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第29話 魔術会館への門

 ガタゴトと馬車が揺れる。

 一行はいつの間にか街道に戻っていた。


 御者台でグレイルと肩がぶつかる。

 ヴィヴィアナはグレイルを見上げた。

「——それで、グレイルは神官? 魔術師?」

「どちらにも属していないと認識していますが、カインツェルト領では神官だと言われていました」

「まあ、確かに治癒の技術は一級品だったもんね。でも、グレイルなら人体系以外の魔法も使えそう。乾燥の魔法陣も書けてたし。乾燥は意外とどこも引っ張りだこだよ?」

 果物を干すにも、肉を干すにも、薬草を干すにも、どこでも使える技術だ。

 図書館の湿気を払うための乾燥魔法陣なんぞは、公認魔術師が図書館の床に巨大なものを月に数回書くほどだ。


「——引っ張りだこというと、職になりますか?」

「当たり前じゃん。もしかして、グレイルは稼ぎたいの?」

「はい。報酬の良い仕事を探しています」

「まあ神官じゃ稼げないしね。公認魔術師になったら? 図書館の床に乾燥魔法陣書きに行けば良いじゃん。結構貰えるよ。まぁ、大きな陣になるから、かなり大変だけど」

「ありがとうございます。参考になります」


 その返答は大きな魔法陣でもなんとでもなると思っているのを感じた。

 魔法陣は大型になればなるほど集中力を必要とする。

 神殿の壁に浄化魔法陣を書く神官もそうだが、魔法陣の書き込みの際には人々の出入りをなくし、徹底して陣を書き込む者の集中を妨げないようにするのだ。


 ヴィヴィアナは公認魔術師だけが持つ道具鞄(ウエストポーチ)から詠唱符用紙を一枚取り出した。

 人が最も集中しやすいと計算されたサイズ、色、質感。

 中には地面に直接魔法陣を書いたりする逸脱者もいるが、石があったとか、虫が歩いてるとか、そういうことに気を取られる危険があるので、ほとんどが皆詠唱符用紙を使っている。


「ねぇ、何か教えてよ」

「何かとは?」

「なんでも良いよ。私に分かりそうなこと。それでいて、私が知らなそうこと」


 ヴィヴィアナがいうと、グレイルは道の先を眺めていた視線をこちらに向けた。

 見たこともない黄金色の瞳。

 月や星の光を集めてそこに収めれば、こんな風になるのだろうか。

 グレイルは「では」と言ってから口を開いた。

「星についてお話しします」

 ちょうど星について考えていたので、ヴィヴィアナは一瞬きょとんとした。

「ふふ、良いね。聞かせて」

「惑星の始まりは——」

 グレイルは早速ヴィヴィアナの知らない言葉を使って、知らないことを話し始めた。


 一応メモを取るが、理解できるようなるまで時間がかかりそうだと思った


 ◇


「アルビオーネ領、ルビオンへようこそ!」


 街に着くと、馬車の中身を軽く検査されたり、どこから来たのかを番兵に聞かれた。

 長くなりそうだと思ったが、グランハルトが指輪を見せると、すぐに中に入れた。

「——えぇ。これは公認魔術師だけが持つ指輪ですからね。身分証です」

 藍はなるほどと頷いた。


 三人の案内で魔術会館近くの宿に入り、部屋をとってライデンを預けた。

「では、魔術会館へどうぞ。お礼もしたいですしね」

 カインツェルト領でもそうだったが、街にはあちこちに小さな広場のようなものがあって、その中心には噴水(ラヴァポ)が井戸があった。

 どの噴水(ラヴァポ)にも、以前オリビアが“衛生の魔法陣”と呼んだものが書き込まれていて、人々が水を汲んで帰ったり、飲んだりしていた。


 魔術会館は神殿のように大きな建物だった。

 開け放たれた扉からは、グランハルトたちが着けているものと同じ指輪をした人々が出入りしている。

「——アル! アルベルト! 戻ったのね!」

 ふと声が響く。

 グランハルトに向かって、指輪をした女性が走ってきた。

「サラ、良いところに! ヨーナスが酷い怪我なんだ。後をお願いできるかな?」

「任せ——ヨーナス!? ひ、酷すぎる。足は——」

「骨は折れていますが、表層は直してもらいました。ご心配おかけします」

 ズタボロのズボンから見え隠れするクラウゼの足には、肉がくっついた痕がみみず腫れのように大量に走っていた。

「……す、すごい。どんな神官が——ともかく、ヨーナスは任せて」

 サラと呼ばれた女性は、周りに声をかけ、クラウゼを連れて行った。


「これでよし、と。一応、明日以降もヨーナスの様子を見に魔術会館併設の聖堂へ行ってくれますか? シーナさん」

 藍はGrailへ許可を取るように見上げた。

「椎名さんがそうしたいと思えば、私は従います」

「……じゃあ、クラウゼさんの足が良くなるまで聖堂に行きますね。Grailもお願いします」

「分かりました」

「お二人ともありがとうございます。よろしくお願いします。さあ、私たちの研究室(アトリエ)はこちらです」

 グランハルトの歩調に合わせて、ヴィヴィアナと四人で向かう。

 美しく緩やかに湾曲した階段を登り、いくつも扉が並ぶ廊下を行く。

 何度も「アルベルトさん、おかえりなさい」とグランハルトは挨拶をされていた。


「……グランハルトさんって、もしかして偉い人ですか?」

 藍が尋ねると、グランハルトは笑顔で頷いた。

「えぇ。言葉を飾らなければ、私は“偉い人”に分類されますね。見習い魔術師のヨーナスを抱え、公認魔術師のヴィヴィアナを抱える研究室(アトリエ)を持つ、時機上級公認魔術師ですから」

