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第39話 室長の師

 研究室(アトリエ)に、朝の光が差し込んでいた。


 葬儀を終え数日。

 アルベルトの研究室(アトリエ)は奇妙に澄んでいた。

 泣き腫らした目も、沈黙も、今はもうそこにない。


 代わりに、研究室(アトリエ)には見たことのない男が来ていた。


「——アルベルト、後輩を失ったばかりのお前に、俺も本当はこんなことは言いたくないがな。もう限界なんだよ」

 その男はキセルに葉を詰めると、詠唱符にさっさと文字を書き、火を付けて吸った。

 甘い不思議な香りがする。

「分かるだろう? 周りの管理職——上級公認魔術師たちにお前のところの後輩から地図がまだ来てないのなんのと、毎日毎日くどくどくどくど催促されてる」

「すみません、ヘルマン様。今日にでも行きますので、師匠として後三日防壁になっていてください」

「あのなぁ、俺はもうセオドールのところから散々“うちの聖女を頼む”のなんのと言われて、お偉方に後少し待ってくれって頭を下げ続けてるんだよ」

 魔術会館に入る時には推薦書だって書いたし、と言いながら、キセルを吸った。


「いやぁ、そういうことは先に言っていただきませんと。こちらは喪に服していましたしね」


 アルベルトは「ははは〜」と気の抜けた笑い声を上げた。

 藍はハラハラして、あの時推薦書を書いたという、面識のない人物を見ていた。


「——はぁ。分かってる。今日あの道を散々行脚して測れば、まともに地図にできるのは三日後だろう」

 ヘルマンと呼ばれた男は甘い香りをフー……と吐き出した。

 藍はおずおずと口を開いた。

「あの……すみません。知らないうちにご配慮いただいていたようで。それに、推薦書も、お礼に伺いもしなくて。どういうものかあんまりよく分かってなくて……ごめんなさい」

「いえ。シーナ嬢はお気になさらず。——で、アルベルト。良いな、今日行けよ。絶対に! それから、最悪徹夜して二日で持ってこい!」

 アルベルトが嫌だな〜という雰囲気を出すと、ヘルマンは続けた。

「返事!!」

「——は! アルベルト・グランハルト、我が師、ヘルマン・クイーンズ様の命、しかと受け取りました!!」

 アルベルトがビシッと背筋を伸ばす。

 藍も硬くなった。


「はい、いいよ」

「はぁ……参りましたねぇ……」

「弱音を吐くな。だが、怪我と狼にだけは気をつけていけよ。ヨーナスのことは——悲劇だった」


 ヘルマンはソファを立つと、扉に手をかけ、ふと止まった。

「シーナ嬢、ヨーナスへのこれ以上ない治癒をありがとうございました。治癒費については、私の方からベラークの中央神殿へも納めましたので、ご安心ください」

「何かとありがとうございます。えっと……角が立たなくて助かります」

「いえ。では、何かアルベルトに不手際があればいつでもクイーンズの研究室(アトリエ)へ」

 パタリと扉が閉まる。


 藍とヴィヴィアナが同時に脱力する。

 アルベルトは「さーこれだけやっちゃおう」と机に向かった。

 そして、書類を書きながら、言葉を続けた。

「えーと、聞いての通り今日は測量に行きます。皆準備して下さいね」

「はー、どこかの研究室(アトリエ)が請け負ってくれてないかなって思ってたけど、ダメだったねぇ」

 ヴィヴィアナが文句を言いながらローブを着ると、藍とGrailも支給のローブに袖を通した。

 アルベルトが続ける。

「ヴィヴィアナは知っているだろうけど——今いらした方は、私が見習いだった頃に師だったヘルマン・クイーンズ様です。今日まで知りませんでしたが、ヘルマン様はアイが救ったカインツェルト領のご領主、セオドール・カインツ様と旧知の仲だったそうです」

 アルベルトは書類を書き上げると、席を立った。

 藍は「へ〜」と言いながらローブを取って、アルベルトの肩に掛けた。


 ぐるりと振り返ったアルベルトは、怒っているような笑っているような、何か不思議な顔をしていた。

「それから、アイ。聖女なんて呼ばれてるなんて知らなかったよ。なんでそういう大事なことを言わないかな。グレイルも」

 いつの間にかアルベルトもGrailをグレイルと呼ぶようになっていた。


「えーと……周りが勝手に言ってただけで、私聖女じゃないですし……」

「はー……。神官長クラスの魔法を使うとは思っていたけど……まさか聖女とくるとは……。魔術会館の聖堂に異動するかい? 給金は出ないけど、寮はタダで使えるし、食事もでるよ?」

「いえ。見習いでやります。お金欲しいです」


 あまりにもきっぱり言うと、アルベルトはGrailと目を見合わせた。

「君のところの妹は聖女なのに俗ですね」

「妹ではありません。ですが、聖女と呼ばれる存在でも金銭が必要なこともあります」

「また君は正論だけ言いますね」

 アルベルトが苦笑してると、ヴィヴィアナがGrailとアルベルトに道具鞄を放り投げた。


「話は後! とにかく急いで出かけて、測量始めないと間に合わない!!」


「は、はい」

「はい」

「は〜い」


 三者三様の返事を行い、ずんずん進むヴィヴィアナの後を追った。

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