない?)


 ヴィヴィアナは年齢も近い。

 いくらアルベルトが公認魔術師で、ヴィヴィアナを見習いからそこまで引き上げたとはいえ、まあこういう扱いだ。

 年もそう離れていないから気安く行こうと言ったのはアルベルトだし。


 などと考えていると、グレイルが老父の腰に触り、アイに手を伸ばす。

 手はそっと重ねられ、詠唱符が生み出される。

 この兄妹の魔法の使い方は本当によくわからないと眺めていると、老父は「あやー、いてぇ腰が治りましたわ。ありがとうごぜぇましただ」と二人に頭を下げた。

 ヴィヴィアナと思わず目を見合わせる。

 老父の足取りは急速に早まり、馬車のある家へあっという間に着いた。

 村中に驚かれ、次から次へと人が押し寄せる。

 馬車が出るまでの間、二人は告解を与え、治癒をし続けた。

 そして、端金の謝礼や物品を受け取り、「神官様方、またいらしてください」と見送られた。


(……聖女と呼ばれる訳だ)


 アイはいつも金が必要と言うが、その割にちっとも物を欲しがらないし、装いも華美じゃない。

 何が欲しいのか知りたいと思うが、買うのは花くらいのもので、物といった物は買わなかった。

 物はたくさん持っていると言うし、これ以上は重荷だから、とも言う。


 木材屋の馬車に乗せてもらい、街に戻る途中、馬車の中でアイは眠った。

 馬車の中で丸くなっている。

 髪が顔に掛かっているのを分けてやり、頭を撫でる。

 アイの目からは一つ涙が溢れた。


「グランハルト、良いとも言われてないのに触るな。傷付いてる」

 ヴィヴィアナが猛犬のように睨んでくる。

「あぁ、すみません」

 なぜ涙が——

「……おばあちゃん……」

 寝言が漏れる。

 グレイルはじっとアイを見つめていた。


「……グレイル、おばあさんが亡くなったのは最近ですか?」

「いえ、直近ではありません。心を癒すのに必要な時間は流れていました。ですが……人の温もりに慰められたい時に、それが届かないと思うには十分な時間だったとも言えます。彼女は“もう無理”と何度も叫んでいました。だから、私もこのままではいけないと、希望を——」