「なーにさ。威張っちゃって。まだ公認魔術師でしょーが」

 ヴィヴィアナが言うことを意にも介さず、グランハルトは部屋の扉を開けて中に入った。


「ここが私たちの研究室(アトリエ)です。くつろいでください」


 たくさんの書架が並ぶ部屋は、明るい日差しが差し込む場所だった。

 書きかけの詠唱符があちこちの壁に貼られ、たくさんの鉱石が並ぶ。

 藍は鉱石を見るとそちらへ向かった。

「これ、顔料ですか?」

「えぇ、そうです。私の研究の主は、色と魔法陣の簡略化です」


 Grailは鉱石を一つ手にする。

「——一つお譲りいただけませんか? 相場と同じだけの額をお支払いします」

 藍の中にざらつくようなものが広がった。

 これは目的なのだから、Grailが聞くのは当然なのに。

「すみません。これは魔術省で買い上げ、数量や重さを管理されて支給されているものなので、販売はできません」


「昔あったんだよね。支給された顔料を、よそで売却してたってことが。魔法陣にしちゃえば消えるからバレないと思ったみたいだけど、まぁバレるよね」

 お茶を淹れてきてくれたヴィヴィアナが戻る。

「以来、利用した量と使途を報告するようになっています」


 四人は自然と応接セットのような場所に腰掛けた。


「さて、それで——ヴェクターさんは公認魔術師になろうか悩まれてるんでしたっけ」

「はい、先ほど馬車でヴィヴィアナに公認魔術師の話を聞いてから魅力的に捉えています。椎名さんにも相談済みです」


「ヴェクターさんなら、喜んで私の研究室に迎えますよ。推薦書も書きましょう。ただ、公認試験を受けていただいて、見習いとして——にはなりますけどね。どれだけ緻密で芸術的な魔法陣を作れたとしても、魔法として機能させられないとなると、それだけで見習い扱いです」


「椎名さんが魔法を発動させる形で、できませんか」


「私はそれでも全く構わないと思っていますが……問題は試験と制度です。シーナさんは魔法陣を書けない。やはり見習いと見做されます。この研究室に来る依頼や、私が受けると決めたものをお二人で解決に行っていただいても、研究室に入るのは一人分の報酬になります」


 もちろん、見習いとしての給金は魔術省から二人分出ますが——とも付け足した。


「構いません。それでお願いしたく思います」

「分かりました。ふふ、上級神官——いや、神官長クラスの魔法が使える方々を見習い魔術師の報酬で押さえられるなんて、私はラッキーだなぁ」

 グランハルトが上機嫌に笑う。

「あの……私、この国の字読めないし書けもしないんですけど……」

 藍がおずおずと手を挙げると、ヴィヴィアナが答える。

「自分の国の字が書ければ十分。今は魔術師が一人でも多く必要なタイミングだし、誰も文句は言わないよ。——あ、故郷(くに)はメギスト王国じゃないよね?」

「えぇ、違います」

「じゃあ大丈夫。いよいよ、メギスト王国と戦争しそうでしょ。地図もいつもよりかなり細かいところまで測量してこいってお達しだし」

「おかげでヨーナスは足を食べられてしまいましたしねぇ。いやぁ、戦争とは怖いですねぇ。ははは。前線に行くのも嫌ですし、嫌なことばかりです」


 確かに初めて会った時に“測量に出ていた魔術師”だと言っていた。

 ここは神殿とは全く違う雰囲気だった。話に上がる内容も。


「——見習い魔術師は戦線に出ますか」

 Grailの問いに、グランハルトもヴィヴィアナも首を振った。

「見習いは志願しなければ行きません。魔術会館がもぬけの殻になるのも困りものですからね。志願した場合は、後方支援を行います」

「ちなみに、公認魔術師も能力によっては残るから、魔法を誰も使えない、なんてこともないよ」

「そうですか。安心しました」


 頷き、グランハルトは執務机に行くと、紙を二枚取り出した。

「ここに、再来週ある公認魔術師試験の内容があります。まあ、募集要項に書かれる程度のものしか書かれていませんが、参考にしてください」

 Grailがそれを受け取り、目を通していく。

「さて、では私は一度ヨーナスの様子を見てきます。——ヴィヴィアナ、後のことは頼むよ」

 グランハルトが部屋を後にすると、ヴィヴィアナはうんと伸びた。

「私はグランハルトとヨーナスのインクの補充をしたり、片付けをしたりするから二人は適当に過ごしててね」

 ヴィヴィアナも片付けを始める。


 藍はようやく一息吐いた。

「Grail? 私、魔術師なんて見習いでもなれないですよ」

「制度的に可能であれば、私だけが見習いとして勤め、必要時に椎名さんに魔法の行使を頼むという手もあります。どちらが良いですか?」

 正直、責任も発生しなそうな、行使時に呼ばれるだけの方が良かった。だが、見習いの給金が一人分になっては困る。

「……ちゃんと見習い魔術師ってやつになります」

「分かりました。私はこれより学習に入ります」


 Grailは書架へ行くと、可動式の梯子を引き寄せ、一番上の一番左の本を手にし、梯子の上でそのまま読み始めた。

(……一番端っこから始めるってことは、ここの本全部読むのかな)

 と、思っている側から本を閉じ、すぐ隣の本を取り出す。

(……やっぱり)


 藍は苦笑すると、先程ヴィヴィアナが淹れてくれたお茶を飲んだ。

 その間も、Grailが本を捲る音は続いた。

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