 珍しくグレイルが自分の話をしてくれる。

 アルベルトもヴィヴィアナも続く言葉を待った。

「希望を持てるように……やったつもりだったけど、システムの限界だったのかな。私は、分からない。今もシステムのはずだというのに……」

 何かを悔いるように言う。

 アルベルトには、グレイルの言う意味があまりよく分からなかった。

「あぁ……ログがまとまらないな……」

「グレイル、大丈夫ですよ。支えきれなかったと思う日があったとしても、その気持ちも時間で癒されていきますから。無理に答えを出す必要はありません。そんなものです」

「……ありがとうございます。グランハルトさん」

 グレイルが頭を下げる。

 アルベルトは良き師になろうと微笑んだ。


 ◇


 研究室(アトリエ)に戻ると、藍はGrailに言われるまま模造紙をいくつも用意した。

 Grailは表も裏も“1”と“0”が書かれる紙を読み込んでいく。


「できそうです?」

「えぇ。問題ありません。非常にうまくいきました。ドローンで行う方式を模しましたが、魔法という手段によって光の届く、かつ、紙が足りる限界まで測定ができています」


 科学的に行なっていることだが、科学で行なっているわけではないので想像以上の成果が出たようだった。

 藍にはあの二進数を読めないので、あれがどうして地図になるのかわからないが、Grailは読み込みを続けた。


 Grailは読み込みを終えると、やはり下書きもなく模造紙に地図を書き始めた。

 アルベルトが困惑しながら、Grailが這いつくばって地図を書く隣に座る。

「——グレイル、これは……どういうことですか? 何故こんなに広く……ありえない」

「光が届いた地点を書けます。高さがわかるように等高線図としますので、地図の読み方については別途表を作ります。生成はまだかかりますが、続けますか?」

「つ、続けて。すごいぞ。いや、これが出鱈目でなければ……ですが」


 Grailが生成する中、アイはヴィヴィアナと出かけた。

 男子は地図で盛り上がっているので菓子を買いに行く。


「ねぇアイ。あの地図、本当に正しいの?」

「正しいと思いますよ。でも、普通に考えたら不安ですよね」

「正直に言うよ? めっちゃ不安!」


 二人は笑い、カフェで持ち帰りの焼き菓子を買った。

 帰り道に二人でつまみ食いをして、ヴィヴィアナの好きだと言う服屋を覗いて、女子寮の庭にも寄った。

「アイ、宿なんて高いから女子寮に入ろうよ。それとも、グレイルがいないと嫌?」

「嫌ってほどじゃないですけど、Grailが過保護だからなぁ」

 なんて言うが、やっぱりGrailがいないと嫌だとも思う。

 苦笑を交わし、魔術会館に戻る。


 研究室(アトリエ)に入ろうとすると、「何だよこれは!?」とヘルマンの叫び声が中から聞こえた。

 目を見合わせ、慌てて中に入る。


 そこには、模造紙五枚からなる巨大な地図ができていた。

 思ったより大きい。

(う、うまくいかなかった……?)


 Grailは指をインクだらけにし、ごしりと顔を拭いた。

「——本地図に用いられている計曲線、主曲線の読み方についてまとめようと思っていますが、取扱説明書を生成しますか?」

「今すぐやれ!! こ、これがあれば……!」

 ヘルマンは床に並ぶ模造紙を見ながら、どこか狂気じみた笑みを浮かべていた。

「ここの地形も、ここもあっている……! サラの研究室(アトリエ)から出されてきているものとほぼ同じだ……!」


 Grailが説明書を丁寧に仕上げ、それもヘルマンへ渡す。

 眼球が何度も往復して読み込んでいく。

 ヘルマンは全てを読み終えると、Grailの肩を叩いた。

「この後、この地図の検証を別の研究室(アトリエ)に行わせるが、よくやってくれた。グレイル、これは一体どうやったんだ」

「椎名さんが二進数によるデータを取得して下さったので、私はそれをパズルのように組み合わせ、読み解き、図形化しただけです」


 藍は全部Grailがやったのにと、いつもの困り顔を作ると、ヘルマンは藍の方へやってきた。

「シーナ嬢、ありがとうございます。この地図は国を変えます」

「はは、良かったです。でも、Grailがいないとそれは描けないんで、Grailが鍵ですからね」

「……素晴らしい。地図とこの説明書は、もう持っていっても?」

 藍は自分のものではないし、Grailへ視線を送った。


「良いです?」

「私は構いません。完成していますし、その為に生成しました」


 アルベルトが模造紙を丁寧に丸めていく。

 説明書と五本の模造紙を抱えて立ち上がった。

「皆、私は一応室長としてこれを持ってヘルマン様と行きます。オルフェリダン所長にもお見せしなくてはいけませんし、後は好きにしてください。今日やるべきこと——いえ、この先三日のやるべきことは済みました」

 ヘルマンが扉に向かうのをアルベルトが追う。

「——アル、持つの手伝う?」

 藍が立つとアルベルトは首を振った。

「大丈夫だよ。軽いから。それより、アイはよく休んで。疲れただろう。必要なら、後で部屋に何か届けるよ」

 髪がすくわれ、そこに口付けが落とされる。


「わ、あ、あの……」

「なんでも俺が用意するよ。花でも、宝石でもね」


 アルベルトはウインクすると、ヘルマンと部屋を後にした。

「出世するかもな〜」と笑う声が聞こえる。


 扉がパタリと閉まる。


 アルベルトは上機嫌で模造紙を抱え直した。

「アルベルト、お前はシーナ嬢に惚れてるのか」

「えぇ。言葉を選ばずに言わせていただきますよ。もう、やばいくらいに惚れています!」

「ははは、素直だな。優等生もついに恋を知ったか。恋は良いぞ。実ると良いな。そしたら、魔術省はシーナ嬢を神殿に返さないで済む」

「あー……ヘルマン様。申し訳ありませんが、私は既に振られてしまっておりまして」

 ヘルマンは「はぁ?」と言うと頭を抱えた。


「魔法や理論ばっかりじゃなくて、やっぱりそういうことも教えるべきだった……」

「いやぁ、教えていただけるなら、今からでも教えていただきたいんですけどねぇ」


 二人は昔と変わらない見習いと師匠の姿のまま、所長室へ向かった。

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